↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Over the Loss  作者: 錆井
PR
8/20

第八話 バプテスマ

 八話『バプステマ』


 不思議と、涙は出なかった。まるで、僕の炎が涙を干上がらせて相殺されたかのように。


「「マヒロ! お前元気ないな!」」


「え? ああ……」


「「疲れてるならもういいぞ! シャシャ(チャチャ)は一人(二人)でも遊べるからな!!」」


 コアロンの子たちと接しているときも、どこか不安な気持ちが消えなくて身が入らない。


 しんどいなら行かなくてもいいと言われ、コアロンでぼんやりと戦闘を見学する。だけどなんだか、観戦するだけでも集中できなかった。


 *************


 まただ。またこいつらだけ。


 ハオウが出張った戦闘以来、マヒロは戦場に姿を見せない。メディアじゃあ、ハオウにやられた傷がだの言ってるらしいが、どうにも信用できない。


 僕は今日も、小さな怪物二体に翻弄されている。


 ユリシアもずっと部屋にこもっている。あれから、顔を見ていない。


「先輩は、よくずっとこの仕事を続けられますよね。」


 朝食の時、一緒になったルーヴ先輩に、ふと思いついて聞いてみた。正義がどうのと言っても、実際はくだらない演劇みたいなものだ。


「あ? ま、そのために生きてるようなもんだからな」


「へぇ?」


「なんだ、意外そうな顔して」


「いえ、先輩がそんなにヒーロー(この仕事)が好きだとは思ってなかったので」


 先輩は食事の手を止めると、不満そうに僕を見た。


「別にこの仕事は好きじゃあねぇ。報(・)酬(・)がいいんだよ」


 そう言って、机の上にタブレットケースを置いた。


「なんですか、それ?」


「あれ、見せたことなかったっけ」


 先輩は慣れた手つきでケースを開けると、中から二粒の錠剤を取り出した。


「天使の洗礼(エンジェルバプテスマ)。昔っから使われてる、まぁ、気つけ薬みたいなもんだよ」


「気つけ薬って、なんでそんなもの……?」


「こいつは、俺たちの力を強くするお薬だ。お前、強くなりたいんだろ?」


 先輩は、僕の奥の奥を見透かすように、目を見開いて僕を見た。このところ、いつまでも同じような戦闘に飽き飽きしていたところだ。


「———はい」


 先輩はにやりと笑うと、ケースをもう一つ机上に置いた。


 僕は二錠を手に取り、先輩からもらったケースに入れた。


*************


 遊戯部屋で子供たちの面倒を見ていると、ジュウベエ=サンたちの観戦をしているはずのチャチャとシャシャが入ってきた。


「もう終わったのか?」


 二人は手をぎゅっと握りあっている。


「「ううん、違うの」」


 二人はうつむいたまま言う。


「「今日は怖かったの……」」


「怖い?」


「「悪い奴が、怖かったの」」


 二人と入れ違いに、部屋に入ると、マルクが静かに唸った。


「こりゃあ、あぶねえな」


 黒い何かで縁取られた画面には、鬼のような形相で、オニイ=サンに猛攻するハチベイの姿があった。オニイ=サンは何とか攻撃を受け流している。


「ハチベイ……」


*************


 力が、みなぎってくる。全身からオーラがあふれ出してくるようだ。


 僕は強い。こんなちんけな怪物よりもはるかに!


「うああああああ!!!」


 猛攻、猛攻、猛攻。もっと力を、殺戮を!


 怪物が灰となって消えていくとき、空っぽな感情だけがあった。


 こんなもんかよ。


 戦闘が終わって部屋に帰っても、心の空洞は埋まらないままだった。ベッドに寝て、白い天井を眺めていると、突然視界が歪み始めた。胸が苦しい。息が荒くなって、堪らず胸を抑えた。ベッドから体を乗り出し空気を吐き出した。


「はぁ……はぁ……」


 なんだ、これ。副作用……?


 上等じゃないか。超えてやるさ、力のために。


 僕は強いんだ、誰よりも。


**********


 白い天井を少女騎士は眺める。それがもう数日を溶かしている彼女のルーティンになっていた。


 しばらく戦闘を放棄した。どうしても心の整理がつかなかったから。


 それ(悪を見逃すこと)は私の騎士の矜持に反することだったけど、無視すれば私はもう騎士になんてなれない気がした。


 まだ、決心はつかない。でも、もう一度戦闘に出ようと思った。彼らに確かめるために。


 復帰したいと伝えるために、ハチベイの部屋をノックしようとしたとき、彼の苦しそうな声が聞こえた。驚いて手が止まる。


 しばらく立ち尽くしたままで、音が静かになってから改めてノックする。


「あの、すみません」


 少し間があって、ドアが開いた。


「なんだ?」


 久しぶりに見たハチベイは、とても疲れた表情だった。


「私、戦闘に戻りたいんです。」


 ハチベイは無表情で答えた。


「今、マヒロも前線にいない。お前が無理に行く必要はない。」


 マヒロも……? 彼も何かあったのだろうか。


「でも、行きたいんです。」


 一瞬ハチベイと見つめ合った。彼の眼はとても冷たくて、なんだか怖かった。


「……好きにしたらいいだろ。僕に決める権利はない。」


 そう言って彼は部屋に戻った。


「はい!」


 結局、さっきの苦しそうな声は何だったのだろうか。不審に思いながらも、踏み込んでいい話かとためらった。こんなとき、あの人なら……。


 このところ、閉じこもりきりだった私は、ハチベイたちが戦闘している時間を見計らって、食堂でお茶を飲んでいた。少しでも落ち着けばと思って始めたが、むしろ最近はスイーツがないと落ち着かなくなっている始末だ。


