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飯の種

「さぁ!いきますわよ!」


 市場に活気が出始めた頃、ヴィクトリアに叩き起こされたニーナは眠たい目を擦りながらも準備を済ませヴィクトリアと共に市場へと繰り出した。

 自らマントを羽織り、フードを被るヴィクトリアを見てそんな服装も様になるなとぼんやりと思っていた。


 気合が上限突破しているヴィクトリアと朝ご飯何にしようかなと考えているニーナは市場へと足を踏み込んだ。

 飯の種を探す為の第一歩と腹を満たす為の第一歩を踏み出した二人の目の前には雑多な店が並ぶそこは先日までの澱みを感じない程、人で溢れかえっていた。


「見なさいニーナ!この活気!この熱気!心が躍るではありませんか!」


(前も思ったけど、お嬢様って意外と庶民に向いてるんじゃないかな)


 マントを着こなす、安宿でも文句を言わない、市場でここまで楽しそうにできるとなるとなるとニーナはこのまま下町の方がお嬢様にとって幸せじゃないのかと考えてしまう。


「お嬢様……いいえ、ヴィクトリア様、ますは朝ご飯にしましょう。食べれるのであれば私、お腹が空きすぎてもうヴィクトリア様の二の腕でもよくなってきましたよ」


 ぐぅ、と可愛らしい音を鳴らしながら、ニーナは視線で串焼きの屋台を追う。炭火で焼かれる肉の香ばしい香りが、空腹の胃を容赦なく刺激してくる。


「何言ってるのよ。けど、確かにお腹は空きましたわ」


 軽口を流したヴィクトリアだが鼻先をかすめる香ばしいタレの匂いには抗えなかった。フードの奥で、その美しい瞳が肉の焼ける煙をじっと見つめているのを、ニーナは見逃さなかった。


「……ヴィクトリア様」


「……ええ。分かっているわ」


 二人は吸い寄せられるように、ひときわ煙の上がっている屋台の前へと進み出た。

 店主の荒々しい呼び声と、ジュウジュウという肉の叫び。公爵家の食卓ではお目にかかれない、野生味溢れる光景にヴィクトリアの胸は高鳴る。


「店主! その、脂が乗ったものを二本いただけますかしら!」


 ヴィクトリアは精一杯下町娘のつもりで、けれど隠しきれない優雅な所作で指を一本立てた。

 店主は一瞬、フードを深く被ったその女から放たれる異質な気品に圧倒されたが、すぐに商売人の顔に戻って鉄板を叩く。


「あいよ、お嬢ちゃん! 焼き立てだ、熱いから気をつけてな!」


 差し出された串焼きから立ち上る、濃い口のタレと脂の焼ける香り。ニーナの瞳が、獲物を狙う猛禽類のように鋭く光る。

 さぁ、代金を……とヴィクトリアが懐から銅貨を取り出そうとした、その時であった。


「おやおや、景気の良さそうな事で」


 に脂ぎった顔を歪め、男が一人、数人の衛兵を連れて屋台の前に立ちふさがった。

 一際目立つ豪華な服、その胸元には、三日月に重なる薔薇――公爵家の紋章を模した、けれどどこか品格に欠ける徴税官の徽章が鈍く光っている。


(公爵家の紋章……わたくしを探しに来たのかしら?)


 差し出せれていた串焼きを受け取りながらヴィクトリアは徴税官に目をやる。

 隣で物欲しそうにしているニーナであった。


 徴税官はヴィクトリアとニーナを一瞥し、そのフードの奥まで確認することなく店主へ詰め寄った。


「税の徴収の知らせに来たのだが、前回より増えていてな……金貨1枚だ」


「なんだと?金貨1枚……?売り上げの半分じゃねぇか。領主様は俺達に死ねと言うのか?」


 ニーナに串焼きを渡そうとしたヴィクトリアの手が止まる。

 ヴィクトリアの手からニーナは自分の串焼きを取り上げながらも視線は徴税官から離さない。


(金貨1枚なんて、平民が一月に生きていく半分の金額……もはやそれは税じゃなくて搾取だって)


「ほぉおう。この店の店主は公爵様に逆らうと?ああ、それは別にいい。明日もこの場で肉を焼ける事を願ってるよ」


 下品に笑いながら手を挙げ店を後にする徴税官。

 それに後追いする衛兵を見送った二人。


「嬢ちゃん達、悪かったな。それ、少し冷めちまっただろ。取り替えてやるよ」


 バツが悪そうに手を差し出した店主。

 しかしヴィクトリアは首を振って、それを拒否する。


「いいえ。わたくし達はこれでいいですわ。他の焼きたては別の客に取っておきなさいな……それとニーナ、わたくし気づいたのだけど、この増税が続けばこの地で商売はできなくなる……ちがって?」


「えっと、多分、そうですけど……あのですね……」


(この流れはまずい!)


 ニーナはじんわりと熱くなった掌は串の熱なのか、この後に放たれるヴィクトリアの発言を予期してなのか分からない。

 たが、確実に分かっていることは一つ。主人の暴走――面倒事に自分も巻き込まれるであろうということ。


 被っていたフードを脱いだヴィクトリア。

 月明かりを溶かしたよう銀髪が舞い、朝日を受けて輝く。


「せっかくですもの。この街を増税なんて目じゃないくらい潤したらいいわ。でないとわたくしの串焼き……いいえ、まだ見たこともないご馳走が食べれないもの」


 道ゆく人々が足を止め、その美貌と宣言に目を剥く。  

 空いている片手で頭を抱えるニーナ。

 煌々とやる気に満ちているその青色の瞳を前にニーナは否定の言葉を持ち合わせていなかった。


(やっぱりだ。どうして……どうして!お嬢様はこう斜め上の発想をするかなぁ!いや、間違ってはないんだけど!決して間違ってはないんだけど!)


「……お嬢ちゃん、この街をって……そんなことどうやってやるつもりだ?」


 フードを被っていた姿からも気品を感じていたが、その比ではない。

 朝日を浴びて煌めく銀髪、そして周囲を平伏させるような凛とした立ち居振る舞い。下町の埃っぽい空気の中で、まるで彼女一人だけが、別の世界から突然現れたかのようなそんな強烈な違和感を店主は感じていた。

 店主は、彼女が先ほど一瞥した徴税官の紋章――セプタム公爵家の血筋であることなど夢にも思わなかったが、本能が告げていた。目の前の少女は、自分たちのような平民が気安くお嬢ちゃんと呼んでいい存在ではないのだと。


「店主。その呆けた顔を直しなさいな。どうするもこうするも、わたくしがやると言ったらやりますわ。この街の有力者はどちらへ?」


「それなら、この市場を抜けた先にある小さな屋敷に住んでる……です?」


「ありがとう。ニーナ行くわよ」


「はいはい。ついていきますよ、お嬢様」


 まだ温かい串焼きを齧りながら二人は歩き始めた。

 そして、数分歩いたところで気がつく。


 代金を、払っていなかった。


 



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