閑話 沈黙する橋
この世界は「大河」と「中河」が国を区切っている
馬車の車輪が轍を刻む音に混じって
絶えず「水の音」が聞こえていた。
都へと続く街道を進むにつれ
その音は大きくなり
一行は数時間おきに橋を渡ることになった。
「あっ、また橋が――」
「うるせー! いちいち叫ぶんじゃねぇ。
ちったぁ、静かに出来ねえのか」
「……ベルモンド。
この大陸、いくらなんでも川が多すぎないか?
日本……俺のいた国も水は豊かだったが、ここは異常だ」
ショウが野帳に書き留めた「橋の数」を眺めながら尋ねる。
ベルモンドは御者台で手綱を捌きながら
面倒そうに鼻を鳴らし
馬車を止めた
「ああ、おめえ、この世界の成り立ち……は知らねえか。いいか、よく聞け」
ベルモンドは懐から
手垢で汚れた広域地図を取り出した。
「俺たちが今いるこの『中央大陸』はな、文字通り世界のへそだ
それを囲むように、ドーナツ状に四つの大陸が繋がってやがる。
中央大陸とそれらの大陸は幅の広い『大河』。
そして大陸同士を区切るのは、そこから四方に分かれる『中河』だ」
ベルモンドは、空いた手で中央大陸の真ん中を指差した。
そこには、険しい山脈の記号が密集している。
「外側の大陸には高い山がねえ。
だがな、この中央大陸のど真ん中には、
空を突き抜けるような高い山が連なってやがる。
外海から流れてきた湿った風が、その山脈にぶつかって、
毎日毎日、アホみたいな量の雨を降らすんだ」
ショウの技術士としての脳が、即座に地形をシミュレートする。
「なるほど……。外海の水蒸気が中央の山脈で強制的に冷却され、膨大な降水となる。
それが放射状に流れ出し、幾千もの川となって大河へ注ぐ……。
この大陸は、世界最大の『巨大な排水路』というわけか」
「排水路とは夢のねえ言い方だが、その通りだ。
だからこそ、橋がなきゃ一歩も歩けねえ。
橋こそが、この世界の関節なんだよ」
「……ショウ。ねえ、ショウ……」
隣に座るアララの声が、いつになく細く、震えていた。
見ると、彼女の鮮やかな緑の髪が、恐怖で濁った色に変色している。
「どうした、アララ。また気分が悪いのか?」
「……どこの橋も、答えてくれないの。
……死んではいない。でも、何も、聞こえないの。
ショウがつくったあの吊り橋は、あんなに元気に『生きてるよ!』って笑ってたのに……」
アララは耳を塞ぎ、身を縮めた。
「どの橋も……みんな、眠らされてるみたい。魂を抜かれた、ただの石の塊になってる……」
「ベルモンド、近くの橋を見てもらえないか」
ショウはアララの感じたことをベルモンドに伝えた
「……おい。そいつは聞き捨てならねえな」
ベルモンドは馬車から降り、街道沿いにある小規模な石橋の袂に降り立った。
見た目は立派なアーチ橋だ。
ベルモンドが大きな槌を取り出し、橋の親柱を軽く叩く。
「……乾いてやがる。石の心臓が動いてねえ」
「わかるのか、ベルモンド」
「石同士を繋ぎ止める『粘り』がなくなってる。
……ショウ、この橋、見た目は綺麗だが、
今のままだと重い荷車を通しただけで、
真ん中からポッキリいくぞ。
支持力が、設計の半分も出てねえ」
都に近づくにつれ、
橋の装飾は豪華になり、
石材も上質なものに変わっていく。
しかし、それに反比例するように、
アララの震えは止まらなくなり、
ベルモンドの顔も険しさを増していった。
立派な白石で造られた橋。
しかし、その内側は「空っぽ」だ。
橋としての魂を抜き取られ、
ただ崩壊を待つだけの、巨大な石の死体。
「……やっかいなことになりそうだぜ」
ベルモンドが呟き、遠くに見える中央都市の白い影を睨みつけた。
ショウは、魔力を帯びたレーザー距離計を握りしめる。
「橋をこんあふうにした『何か』が、あそこにいるだな」
アララはショウの肩にしがみつき、震えを抑えようとしている。
中央都市へ続く街道の先、その向こうに、古代の橋が待っている。
重苦しい緊張が走る。
完成したばかりの吊り橋の、あの喜び。
それが、この巨大な「沈黙」によって塗りつぶされようとしていた。
橋一言
「安全な橋ほど、静かすぎる。」




