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悪魔の花嫁 エルフの花婿 〜悪魔のぼくと美人なエルフのお姉さん〜【更新停止中】  作者: よるねこ


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20/22

第二十話 強い悪魔を探し、予想以上の存在に辿り着いた日の話

 朝の卓には、まだ果実の甘い匂いが残っていた。


 ララとミラが加わったせいか、いつもの居間が少しだけ狭く感じる。椅子の脚が床を擦る音、水差しの口が杯へ触れる小さな音、誰かが呼吸するたびに揺れる空気。そんなものが朝の光の中で細かく重なっていた。


 食事を終えたあとも、誰もすぐには席を立たなかった。


 ユーナが卓に肘をつき、片手で頬を支えたまま言う。


「じゃあ、今から簡単に決めとこうか」


 その声で、場の空気が少しだけ引き締まる。


 シロウは背筋を伸ばした。向かいではリテュシアがもう姿勢を正している。ララは椅子へやわらかく腰を預け、ミラは相変わらず気だるそうに卓の端を指でなぞっていた。


「基本はシロウくんが前」


 ユーナはそう言って、シロウを見た。


「リテュシアちゃんが横で支える。ララとミラは、危なくなったら入る。私は見る」


「見るだけですか」


 シロウが思わず聞き返すと、ユーナは楽しそうに笑う。


「見るのも大事なんだよ」


「大事なのは分かりますけど」


「それに、強いのが暴れた時ってさ、下手に人数増やすと邪魔になるし」


 軽い口調のまま、言っていることだけは外さない。


 リテュシアはそれに異論を挟まなかった。


「位置取りはそれで問題ありません」


「即答ですね」


「あなたを前に出すのは最初から決まっていたでしょう」


「決まってたんですか」


「強いのですから」


 あっさり言われると返しづらい。


 シロウは口を閉じた。嬉しいとも違うし、素直にうなずきにくい。それでも自分が前に出ること自体には、もう異論はなかった。昨日までの自分なら躊躇していたかもしれないが、今は少なくとも逃げる気にはならない。


 ユーナが卓に指をとんとんと打つ。


「問題は場所だね」


 そこでララが顔を上げた。


「戻ってくる途中で、ちょっと強い気配あったんだけど」


「街から近すぎる?」


 リテュシアが問う。


「近すぎはしないかな」


 ララは少し考えるように視線を泳がせる。


「すぐ着く距離じゃない。歩けば、一泊くらいはいると思う」


 ユーナが小さく頷いた。


「私が前に感じたのも、その辺りかもしれない」


「前にもいたの?」


 ララが視線を向けると、ユーナは肩をすくめた。


「街の近くで、嫌な感じのがね。魔力の澱みが溜まりやすい場所がいくつかあるんだけど、その延長線上なら別におかしくない」


 ミラが卓へ頬杖をつく。


「じゃあ、そこまで行けば勝手に出てくるかも」


「その可能性は高いね」


 ユーナの視線がシロウへ向く。


「シロウくんがある程度近づけば、向こうも気づくと思う。強いのって、強いの好きだし」


 その言い方は妙に気楽だった。


 シロウは少しだけ眉を寄せる。


「好きって言われても……」


「惹かれる、の方が近いかな」


 ユーナはそう言ってから、ふっと笑った。


「まあ、実際に行けば分かるよ」


 実際に行けば分かる。最近そればかりだ、とシロウは思う。だが反論もできない。分からないことが多すぎるからこそ、見に行くしかないのも事実だった。


 リテュシアが言う。


「今日出ますか」


「軽く準備してすぐ出よう」


 ユーナは立ち上がった。


「暗くなる前に街は抜けたいし」


 そこからは早かった。


 卓の上が片づけられ、必要なものだけが手際よく揃えられていく。ユーナは研究室側へ消え、いくつかの包みと小箱を持って戻ってきた。ララとミラは壁際に立ててあった荷袋を開け、自分たちの荷を点検する。見た目には軽そうなのに、袋の底が不自然に沈まない。あれが例の大ヒット商品なのだろう。


