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事業計画

 ダレンの屋敷で源泉を見つけてから数日後、アルフレッドはガランドを伴ってヴィクトリアと合流した。

 宿屋の受付からヴィクトリアがどこにいるのかを聞き出し、ダレンの屋敷へ向かい目を丸くした。

 自分の主人と部下が泥だらけになりながら何やら作業をしていることにアルフレッドは一体何が起きているのか理解できなかった。

 隣でガランドのため息。


(俺は間違えたか?このお嬢様、没落してとち狂ったのか?)


 ガランドは、王都で見てきた社交界の華の無残な成れ果てを幻視し、自身の判断を呪った。

 かつては宝石より眩しいドレスを纏っていたヴィクトリアが、今は泥まみれの作業着に身を包み、楽しそうに地面を掘り返しているのだ。


「お、お嬢様……一体、どのようなお掃除をなさっておいでですか?」


 アルフレッドは、震える声でヴィクトリアに声をかける。執事としての理性を総動員して、目の前の泥人形が自分の主人であるという現実を受け入れようと必死だった。

 

「あら、アルフレッド。遅かったわね」


 ヴィクトリアは、泥のついた手で優雅に髪をかき上げると、まるで舞踏会で挨拶するように微笑んだ。その頬は、泥の下で信じられないほど瑞々しく輝いている。

 労働に汗を流すヴィクトリアはアルフレッドから視線をずらし、ガランドの方へ向ける。


「アルフレッド、こちらの殿方は?アルフレッドのお友達かしら?」


「そうでございますなぁ。友人のガランドです。王都で今最も勢いのある商人でございます」


 アルフレッドは裏社会の商人だとは伝えない。ヴィクトリアにとって必要な人物であれば出自などどうでもいいと考えているからだ。


「初めましてお嬢様……しがない商人でございます……その、泥遊びも結構ですが、この辺りで貴女の没落を嘲笑う連中が……」


「ああ、そんなこと。好きにさせておきなさいな。そんな事よりガランド様、これが何に見えますでしょう?」


(何に見えるって……泥遊びにしか見えねぇ……いや、このジジイの主人だ。何かあるのか)


 ヴィクトリアの問いかけにガランドは目の前の泥について深く考える。

 猛禽類を彷彿とさせるその目はヴィクトリアの腕へと視線を移した時、はっと見開いた。


「肌の調子が……いや、まさか。泥が……」


 裏社会の要人であるガランド。その観察眼は並の商人の比ではない。

 勘当を知ってから日数も経っている。下町暮らしならばそろそろ肌荒れし始めてもおかしくない。むしろ、その綺麗な――白磁の様な肌が異常だと気づいたガランド。彼にとってもはやその泥は金貨の山にも見えていた。


「そのまさかですわ。それとわたくしが勝手に考えていることなのですが――」


 そう言って、泥だらけの地面にヴィクトリアは指で自分の計画を書き始める。

 巨大なスパの建設、市場の移転、宿屋の誘致、そして貴族から金を毟り取るためのパイプライン……。

 ガランドは、その計画のあまりの巨大さと、彼女の肌の異常なまでの美しさを同時に目の当たりにし、心臓が跳ね上がるのを感じた。


(……待て。この女、狂ってなどいない。むしろ、公爵家という枷が外れて、本物の化け物になりやがった……!)


 アルフレッドから依頼された公爵家の当主の簒奪。それだけでもガランドにとっては一大事業であった。

 ただ、アルフレッドに連れられ興味本位でついてきた辺境の地でその主人はあまりにも巨大な都市計画を練っていた。


(公爵はこんな金を産むお嬢様を放逐したのか……ジジイの言っていた通り、公爵は愚者だな。何を差し置いても手元に残しておくべきだろ)


 ガランドの額に、じわりと冷や汗が滲む。

 目の前にいるのは、泥人形ではない。

セプタムという名声に安住していた時には眠っていた、貪欲で、それでいて繊細な経済の怪物が、今まさに産声を上げたのだ。


「……お嬢様。……これほどの規模の工事、そして宿屋の誘致。どれだけの資金が必要か、お分かりで?その資金はどうするおつもりで?」


「あら、ガランド様。その様な計算は貴方の仕事でしょう? わたくしはただ、この街を美しく整えたいだけですわ……それとも、王都で最も勢いのある商人は、目の前の金鉱を掘る勇気もありませんの?」


 金はお前が出せと裏社会の要人をゆするヴィクトリアは、泥にまみれた指をガランドの目の前に突き出した。

 その指先は、確かに泥を被っている。しかし、その下にある肌は、王都の最高級のクリームを塗りたくった貴婦人たちを嘲笑うかのように、白く、瑞々しく輝いていた。


「……いいえ。いいえ、お嬢様。これだけの確信を見せつけられて、背を向ける商人はおりませんよ」


 ガランドは、不敵な笑みを浮かべて深く頭を下げた。

 投資。それも、全財産を投げ打つ価値のある、狂った投資だ。


「ガランド、話が早くて助かりますわ。アルフレッド、ガランド様を丁重にもてなして差し上げて……それから、あそこで泥に沈んでいるニーナを起こしてくださる?」


 その視線の端で、主人の意図を完璧に理解し、音もなく控えるアルフレッドの姿を捉える。


(流石はアルフレッドね。わたくしが口に出すより先に、今最も必要な人材を王都から引きずり出してくるなんて。……ええ、これなら妥協など一切不要になりますわ)


 信頼する執事への賞賛を胸に秘め、ヴィクトリアはもてなしを命じた。


「承知いたしました」


 アルフレッドが冷たい笑顔で、泥湯でぐったりとしていた……否、あまりの心地よさに寝入っていたニーナを引っ張り出す。

 そこへ、免税の知らせを持ってダレンが駆け込んできた。


「お、お嬢様! 勝ち取りましたぞ! 徴税官にはただの不潔な湯溜まりだと信じ込ませ……って、 その不気味な面構えの男は誰ですかな!?」


 ダレンの叫びに、ヴィクトリアは優雅に振り向く。


「あら、町長。ご紹介いたしますわ。わたくしたちの夢を形にするための、便利な……いえ、優秀な財布――ガランド様ですわよ。さあ、始めましょう。この腐った屋敷の解体から……黄金の街づくりを!」


(免税だと……?こんな大規模は都市計画を免税にするだと?おいおいおい。何だこれ。夢でも見てるのか?お嬢様の言う通り文字通り黄金の街になるじゃねぇか)


 裏社会の要人であるガランド。

 優秀な財布と呼ばれたガランドは必要になるであろう人材を思い浮かべ始める。

 アルフレッドの依頼と並行してこの事業に噛む事になる手前、人材の割り振りを間違えるわけにはいかない。


「町長、確認だ。その風呂に入る金に対しての免税か?それとも施設内は免税になるのか?」


「風呂に対してですな。ただ、あの徴税官もですが施設は風呂だけだと思っています」


「なるほど。急に横から口を挟んで悪いが、入浴料は無料。そのかわり施設を利用する事に金を取ってくれ。施設内を全て免税にする――それと、お嬢様、もっともっと大きな施設にしねぇか?……失礼しました。お嬢様に対しての口調ではなかったですね」


 ガランドの提案にヴィクトリアはぱっと笑顔になり、頷いた。


「いいですわね!中にお店をたくさん入れたら楽しそうですわ!それに外でも囲いを作ってしまえば市場も施設って言い張れますわね!」


 悪い男とお嬢様の意見が一致した瞬間であった。

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