老執事の悪巧み
ヴィクトリアからドレスや宝石を受け取ったアルフレッドはニーナにヴィクトリアを任せ、更に馬車を走らせた。
王都へと辿り着いたのはそれから2日の事であった。
王都。つまり、国で一番お金の集まる場所である。
(お嬢様から託されたこの品……家督の簒奪の為の資金源に変えろと仰るのですね。お任せ下さい。お嬢様の歩む道を阻む邪魔者はこの老骨が排除致しましょう)
気合を入れ、馬車から降りたったアルフレッド。盛大な勘違いである。
ヴィクトリアとしては当面の生活費を工面してきてほしい為にアルフレッドに売却を命じただけである。
点と点を全て間違えた線にしてしまったアルフレッドは石畳で慣らされた王都を歩き始める。
アルフレッドが今歩いているのは王都でも中心の通り。巨大なメインストリートの脇には様々な店が並んでおり、様々な人が仕事、買い物と活気に満ち溢れている。
何より目を引くのはアルフレッドの眼前に見える白亜の城。この国の王が鎮座するその城ははるか離れて見ていたアルフレッドとしても存在感を感じていた。
迷いなく、アルフレッドは中心の通りから脇道へと入っていく。
一本目。酒場や飲食店が増えてくる。昼間から酔い潰れている客を無視して更に奥へ。
二本目。酒場に紛れて娼館が現れる。客引きに寄ってくる男を無視し、まだ奥へと。
三本目。国に届けを出していない腐りかけた木材で出来た娼館と、禁制品を取り扱う闇市が広がる。目的地は近い。すえた葉巻の匂いやキツイ香水の匂い、整備されていない石畳を歩いたその奥、蜘蛛の巣の中心へとアルフレッドは辿り着いた。
分不相応な屋敷であった。
(なるほど。一筋縄ではいかなさそうですね)
アルフレッドの眼前。門の奥にそびえる灰色の石造りの屋敷。そして、門の横の若い門番は質の良い燕尾服を着ていた。
執事の服装であるが、その鋭い視線を受けて執事の皮を被った別のナニカだろうと推察したアルフレッドは門番へと声をかけた。
「失礼。買取と依頼をお願いしたい」
「……買取の品はどちらで?場合に寄っては今この場で断らせて貰うことにもなります」
比較的穏やかな口調ではあるが、毒の含まれている門番の言葉を受け、アルフレッドは鞄から大粒の青色の宝石を取り出し、門番へ手渡す。
受け取った門番は太陽に透かし確認した後、アルフレッドへと宝石を返した。
「なるほど。資格はお持ちのようで。畏まりました。主人の元へとご案内致しましょう」
慣れた手つきで鍵を空け、屋敷の扉へと進んでいく門番にアルフレッドは追従する。
芝生と通路のみの簡素な短い距離を抜け、門番は屋敷の扉を開いた。
「ここから先はお一人でどうぞ。突き当たりを右でございます」
「畏まりました。ありがとうございます」
扉の向こう側に足を踏み入れた瞬間、扉が閉まった。アルフレッドの耳朶を打っていた闇市の喧騒は、不自然なほど唐突に途絶えた。
広がるのは、肺の奥まで冷やすような、静謐で重苦しい空気。
廊下の窓はすべて厚手のカーテンによって封じられ、外の世界の光は一筋たりとも侵入を許されていない。代わりに通路を照らすのは、壁に備え付けられた燭台の、微かに震える炎のみであった。
「……なるほど。光を嫌う蜘蛛の巣に相応しい、徹底した遮光ですね」
アルフレッドが歩を進めると、深紅の絨毯が音もなくその足音を吸い込んでいく。
突き当たりを右へ曲がると、そこには不自然なほど高い天井と、壁一面を埋め尽くす不気味なほど精巧な肖像画たちが並んでいた。薄暗がりの中、それらの瞳が自分を品定めしているような気配を感じながらも、アルフレッドは乱れ一つない足取りで、廊下の最奥——主人が待つであろう扉へと向かう。
重厚な扉の前に立ったアルフレッド。その扉をノックしようと手を上げたと同時――
「入れ」
扉の中から声が聞こえた。
扉が開かれると、そこには外の薄暗がりが嘘のような、計算し尽くされた照明に照らされた書斎が広がっていた。