 シロウは自分の荷と呼べるものが少なすぎて、かえって落ち着かなかった。ローブの裾を直し、首輪型の魔道具へ無意識に触れる。金属の冷たさが指先へ返ってくる。


 その時、すぐ横からララの声がした。


「似合ってるね」


 距離が近い。


 シロウはびくりと肩を跳ねさせた。振り向くと、ララがすぐ脇に立っている。しかも本当に何気ない顔でこちらを見上げていた。


「え」


「そのローブ」


 ララはにっこり笑う。


「前よりずっといい」


「そ、そうですか」


 何と返していいか分からない。シロウが戸惑っているうちに、ララの指先がローブの袖へ触れかける。


 その手の前へ、すっと細い影が差し込んだ。


 リテュシアだった。


「シロウ」


 呼ばれたシロウは反射でそちらを見る。リテュシアは何でもない顔で荷袋を差し出してきた。


「これを持ってください」


「は、はい」


 受け取ると、そのまま自然にララとの間へリテュシアが入る形になる。あまりにも滑らかだったので、最初は気のせいかと思ったほどだ。


 ララは一瞬だけ目を細めたが、すぐにまた笑った。


「仲いいね」


「そうでしょうか」


 リテュシアの返事は平坦だった。


「うん。すごく」


 ララはそれ以上は触れず、自分の荷へ戻っていく。シロウは少しだけ遅れて、今何が起きたのかを理解した。守られた、のだろうか。いや、守るというほど危険なことではなかった気もする。だが、あのままララが距離を詰めてきたら、たぶん自分はうまく対処できなかった。


 シロウが小さく息を吐くと、リテュシアは荷を整理しながら、こちらを見ずに言った。


「何ですか」


「いや……」


 何と言うべきか少し迷う。


「助かりました」


 そう言うと、リテュシアの手が一瞬だけ止まった。


「そうですか」


 短い返事だったが、それ以上は聞かなかった。


 準備を終えるころには、陽はもう高くなり始めていた。


 街を抜けるまでは、それぞれの距離感が少しぎこちないままだった。ユーナが先頭気味に歩き、ララとミラが後ろに続き、シロウとリテュシアがその中ほどへ収まる。人通りのあるうちは、シロウはほとんど口を開かなかった。首輪型の魔道具があっても、油断する気にはなれない。


 城壁を離れ、石畳が土の道へ変わり、街の音が背後へ薄れていくにつれて、ようやく空気が少し緩む。


 道の両脇には背の低い草が揺れ、その向こうへまばらな林が続いていた。空は高く、雲はゆっくり流れている。魔道都市の近くとはいえ、街を外れれば土と風の匂いが優勢になる。


 ララは歩きながら、何かとシロウの近くへ寄ってきた。


 肩が触れるほどではない。けれど、道幅が広いわりには近い。少し前なら偶然かとも思えたが、三度も続けば偶然ではない。


「歩くの速いね」


 ララが横から言う。


「え、そうですか」


「うん。わたし普通に歩いてるのに、ちょうどいい感じ」


 そう言って笑う。


 シロウは返事に困った。どう考えても自分の歩幅の方が大きいのに、合わせてくれているのは向こうのはずだ。


 その時、前を見ていたリテュシアがほんの少しだけ速度を落とした。結果として、シロウの位置も自然に半歩ほど後ろへずれる。ララとの距離がまた少し開いた。


「ララ」


 今度はユーナが呼んだ。


「なに?」


「ほどほどにしなよ」


 軽い声だった。叱っているようでもない。ただ、見えているぞと知らせる程度の言い方だ。


 ララはぱち、と目を瞬かせる。


「何が?」


「近い」


 ユーナはそれだけ言う。


 ララは口元へ指を当て、少し考えるような顔をしたあと、小さく笑った。


「そうかも」


「そうだよ」


「気をつける」


 返事は軽い。けれど、そこで本当に少しだけ距離を取った。


 ミラはそのやり取りを後ろで聞きながら、面倒そうに目を細めるだけだった。


「ララ、たまにそういうとこある」


「何それ」


「自覚ないの、余計に変」


 言われたララは笑うだけだ。否定しないあたり、本当に自覚が薄いのかもしれない。


 シロウは何となく落ち着かず、ローブの襟元を触った。どうしてここまで近づかれるのか分からない。嫌というほどではない。だが慣れていない。まるで知らないところで自分の輪郭を勝手に撫でられているような、そんな居心地の悪さがある。


 リテュシアは何も言わない。


 ただ、ララが近づこうとすると、そのたびに自然な動きで間へ入ったり、シロウへ別のことを言って注意を逸らしたりしていた。露骨ではない。だが確かに牽制している。


 昼を少し過ぎた頃、いったん小川のそばで休んだ。


 水は冷たく澄んでいて、石の間を軽い音を立てて流れていく。ララは靴を脱いで水へ足先を入れ、気持ちよさそうに息を吐いた。ミラは近くの木へ背を預けて座り、すでに半分眠そうだ。ユーナは地図代わりの紙片と、頭の中の記憶とを照らし合わせるように何度か視線を動かしている。


 シロウが水を飲みにしゃがみ込むと、リテュシアもすぐ隣へ膝をついた。


「喉は渇いていませんか」


「大丈夫です」


「本当に」


「本当にです」


 そう答えると、リテュシアはほんの少しだけ目を細めた。


「ならいいですが」


 短いやり取りだった。けれど、わざわざ隣へ来て同じことを聞く理由は、それだけではないのだろうとシロウにも分かった。


 休憩を終え、また歩き出す。


 午後の光は少しずつ傾き始め、草の影を長く伸ばしていた。街道らしい道を外れてからは、人の気配がほとんどなくなる。その代わり、風の流れや土の匂いの中へ、時折妙な重さが混じるようになってきた。


