第二章 橋城(きょうじょう)での邂逅と…… 第十話 解除(リリース)と代償
ドクン
橋の底から、今までとは違う、力強い「鼓動」が響いた
ガランの巨大な瞼が、わずかに震える
「……計算通りだ! 第一拘束、解除!!」
ショウの叫びに応えるように、
壁一面に刻まれたタケルの数式が、黄金色の光を放ち始めた
第一の杭が抜けた瞬間、
空間を支配していた不快な高周波が消え、
耳が痛くなるほどの静寂が訪れた
赤黒い廃魔力が霧散したその跡で、
巨大な「岩の山」の吐息が震え、
ショウの胸に重い感情が流れ込んできた。
(……ああ。……お前か。……お前が、あの男の言っていた……)
ショウの脳裏に直接、地鳴りのような重低音が響いた
ガランの巨大な眼が、ゆっくりと開かれる
それは濁った琥珀色をしていたが、
ショウと視線が合った瞬間、理性の光が宿った
「ガラン……! よかった、生きてるんだね!」
アララがガランの鼻先に駆け寄る
ガランは優しく、だが重苦しい吐息をつき、
アララ――かつての相棒の欠片を見つめた
(ミオ……いや、新しい命か。……タケルは、死んだのだな
私の胸の上で、最期までお前の名を呼びながら……)
(アララがミオ! どういうことだ)
だが、衝撃は片隅に追いやる
ショウは距離計を握りしめた。
ガランから伝わってくるのは、
数年間に及ぶ絶望的な痛みと、
それでも橋を支え続けた誇りだ
「ガラン、タケルさんの『続き』は俺がやる
……今、全部抜いてやるから!」
ベルモンドには、二人(一人と一柱)のやり取りは見えていない
だが、空気が変わったことを肌で感じていた
「……へっ、急に静かになりやがって
ガランか。野郎、まだ寝ぼけてんじゃねえぞ
職人が仕事してんだ、しっかり支えてやがれ!」
ベルモンドの不器用な激励に、ガランの口元がわずかに緩んだように見えた
だが、再会を祝う時間は一瞬で奪われた。
抜かれた第一の杭から溢れ出した膨大な魔力が、
霧散するどころか、空中で渦を巻き始めたのだ
「――っ! エネルギーがゴーレムに吸収されている!?
マズい、再起動だ!!」
ショウの警告と共に、ベルモンドに押し返されていたゴーレムが、
文字通り『爆発的な進化』を遂げた
散らばっていた廃魔力の導管がゴーレムの体に巻き付き、
より巨大で、より歪な、多腕の殺戮機械へと姿を変える
その中心部には、抜かれたはずの第一の杭が、
今度は「剣」として装着されていた。
「若造! 解説はいい、次の一手を指示しやがれ!
こいつの出力、さっきまでの比じゃねえぞ!」
ベルモンドが槌を構え直す
ゴーレムの振り下ろした「杭の剣」が床を砕き
衝撃波がショウたちを襲う
「アララ、ガランを護れ! 結界を全開にして、これ以上の侵食を防ぐんだ!」
「うん!ガラン、耐えて!」」
アララの光がガランを包み、ゴーレムから伸びる黒い触手を焼き切っていく。
ショウは距離計のモニターを睨みつけ、
指先が火花を散らすほどの速度で計算を回した。
「ベルモンド、次は左後方、五番目の杭だ!
ゴーレムが攻撃を繰り出す瞬間、
奴の足元の魔力回路が一時的に空になる!
その三秒間だけ、橋全体の応力バランスが反転する
……そこが、唯一のチャンスだ!!」
(……タケルさん、見ててくれ。あんたの遺した数式を、
俺が『動的な解決策』に書き換えてやる!)
