第二章 橋城(きょうじょう)での邂逅と…… 第十三話 ガランの追想と引き継がれる願い
セイランを旅立った夜。
ショウとアララ、そしてベルモンドは、
霧廻りの大橋を一望できる河川敷で野営をしていた。
(そうだ、まだ腑に落ちないことはたくさんあるんだが、
ガランに聞くことはできないのかな)
ふと、そんなことを思いついたときだった
(我を呼んだか。ショウよ)
頭の中に重々しい声が響いた
「ガラン……!? 姿は見えないが、話せるのか?」
(この場所は私の領域。……この男の体を、一時借りよう)
焚き火の爆ぜる音が響くなか、
不意にベルモンドが立ち上がり、
川面を見つめたまま静止する。
「ベルモンド?」
ショウの呼びかけに応えたのは、黄金色に輝く瞳だった。
「……便利だな、あんた。どこでもそうやって出てこられるのか?」
「……いや、ここは私の根源。そして私はこの男と混ざり合った
大きな川の近くか、この男の意識が完全に沈んでいる時でなければ、
表には出られぬ」
そう語るガランの口調は、
ベルモンドの粗野なものとは正反対の、
静謐な響きを持っていた。
「……少し、語らせてくれ。この男の喉を借りてな」
ガランの、地鳴りのような深く穏やかな声。
彼は川のせせらぎに耳を澄ませ、
遠い日の光景を空に描き出した。
「タケルがこの世界に来て、我らとどうかかわり、
タケルが、ミオが、何を願い、何を選んだのかを」
ショウとアララは息を呑み、耳を傾けた。
「タケルがこの世界に来たのは、偶然ではない。
橋精よりも上位の存在が、将来の災厄に備えて呼んだのだ」
ガランの声は、どこか懐かしさを帯びていた。
「セイラン侯に招かれたタケルは、橋城と霧廻りの大橋の整備を任された。
そこで、私とミオと出会った」
「橋の職人は、橋精も橋獣も見えない。感じることもできない。
我らの力を橋の『システム』と思い、
それをどううまく操れるかで、腕が決まる」
「それなのに、タケルは、ミオと我を、見た瞬間
うれしそうに笑い、ミオの元へ走り寄って
ミオを抱きしめた」
ガランの声が笑いを含んだ
「あれは、見物だった。橋精のリーダとして常に気高くあろうとしていたミオが
真っ赤になっておろおろしている様はな」
「タケルは、我らを『意思を持つ対等なパートナー』として
接してくれた
彼は、我々を『メンテナンス』ではなく
癒やし安らぎで、つつんでくれた」
「そして、この世界の橋の理を学び、
ミオの声に耳を傾け、
私の言葉を真剣に受け止めた」
ガランの声が、わずかに柔らかくなる。
三人で過ごす時間は、
ガランの長い時の流れの中でも
最も至福の時だった
タケルは橋の整備をしながら、
ミオに世界のことを尋ね、
ミオは嬉しそうに、
川の流れや橋精の役割を語った」
「タケルもミオに、元の世界の話を聞かせた。
同じように宿っていた橋精や橋獣の話
石ではなく、鉄を繋いで海を跨ぐ巨大な橋の話」
一瞬、ガランは言葉を止め、それから続けた。
「ミオは、タケルのそばにいる時だけ、
精霊ではなく、ひとりの少女になっていた。
彼の隣にいたいと願うようになっていたのだ」
ある夜、二人が我の背中に乗り、
ミオがタケルの肩に頭を預けながら、
地図の載っていない遠い西の空を指差した
「……タケル。いつか、
あの険しい峡谷にある『絶響の大橋』へ連れて行って。
風が歌い、水が踊り、音が橋そのものになる場所。
そこで、あなたに私の本当の歌を聴いてほしいの」
タケルは優しく微笑み、
「必ず一緒に行こう。僕が君の道を繋いでみせる」
と約束した。
それが、叶うことのなかった二人の唯一の約束だった。
ショウは胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。
タケルの笑顔も、ミオの想いも、
もう二度と戻らないのだと痛感した。
「タケルはよく言っていた
いつか三人で旅ができたらいいな と」
「ミオはその言葉を聞くたびに、
嬉しそうに、しかしどこか照れたように微笑んでいたものだ」
「だが、ある日を境に、
橋精たちのつながり”途切れ始めた」
ミオは不安を隠せなかった。
橋精同士は川を通じて互いの気配を感じ取れる。
その声が、次々と消えていったのだ。
「タケルは原因を探るため、調査に出た。
ミオは寂しさと不安を抱えながら、彼の帰りを待っていた」
ガランはその時のミオの表情を思い出すように、
少しだけ声を落とした。
「私は……嫌な予感がしていた」
「タケルが不在の間に、事件は起きた」
タケルの代わりに橋城へ来ていた橋職人。
その男が、見慣れぬ魔道具を起動させた。
「ミオは拘束され、意に反して操られた。
私も杭で縫い止められ、力を奪われた」
アララが震える声で呟く。
「ミオ……」
「職人はミオを通じて橋精たちを呼び寄せ、捕獲し、
怪しげな実験を繰り返した。」
「タケルは橋精が消える原因が人為的だと気づき、
捕獲者を追った」
だが、相手はタケルの動きを読んでいた。
「タケルは追い詰められた。
その瞬間、檻の中の橋精と橋獣が、
自分の命を削ってタケルを押し出した。
光が弾け、彼らはそのまま消えた。」
ガランの声が震える。
「タケルは魔道具の原理を知り、ミオの元へ急いだ。
途中でベルモンドと再会し、助力を求めた」
ショウは拳を握りしめた。
「だが……間に合わなかった。
タケルは私の胸の上で息絶えた。
ミオの名を呼びながら……」
「ミオが、自分を「解体」する進化転生を選んだのは、
魔道具のせいで橋が破滅する未来が迫っていたからだ」
自分が橋精たちを巻き込んだ罪悪感。
タケルを守れなかった悔しさ。
そして――タケルと旅をしたいという願い。
「ミオの中には、タケルの意識が残っていた。
そのタケルが助けてくれる者を求めた」
ショウの胸が熱くなる。
「その瞬間、ショウ……お前もタケルを強く想っていた。
その二つが同調し、お前は呼ばれた」
ガランは静かに告げた。
「ショウ。
お前は偶然ではない。
タケルが選び、ミオが願い、
そしてお前自身が想った。
その三つが重なり、お前はここに来たのだ」
ショウは言葉を失った。
アララは涙を拭い、ショウの手をぎゅっと握った。
その手は小さいのに、不思議と温かくて強かった。
「……ショウ。アララはミオではない。
だが、彼女が君の手を引こうとするその熱は、
あの日タケルが彼女に注いだ愛の証なのだよ」
「……タケルの夢は、まだ終わっていない。
ミオの願いも、まだ果たされていない。
だからショウ……
お前が歩む道は、二人の願いそのものだ」
黄金の光が静かに消え、
ベルモンドがゆっくりと目を開けた。
「……なんだ、また寝てたのか俺は」
ショウは涙を拭き、微笑んだ。
「ベルモンド、行こう。
タケルさんたちの願いを、俺たちで繋ぐんだ」
第二章までお読みいただきありがとうございます。
第三章は、少しお時間をいただき、
次週ぐらいからのスタートになる予定です。
次は東の領地の橋城。キーワードは「渦」です。
なお、ここまでの感想などをいただければありがたいです。
次章以降の参考にもなりますので、よろしくお願いします




