悪い男とお嬢様
ガランドは、自分が連れてこられた理由が、単なる資金源だけでなく、この怪物の思考に付いてこれる数少ない対等なビジネスパートナーとして選ばれたのだと悟り、武者震いした。
当のお嬢様はこうなればいいな。と、話ているだけであるが、手段と人材が揃ってしまっている。
「そうなると、人手が足りませんね。ダレン町長、この街の若者を全員貸してもらう……ああ、金なら俺が出す。お嬢様の夢に泥を塗るような真似はさせねぇよ」
便利な財布として全開で働き始めたガランドに、それまで泥を落としていたニーナが、合流して開口一番。
「……あの、ガランドさん。ついでと言っては何ですけど、街の税金の立て替えもお願いできませんか?」
「……は?」
ガランドが呆気にとられた声を出す。ニーナは鼻の頭についた泥を拭いもせず、至極真面目な顔で続けた。
「今、税金が払えなくて街を出ようとしてる人がたくさんいるんです。その人たちが売られちゃったら、工事の作業員がいなくなっちゃいます。それは……お嬢様の計画にとって損失ですよね?」
ヴィクトリアが、満足げに頷く。
「あら、ニーナ。よく理解していますわね……ガランド様、いかが? 街の民を救う聖人という肩書き、貴方には必要かしら?」
ガランドは天を仰いだ。
資金を出し、資材を運び、さらに街の税金まで肩代わりする。裏社会の要人である自分が、この僻地で救世主として崇められる未来が確定した瞬間だった。
「……分かりましたよ。立て替えましょう。その代わり、お嬢様」
ガランドは、地面の図面にある貴族用パイプラインを指差した。
「これ、もっと露骨にやりましょう。ただお湯を引くだけじゃない。王都の連中が泣いて喜ぶような特別を詰め込む。……いいですね?」
「特別ですよね?貴族様って特別が好きですもんね。だったらガランドさん、貴族様専用の宿を作るのはどうです?例えば、このお湯を別で引いてきて貴族様専用のお湯としてそれぞれの部屋に引いてきたら……ってさすがに大変だし無理ですよね」
「いいや。お嬢ちゃん、なるほど……その手を使おうか。ここまできたら宿の一つや二つの建築費なんて誤差みてぇなもんだ。そんな安い投資で莫大な利益を作れるぜ」
隣で「どうかしら、わたくしの部下は優秀でしょう?」と言わんばかりに、誇らしそうに胸を張るヴィクトリア。
ガランドは、もはや自分が裏社会の要人であることを忘れ、目の前の泥まみれの怪物たちが描き出す未来に、子供のように目を輝かせていた。
「町長。悪いが、宿の建設予定地も全て買い上げさせてもらう……お嬢様、それぞれの部屋に引くお湯ですが、ただ引くだけじゃ芸が足りない。賭場も一緒に入れてしまいましょう……俺達の払った税金をここで精算してもらわないと」
「いいですわね!でしたら、会員制にして会員証を発行するのはどうかしら?」
「競りは任せて下さい。手の者を手配させます。いい感じで値段を吊り上げさせます」
ダレンはもはや話の規模が大きくなりすぎて立ったまま気を失いそうになる。
たが、それでも分かることは莫大な利益が出るということ。この悪い顔をした商人はこの街にとって文字通り救世主だと言う事。
「お嬢ちゃん……ええと、ニーナって言ったか。アンタ他に何か案は無いか?」
ガランドは少しだけ屈み、ニーナに視線を合わせて問いかけた。
ガランドに話を振られたニーナは泥に描かれた都市計画を眺める。
ニーナとしては自分の許容範囲を越えた話になっているのだが案を出してしまった手前、必死に何かないか考える。
(専用の宿、会員制、賭場……うーん。これだったら来るお客様って固定されちゃうよね。会員証って付加価値があっても発行数ってそこまで数がないはず……あ)
「例えばですよ。月に数回、割高にして会員意外にも解放するのはどうですか?一度体験していただいたら、次も!ってなりません?あ、それか片方をより豪華にして会員制にするとか?ですか?」
ニーナの出てきた案にガランドはそれはいけると確信する。
お嬢様の従者でなければアルフレッド同様スカウトしたくなる逸材であった。
(会員制の特別感で煽り、限定開放で大衆……いや、小金持ちの羨望と金を吸い上げる。そしてその吸い上げた金で、さらに会員専用の部屋を豪華にする……止まらねぇ。この循環が回り始めたら、この街は大陸で一番金が腐るほど動く場所になるぞ!)
「……なるほどな。ニーナちゃん、アンタは分かってる。
人間ってのは、見せつけられるのが一番堪えるんだ。
豪華な扉の向こう側で、選ばれた奴らだけが黄金の湯に浸かっている……その不公平を見せつけてから、たまに扉を開けてやる。するとどうだ? 奴らは必死で会員権を求めて、俺たちの手のひらで踊り出す」
恐縮ですと、小さく頭を下げヴィクトリアの後ろへと控える。
ニーナは自分が一体何を言ってるのかどんなとんでもない提案をしたのか分かっていない。
ただ、分かることはどうやら自分の発言は間違っていなかった事実だけであった。
「さすがわたくしのニーナですわ。不細工な平等を説くよりも、美しい不平等を与える方が、人は幸せになれるものですのよ」
ヴィクトリアは満足げに頷くと、傍らで静かに成り行きを見守っていた執事へと視線を投げた。
「アルフレッド。後は分かっていますわね?」
「勿論でございます。そちらはお任せ下さい」
ヴィクトリアは満足そうに頷き、再び会議へと戻る。
ガランドをしっかりともてなすように、そして優遇するようにとの事を伝えたかったのだが――
(ええ。分かってますとも。セプタム公爵に邪魔をされないよう火の粉を払えとのことですね)
有能な執事は有能すぎる故ヴィクトリアとのすれ違いは加速するのであった。
ガランドは、アルフレッドの瞳の奥で煌めいた光を敏感に察知し、首筋を撫でた。
(……おい、ジジイ。今、お嬢様はもてなせって言ったよな? なのにアンタ、なんで王都の暗殺部隊でも返り討ちにするようなツラしてやがるんだ?)
しかし、そんな男たちの不穏な空気など露知らず、ヴィクトリアは泥の計画図を満足げに眺め、高らかに宣言する。
「さあ、始めましょう! 過去を跡形もなく取り壊し、この地を世界で最も輝く黄金の都へと作り変えるのですわ!」
「おー!!」
ニーナが、そして呆気に取られていたダレンが、つられて拳を突き上げる。
ガランドも、呆れながらも自身の財布がこれまでにない巨大な化け物に飲み込まれていく悦びに浸り、不敵に笑うのであった。
そしてその日の夕方。
ダレンはあまりにも壮大な計画を前に忘れていた。自分の家が取り壊される事を。
街の若者に金を握らせたガランドはダレンの屋敷に押し入り、若者に指示を出し、その一切を全て破壊し尽くしたのだった。
悪い男の笑い声が共に夕日に消えていくのであった。