 シロウは最初、その違和感を言葉にできなかった。


 嫌な感じ、というのが一番近い。空気が少しだけ重い。耳には何も聞こえないのに、背中のあたりがざわつく。


 夕方が近づくころには、その感覚はもう無視できなくなっていた。


 野営の場所に選んだのは、低い丘のふもとの少し開けた場所だった。近くに林があり、風を避けやすい。ユーナは手際よく火を起こし、ララとミラが荷から食べ物を出す。シロウも何か手伝おうとして、薪の束を一つ持ち上げたところで強く握りすぎ、乾いた音を立てて何本か折ってしまった。


「……すみません」


 思わず謝ると、ユーナが笑う。


「別にいいよ。燃えるし」


 リテュシアは折れた薪とシロウの手を見比べたが、何も言わなかった。ただ、そっと別の束を足元へ寄せてくる。その小さな気遣いが、今はありがたかった。


 火が安定し、薄い煮込みが温まり始めたころ、ララがまたシロウの隣へ来た。


「寒くない?」


「だ、大丈夫です」


「そう?」


 ララは少し首を傾げる。


「シロウくん、体温高そうだけど」


「どうしてそうなるんですか」


「なんとなく」


 またその曖昧な答えだ。


 ララはそのまま隣へ腰を下ろそうとする。


 その前に、今度はリテュシアが自分の外套を取りに来たような顔でシロウの横へ入り、そのまま座った。ララは一瞬だけ空いた場所を見たあと、困ったように笑う。


「そこ好きだね」


「ちょうど良いだけです」


 リテュシアは平然としていた。


 シロウは焚火の向こうにいるユーナを見る。ユーナは煮込みをかき混ぜながら、ララとリテュシアとを交互に見ていた。その目は面白がっているのとも少し違う。何かの癖や傾向を観察している時の目だ。


 食事は簡素だったが、火のそばで食べるだけで十分うまかった。


 煮込まれた肉は少し固く、野菜は形が崩れかけている。けれど、温かいものが腹へ入ると、それだけで身体の緊張が少しほどける。夜の気配はまだ完全には下りていないが、空はすでに濃い藍へ傾き始めていた。


 食後、火を囲んだ沈黙の中で、最初に異変へ気づいたのはララだった。


 ふと、笑みが消える。


「来るかも」


 声は小さかった。けれど全員がすぐ反応した。


 ミラが木にもたれていた体を起こす。ユーナは杯を置き、火の向こうへ視線を向ける。リテュシアは何も言わず立ち上がり、腰の武器へ手をかけた。


 シロウも立つ。


 空気が変わっていた。


 さっきまでの夕方の風ではない。林の向こうから、重たいものがじわじわ近づいてくる。足音はまだない。けれど、気配だけが先に来る。濡れた土へ何か濃いものを垂らしたみたいに、空気の色がわずかに変わる。


 ユーナが低く言う。


「まだ動かないで」


 その声に、シロウは足へ力を留めた。


 気配は途切れない。少しずつ近づく。近づいて、止まり、また寄る。こちらを探っているような動きだ。


 焚火の向こう、林の影がひとつだけ濃く見えた。


 次の瞬間だった。


 黒いものが、そこから弾かれたように飛び出した。


 速い。


 人の足ではない。獣とも違う。地を掴むより先に前へ噛みつくような跳躍だった。月も出きらない薄闇の中で、輪郭だけが異様に大きく見える。


 ララとミラの前へ行かせる前に、シロウの体が先に動いた。


 考えるより早かった。


 正面から踏み込み、そのままぶつかる。


 衝突音が鈍く響いた。


 襲いかかってきた悪魔の胴へ両腕を回し、勢いのまま地面へ叩きつける。土が抉れ、草が散る。相手が何かを裂くように唸ったが、シロウは離さない。逃がすつもりもなかった。


 腕の中で暴れる感触は重い。筋肉の束みたいな塊が、牙と爪を振るって無理やり抜けようとしている。だが、それでも押さえ込める。むしろ押さえ込めることの方が、シロウには恐ろしかった。


 相手の前脚が振り上がる。


 その瞬間、シロウは頭から押さえつけるように力を込めた。


「下がってください!」


 声が自分でも驚くほど大きく出た。


 悪魔の体が地面へ沈む。土と石がきしみ、低い咆哮が押し潰されるように喉の奥で濁った。


 焚火の火が大きく揺れ、オレンジの光が暴れる影を照らし出す。


 シロウは正面からそれを押さえ込んだまま、歯を食いしばった。守るべき背中が、確かに後ろにあると分かっていた。だから離せない。離す気もない。


 夜の空気は、一瞬で戦いの匂いに変わっていた。

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