第九話 闇に堕ちる
第九話 『闇に堕ちる』
コアロンに戻ると、もうずいぶんと遅いはずなのに、電気がついていた。不思議に思いながら扉を開け、「戻りました」と言うと、たばこをふかしたマルクが、僕を見て言った。
「おい、マヒロ! 明日から出れないか?」
「出るって、戦闘にですか?」
「おう、このおっさんが面白いもんを持ってきたんだよ!」
マルクが指さした先には、試験の時にいたロン毛の、丸瀬さんがいた。
「おおお! あなたはスオウさんですね! まさかこのような場所に秘密基地があるとは、わたくし気分が高ぶっております!」
「このおっさん、毎回送られてくるあの脚本の作家らしいぜ」
「えっ、そうなんですか!?」
「ええまあ、僭越ながら。もう解雇されてしまいましたが。」
「解雇されたって、じゃあこれからの脚本はどうなるんですか?」
「おそらくハオウ氏が書かれるかと……しかし、わたくしとしましては、本日の台本を何としても遂行させねば、作家としては死んだも同然。ただの凡人に戻ろうにも心残りです。今宵この地下都市に逃げてまいりましたが、なんと皆さまはあのハオウ氏を打ち倒さんと言いなさる。わたくし、これほどの高揚を感じたのは初めてでございます!」
「つ、つまり?」
「わたくしに、ハオウ氏を倒す脚本を書かせてはいただけないでしょうか!」
彼は目を輝かせてそう懇願した。
マルクは少し困ったようにたばこの煙を吐いた。
「でもなあ、ソウに聞かねえと。俺は面白いと思うがね」
と、突然ソウが何もない場所から現れる。黒いしぶきが飛んだ。
「僕もいいよ。大局には影響しないと思うけど、ミズキさんはその方が楽だと思うから」
じゃ、というとソウはまたどこかへ消えた。
「だ、そうだ」マルクが笑った。
次の日、丸瀬さんは新たな台本を僕たちに渡した。
———『闇に堕ちる女騎士』
僕はまだきちんと覚悟を決められないまま、久しぶりの戦闘(仕事)へと出かけた。
復帰した幹部らしく、前よりも強そうなイメージでジュウベエ=サンの横に立ち、二体の破壊活動を眺めた。そろそろか。
丸瀬さんの脚本は、ユリシアの出撃次第で始まりを変更させる予定だったが、幸いにも一回目である今日からユリシアは復帰していた。
「私は正義の騎士! 君たちの非道は許さない!」
お約束のセリフをハーヴィンが言う。復帰直後だからだろうか、ユリシアの姿勢に覇気がない。どこかよそよそしい印象を受ける。
「グワッハッハ! やれるものならやってみよ!」
ジュウベエ=サンとハーヴィンがぶつかり合う。タイミングを合わせてオニイ=サンたちと左右に分かれて、戦闘の地点に移動していく。久しぶりの感覚だが、体が覚えていた。
「よお、久しぶりだな。」
ハチベイは体をゆらゆらと動かしながら、睨むように僕を見た。
「そうだね。」
「ああ。じゃあ、やるかっ!!」
ろくに言葉も交わさず、ハチベイは切りかかってきた。
飛びかかる彼を、落ち着いて拳を構えて見る。彼の刃を、わずかに半身をずらしてかわす。
「ぐらぁっ!!!」
前方の標的を見失った猛獣は、勢い余って地面を回転し、やがて地面に手をつきなんとか止まった。
「おらぁっ!!!」
再び飛びかかってくる彼を、今度は後ろに引いていた左足で蹴り落とす。
「ぐがっ!?」
落ち着け、落ち着くんだ。
この拳は、この炎は復讐のためのものじゃない。
神様に言われて気づいた。僕の信念になる大事なもの。僕は、家族を喪った。でも、新しく家族みたいな大切な存在ができた。
これは復讐の拳じゃない。人を、みんなを守るための拳なんだ。
コアロンのみんなも、君も!