「――カウント開始! 三、二、一……叩け!!」
ベルモンドが跳んだ。
ゴーレムの巨腕が彼を押し潰そうと迫るが、
その直前、アララの風がベルモンドを加速させ
ショウのレーザーが「叩くべき一点」を黄金に照らし出した。
「――おおおおおお!!」
槌が杭を粉砕し、同時にゴーレムの供給源である回路を断絶する。
内部で圧縮されていたエネルギーが逆流し、
ゴーレムの巨体が内側から崩壊を始めた。
ベルモンドの槌がゴーレムを弾き飛ばす
だが、その背後で橋脚の軋みは限界に達していた
ゴーレムが崩れ落ち、
橋脚全体が悲鳴を上げるように揺れた。
ショウの距離計が赤く点滅する。
「……マズい。最後の一本……
今は橋の“仮の支柱”になってる……
抜けばガランは助かるが……橋が落ちる……!」
ベルモンドが血まみれの腕で槌を支えながら叫ぶ。
「策はねえのか、ショウ!!」
ショウは唇を噛んだ。
「……一つだけある。
誰かが杭を抜く瞬間の衝撃を“体で受け止める”しかない。
でも……そんなことをすれば――」
「わたしがやる!」
アララが前に出た。
ショウは即座に首を振る。
「ダメだ! 君じゃ存在が消える!」
アララの瞳が揺れたその瞬間――。
ベルモンドが、不敵に笑った。
「――そうかよ。なら、話は早い」
ショウが振り返るより早く、
ベルモンドは槌を肩に担ぎ、最後の杭へ歩き出した。
「やめろ、ベルモンド!!」
ショウが腕を掴む。
だが、ベルモンドは振り返らず言った。
「若造……タケルがあの日、俺に繋いだ命だ。
ここで使わなきゃ、職人が廃るってもんだ」
ショウの喉が震える。
「まだ計算が――!」
「計算なんざ知るか。
おめえがやるべきことは、タケルの“続き”だろうが」
ショウの胸を軽く押し返したベルモンドの目は、
かつてタケルが見せたのと同じ光を宿していた。
「……ショウ。
タケルはな、最後の瞬間まで“誰かを守るために”動いてた。
あいつの背中を見て、俺は逃げた。
だが……今度は逃げねえ」
ショウの目が揺れる。
ベルモンドは続けた。
「おめえは
あいつが選んだ“未来”だ。
なら……その未来は、俺が繋ぐ」
ベルモンドは槌を握り直し、
最後の杭の前に立った。
ガランが苦痛に震えながらも、
ベルモンドに向けて低く唸る。
ベルモンドは笑った。
「心配すんな、ガラン。
職人はな……橋のために死ぬのは本望なんだよ」
ショウが叫ぶ。
「ベルモンド!! やめろ!!
タケルさんはそんなこと望まない!!」
ベルモンドは振り返らなかった。
ただ、背中越しに言った。
「タケルはな……
“どちらかじゃなくて、どちらも守る”って言ったんだ」
ショウの胸が締め付けられる。
ベルモンドは続けた。
「なら俺は……
“おめえとガラン、どっちも守る”って選択肢を選ぶだけだ」
ショウの目から涙がこぼれた。
ベルモンドは深く息を吸い、
槌を構えた。
「――タケル。
おめえが守った命、今度は俺が繋ぐぜ」
ショウが叫ぶ。
「ベルモンド!! 戻ってこい!!」
ベルモンドは笑った。
「戻るさ。
……おめえが、俺の“帰る橋”を作ってくれたらな」
そして――。
ベルモンドは全力で槌を振り下ろした。
ガァァァァァァァン!!
杭が砕け、
破壊的なエネルギーが逆流し、
ベルモンドの体を内側から焼いた。
光が爆ぜ、
黒い管が弾け飛び、
橋脚全体が崩れかける。
ショウは制振パルスを全開にし、
タケルの数式が黄金に輝いた。
だが――。
そこにベルモンドの姿は、もうなかった。
ただ、砕けた杭の前に、
彼の槌だけが転がっていた。