 もやもやした気持ちを忘れようと、食堂に向かう。


「なんだろ……?」


 エレベーターから降りると、廊下の少し先にある給湯室から、吐くような声が漏れ聞こえてきた。能面顔の社員たちからは疲れを感じることもなく、一体誰が……と興味半分心配半分で見に行ってみる。脳裏にかすかにハチベイの声がよぎった。心を奮わせて一歩踏み出してみる。


「あの、大丈夫ですか」


 給湯室で流し台に顔を突っ込んでいたのは、一度どこかで――そうだ。前にハチベイと食堂にいた人。


「あぁ?」


 彼は機嫌悪そうに私をにらんだ。無礼な態度と裏腹にその肌はきれいで、目はどこかハー様に似て――そんなわけないか。


「お前……ちっ。何でもねえよ。どっか行ってろ」


「あの、苦しいなら何か」


「へいへい、天下の女騎士様は、俺みたいな落ちぶれにも手を差し伸べてくれるってかぁ?」


 彼はにやにやと笑いながら私に近づいてきて、横を通り過ぎるときに顔を突き出して、私の耳にささやいた。


「反吐が出るぜ」


 私は彼が歩いていく足音を、しばらくそのまま立ち尽くして聞いていた。彼の声が、何度も頭の中を回った。


 ――彼の声。身長、体格、髪質、何もかも。全く知らない人のようで、私のとてもよく知っている……ううん、ずっと追い続けてきた人によく似ていた。


 でも、信じられない。信じたくない。


 今のが、ハー様? 私の信じた正義の騎士だなんて———。


**********


 多くの書類が整頓されて置かれた広い部屋。ハオウの事務室である。ちびちびと入ってきた丸瀬は、「今日の分の台本ですぅ」というと、一歩後ろに下がった。


 ハオウはじっくりとそれを読むと、おもむろに口を開いた。


「なんだい、この台本は」


 台本には、達筆で『闇(・)に(・)堕(・)ち(・)る(・)女(・)騎(・)士(・)』と書かれている。


「ヒ、ヒイイイイイ! 何か気に障りましたでしょうか!」


「正義の負けるような台本は必要ない、と言わなかったかな?」


「し、しかし、ユリシア様には休息も必要かと」


「必要ない。と言っているんだ。」


「し、しかしぃ」


「もういい。キミには失望したよ。それにもうすぐ終焉のころだと思っていたところだ。ちょうどいい。キミは今日で解雇だ。」


「そ、そんなぁ!」


「それとも、今ここで消えたいかい?」


「ヒ、ヒイイエエエエエエ!!!」


 丸瀬は尻に火が付いたように退室した。


「ふむ……頃合い、だな。」


 ハオウは一人、意味深長ににやりと笑った。


**********


 夜、地上では見えない星空の下、公園から活気の絶えない町並みを眺めていた。


 ……また、強くならないといけない理由が増えた。


 ハチベイに負けないくらい、強くならないと。


 だけど右手からほんのわずかにしか散らない火の粉を見て、また不安になる。


『天啓である!』


 突然の大声に桟から飛び退く。しかし、あたりに声は響いていないらしい。


『我はオメイロスである。貴殿の持つ力を介して、心に話しかけている。』


「オメイロス……って、正義の神の?」


『然り。』


「なら、なんで僕(悪)に?」


『我もまた、ハオウに苦しめられている故だ。貴殿には、その力を取り戻してもらわねばならない。』


「でも、僕はもう……」


『喪失を気に病むな。貴殿に力の扱い方を教えよう。強くなるとは、己を理解することである。』


「そうじゃ、我も不本意ながら力を貸そう」


 突然メフィメイルスが僕の周りを浮遊しながらそう言った。


「お前! って、もしかして」


「なんじゃ、我が女神であるとまだ信じておらんかったのか」


『我も不本意ながら、汝と共同しよう。それが最善である故、致し方あるまい』


 そうして二神は話し出した。


『貴殿たちの力は、この大地にあふれる魔力を源にしている。我らはその魔力を、貴殿たちが使えるようにする触媒であるのだ。』


「我は喪失感を、そこの駄男神は充実感を能力に変換するのじゃ。すなわち」


「僕がその気持ちを取り戻せばいい……ってことか」


『だが、そう簡単な話ではない。我は『有形』の力を、そこの駄女神は『無形』の力を目覚めさせる。然れば、我ら双方から力を得れば貴殿はより強くなれる。』


「じゃが、それだけ貴様の心は歪に、そして脆くなる。力を保つためにはそれだけの覚悟が必要じゃ。貴様にその覚悟はあるか? 信念はあるか?」


 僕の、信念……。


「僕はずっと、母さんと兄さんの仇を取るためにヒーローを目指してた。それが僕の唯一の信念だった。……でも」


 ハオウの言葉がフラッシュバックする。母は、僕たちを殺そうとしていた。自分のために。


「信念を持つことが重要なのではない。貴様が、信念であると思い込むことができればよいのだ。」


「どういうことだ?」


『力を扱う上で最も重要なことだ。向上心を持て。そして自尊心を。それらは貴殿を導く光となり、新たな道を切り開く。』


「後は貴様の心次第じゃ」


 そう言ってメフィメイルスは飛び去ってしまった。


『ふむ。我からももう言うべきことは無い。精進せよ。貴殿の更なる発展を願う』


 それっきり声は聞こえなくなった。


 一人きりになった僕は、ゆっくりとコアロンに戻った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。