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閑話 橋精(きょうせい)と橋獣(きょうじゅう)

「橋精の声が聞こえるって言ってたやつがいた」

  川沿いの街道を馬車がゆく。

  霧の大河から吹く風は冷たく、

  アララはショウの肩の上で、ずっと小さく震えていた。


  「アララ……大丈夫か?

  ほら、次の村に着いたら、橋の上でお昼にしよう。

  橋の上で食べると、なんかおいしい気がするんだ」


  「……うん……

   でも……橋が……みんな……

   何も答えてくれない……」


  声はかすれ、今にも泣き出しそうだった。

  ショウは慌ててアララを両手で包み込む。


  「眠ってるだけだよ。

   橋が眠ってるのは……きっと理由があるんだ」


  「……ショウ……

   私……聞こえなくなるの……こわい……

   橋の声が……消えちゃうの……

   私……どうしたら……」


  ショウは胸が締めつけられるような気持ちになった。

  アララは“橋の声”が世界そのものだ。

  それが聞こえないというのは、

  人間で言えば“世界が色を失う”ようなものなのだろう。


  「アララ……俺がいる。

   聞こえなくても、俺がそばにいるから」


  アララはショウの胸に顔を埋め、

  小さく「……うん……」と答えた。


  その様子を見ていたベルモンドが、

  ふっと息を吐いた。


  「ほんとに、いるんだな」


  「え?」


  「いや……悪い意味じゃねえ。

   ただ……見えねえ相手に、そこまで本気になれるやつは珍しい」


  ベルモンドは前方に見える古い木橋を指さした。


  「この世界じゃな……

   古い橋には橋精きょうせい橋獣きょうじゅうが宿るって信じられてる」


  「橋精と橋獣……」


  「橋精は橋の“魂”。

   人が渡り、祈り、感謝し、

   長い年月をかけて宿る存在だ。

   風の音や水の流れを通して、橋を守る」


  「……魂……」


  「橋獣は橋の“力”。

   川の流れ、地面の揺れ、風圧……

   自然の力を受け止めるために生まれた、

   橋の“もうひとつの身体”みてえなもんだ」


  「魂と身体……か」


  「そうだ。

   でな、小さな橋でも、古くて大事にされてる橋には、

   どっちか、あるいは両方が宿るって言われてる」


  「……だから……

   ショウの橋……あったかかった……

   声が……やさしかった……」


  「アララが起こしてくれたんだよ」


  アララは少しだけ笑った。

  

  ベルモンドはほんの一瞬だけ、

  遠くを見るような目をした。


  「……昔な。

   橋精の声が聞こえるって言ってたやつがいた」


  「え?」


  「変わったやつだったよ。

   橋の綻びをすぐ見つけるし、

   見たことねえ道具ばっか使ってた。

   ……だが、橋の魂を信じてた」


  ベルモンドの声は、どこか懐かしさと痛みが混ざっていた。


  「その人……今は?」


  「……さあな。

   霧の大河に……消えちまった」


  ベルモンドは首を振って、話を切り替えた


  「実はな……

   最近は、橋精が姿を見せねえ。

   橋獣だけが残って、橋を支えてる状態だ」


  ショウが驚いて言った

  

  「橋精が……消えてる……?」



  アララがショウの服をぎゅっと掴んだ。


  「……こわい……

   でも……

   橋……助けたい……

   みんな……起こしたい……」


  「大丈夫だ。俺が助けてやる」


  ベルモンドは、前を向いたまま言った

  「橋精も橋獣も、橋を守るために生まれた存在だ。

   完全に消えたわけじゃねえ。

   どっかで、まだ息してる」


  アララは涙を拭い、

  小さく、しかし強く頷いた。


  「……うん……

   私……がんばる……

   橋を……みんなを……起こす……」


  「よし、その意気だ」


  「……まったく。

   あいつも……こんなふうに橋に話しかけてたっけな」


  「え?」


  ベルモンドは首を振った。

  「なんでもねえよ。

   行くぞ、若造」


  霧の大河から吹く風が、三人の間を静かに通り抜けた。


  その風の中に――

  アララだけが、かすかな橋の息づかいを感じていた。


橋一言

「橋は嘘をつかない。ただ、人が見落とすだけだ。」

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