デスクの奥、仕立ての良いスーツを纏った白髪混じりの黒い長髪長身の男が、万年筆を置き、猛禽類のような鋭い瞳をアルフレッドに向ける。
「……老いぼれが、こんな薄汚れた街の奥まで何の用だ? 買い取りの品があるなら、あそこの門番にでも預ければよかったものを」
男は、指先にあしらわれた紅玉の指輪を弄びながら、不敵に口角を上げた。
だが、アルフレッドは動じない。彼は無造作に部屋の中央へと歩を進めると、鼻腔をくすぐる香水の香りに、微かに眉を寄せた。
「ガランドってんだ。それで、アンタ、買取希望ってわけじゃあないんだろ?いいぜ。門番が門を開いたんだ。話ぐらいは聞いてやるよ」
受けるかは別だけどな。と、ついでのようにつけ足したガランドは両肘をデスクへ置き両手を顔の前で組む。
「担当直入に申し上げますと貴方のその広い目と手を借りたい。これはその手付金代わりです」
差し出された鞄を受け取り中身をあらためたガランドの猛禽類のようなその瞳がほんの少し揺れた。
一目見て高級品と分かるそれ。売れば一生遊んで暮らせるだけの財産になるだろう事は分かる宝の数を手付金代わりと事もなげに渡した老執事から持ち込まれる案件の重さを悟る。
「セプタム公爵を失脚させる手伝いをしていただきたいのです」
「ほぉ……それはこのドレスの主か?いや、いい。それを聞くのは依頼を受ける時だ。なぁ、執事さんよ」
ガランドは鞄をデスクの端に追いやり、背もたれに深く身を沈めた。紅玉の指輪が、彼の苛立ちか、あるいは高揚か、不規則に火花を散らす。
「……一つ聞こう。あんた、正気か? その鞄の中身は確かに一生遊べる金だが、公爵家を敵に回せば一生を終えるための棺桶代に変わる。俺の首を吊るには、ちと安すぎるんじゃないか?」
「下手くそな計算です、ガランド殿」
アルフレッドは眉一つ動かさず、むしろ笑みさえ浮かべて、男の射抜くような視線を真っ向から受け止めた。
「棺桶? 滅相もございません。私が求めているのは、お嬢様の歩まれる道を汚す埃を払うための箒……そして、その箒を動かすための知恵です。貴方の首に値が付くほど、この国の裏社会は安上がりなのですか?」
ガランドの頬がピクリと引き攣る。
「口の減らないじじいだ。……いいか、貴族の失脚なんてのは、毒を盛るより面倒で骨が折れる仕事だ。証拠を捏造し、根回しをし、教会の連中の口を金で塞ぐ……。このドレスの主が誰かは知らねぇが、あんた、自分がどれだけ不純な火をつけようとしているか分かってるのか?」
「不純? ……ああ、なるほど。貴方にはこれが政治や復讐という陳腐なものに見えているのですね」
アルフレッドは一歩、音もなくガランドのデスクへと歩み寄った。その瞬間、書斎の空気が不自然なほどに鋭く、冷たく凍りつく。
「これは掃除です。お嬢様のドレスに触れようとした不潔な手を切り落とし、お嬢様の視界に入るゴミを焼却する……それだけの、至極単純で、そして美しい家事でございます」
「……家事だと? 一国の公爵を切り捨てる事を家事と吐き捨てるのか?狂ってやがる」
「褒め言葉として受け取っておきます。……さて、ガランド殿。まさか貴方が、この程度の埃に怯えて巣に引き籠もる小動物だとは思いませんが」
沈黙が部屋を支配した。ガランドの猛禽類のような瞳が、アルフレッドの執事の皮を被ったその深淵を覗き込もうとする。
やがて、ガランドは短く、けれど愉快そうに鼻で笑った。
「……不細工な死に方は御免だが、あんたのその掃除とやらに立ち会わないのは、もっと機会損失になりそうだ……いいだろう。その依頼、不本意ながら掃除の助手として引き受けてやるよ。俺の目と手を貸してやる……それで、依頼人はそのドレスの主で間違いないか?」
「ええ。仰る通り。セプタム公爵家の令嬢、ヴィクトリア様です」
親を失脚させる為に執事を裏社会へ向かわせる貴族令嬢などガランドは聞いたことが無く、安すぎたかも1人ごちるのであった。