「ぐぎっ!?」
ハチベイの顎に渾身のアッパーが刺さる。吹き飛んだ彼は地面に突っ伏している。そろそろ今日は頃合いのはずだ。この調子なら、これからも……。
**********
いつも通り、いつも通りでいい。
そう思うほどに光の剣は出力を弱める。
眼前の生物を『怪物』と認識することでしか、力を使えない。こんなんじゃ、あの時のことを思い出すことすらできない。
じりじりと見つめ合うと、改めて二対一の緊張感から、汗がどっと噴き出る。
「はぁ、はぁ……」
久しぶりだからか戦闘が長く感じる。早く終わらせないと、私が先に――
「オマエ、マヨッテル」
「!?」
突然怪物が私を見て話し始める。
かと思うと、三体、四体、五体……どんどんと増え、いつの間にか360度四方八方を囲まれていた。
「なっ……これは、幻影!?」
「コレハ、オマエノマヨイ。ヨワイココロ。」
「「「「「「キレ!!コロセ!!!」」」」」」
怪物たちは一斉に、だけど私が反応していけるぎりぎりのスピードで突っ込んできた。
どうして、どうしてこんなこと……。
「うああああああっ!!!」
無我夢中で切り捨てていく。やがて影は消え、最後の一体だった。
ことさらにゆっくりと私を見ながら歩いてきた怪物は、にやりと笑った。そして、右手を上げ飛びかかってきた。
「……っ!」
わずかに怪物の腕は私より速い。黒い泥のようなしぶきが顔の左半分を黒く塗りつぶし、その間に私の弱弱しい光の剣が怪物の体を切り裂いた。
周りの影はみな消えた。でも、私の顔には黒い何かがいつまでもこびりついたままだった。
「二人は……」
黒い泥のついた左拳を握りしめてから、ハチベイのもとへ向かった。
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頃合いだ、と思ったが、まだ他の地点では戦闘が続いているようだった。
ハチベイは傷ついた体でゆっくりと立ち上がる。赤い剣が途切れ途切れに噴出している。
「もういいだろ。」
僕が告げても、彼は何かを呟きながらマントの下を探る。
「まだだ。まだ、僕には……」
ハチベイは僕を憎むような眼で見て、懐から何かのケースを取り出した。勢いで錠剤のようなものがパラパラとこぼれていく。
何錠かを一気に飲んで、彼は言う。
「僕は、お前より強い! お前に負けるわけがないんだ!」
彼の全身から、赤い炎が噴き出した。顔は蒼白となり、目はうつろな白目をむいている。
「ガッ、ギガガガガ、ぼ、くは……強い!」
ハチベイの全身が一瞬強くこわばり、炎がその動きを止めた。
彼の炎は、彼の想いは真っ黒に燃え上がり、全身から煙のように黒いオーラが立ち上った。
「ハチベイ、お前……」
彼は、すでに怪物になっていた。その目も、体も、黒く染めあがっていた。
「いい気分だぁ……なあ、マヒロ! 強さっていうのは、こういうのを言うんだな!!」
にやりと笑ったかと思うと、彼は吐血した。黒い服も赤黒く染まる。
「まじめに努力してたのがバカみたいだ……さぁ、遊ぼうや!!」
ハチベイが軽く地面を蹴ると、一瞬で距離が詰まる。慌てて両手で防御する。それでも精いっぱいなくらいの重い一撃だ。
「オラオラオラ!!!」
狂気的な笑みを浮かべながら猛攻する彼に打つ手がない。遂に隙を突かれて、僕は地面に強く体を打ち付ける。
「楽しかったぜぇ、じゃあな!」
いつの間にか目前に迫っていたハチベイが言う。
———体が……動かない。
ハチベイが黒い剣を無造作に振り下ろす。
———負けた……僕、死ぬのか?
ハチベイの剣が僕を通り過ぎ、横の地面まで深くえぐる。しかし、僕は無傷だった。わずかに遅れて後方の地面がえぐれる音が聞こえる。
「あ?」
突然、僕とハチベイの間に黒い球が浮遊したかと思うと、徐々に膨張していく。
「ちっ!」
ハチベイが危険を察知し、後方に跳躍して逃げる。僕も顔を手で守る。
球が爆発した直後、真っ黒な影が僕を見下ろした。
「そこで、座っていろ。あの怪物は俺が処理する。」
その影が杖を突くと、凛とした鈴の音が響き渡った。
「我が、悪の大総統である。力に呑まれた哀れな若造よ。忌まわしき力から、我が解き放ってやろう。」
総統?の足元から黒い泥があふれ出し地面を覆う。
「へぇ、大総統だなんだか知らねえが、今の俺は最強! 誰であろうと敵じゃあねえ!!!」
ハチベイが黒いオーラを全身から噴き出す。いつの間にか煙ではなく滑らかに流れるようになっている。
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角を曲がるとハチベイの声がした。普段からは考えられないような必死な声で、苦しそうだった。
「ひゃっ!?」
足元に突然黒い泥のような液体が触れ、足を取られる。
立ち上がって見ると、ハチベイが黒い影に立ち向かっていた。
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辺りは黒い泥が流れ、昼だというのに真っ暗だった。
「クックック! 貴様では、本当の我を捉えることすらできまい!」
目前の影が消えたかと思うと、黒い泥の海から数えきれないほどの影が現れた。
「おいおい、もう幻覚が見えやがるぜ」
ハチベイはもう錯乱状態にはないのか、冷や汗をかきながら、注意深く警戒している。
「そこだ!」
後ろから飛びかかる影を切り捨てた。しかし、それはダミーであった。前から、横から、後ろから、四方から押し寄せる無尽蔵の影に、やがてハチベイは対応できなくなっていく。
「ガッ……ハッ」
一瞬の遅れでまるで元から切られていたかのように簡単に、杖の攻撃にまぎれた影の刃で彼の腕が飛ばされる。四肢を断ち切られ、ばらばらの体は中空でそれぞれの位置を漂っている。
あまりにも速い……。
「……すまない」
一瞬、総統でない影がハチベイの後ろに背を合わせるように立っていた。次の瞬間、ハチベイの首から黒い泥、あるいは彼の赤黒い血液が噴き出し、ばらばらになった体が地面に落ちるより早く、彼の体は地面から現れた黒い竜に呑み込まれた。
**********
私は為すすべなく、建物の横で座り込んでハチベイが竜に呑まれる様を見た。
ハチベイが……死んだ。私が、不甲斐ないからだ……私が弱いから……守れなかった。
失意で崩れ落ちた私の左頬から、前方の泥の海に何かが飛び込んだ。
「あ……」
水しぶきから黒い竜が飛び出し、私を呑み込まんと口を開いた。
私も……死ぬのか。
私、最後まで、弱いままだったな。




