第七話 それぞれの疑問
七話『それぞれの疑問』
だんだんと騎士としての生活にも慣れてきた。この頃は、ハチベイよりも早く起きる時もある。
いつもより早く目が覚めて、いつもより早い朝食に向かう。ここではすることがない。最初はハー様との出撃のこととか、この前の決め台詞は上手く言えてたかなとか考えていたら一日が終わっていたけど、段々と日の長さを感じるようになった。木刀でしていた素振りも、ハチベイに音がうるさいと言われてからしてないし。職員さんはみんな顔が怖くて、なんだか話しかけづらい。
ぼーっとしながら朝食のプレートを載せて、いつもの席に向かうと、癖のある長い髪の人が机に突っ伏して倒れていた。
「あの……丸瀬さん?」
「ヒイェッ!?」
私が声をかけると、彼は驚いたように体を震わせ、頓狂な声を上げた。丸メガネがずれている。
「あ、ああ……ユリシアさんでしたか。すみません、徹夜明けなもので……」
「お仕事、長いんですか?」
味気ないサラダを食べながら聞いた。彼のコーヒーはすっかり冷めているようだ。
「ヒッ、い、いえ……少々マンネリ気味でして……いえそのほうがヒーロー物としては良いのでしょうが」
丸瀬さんは目をキョロキョロと回して挙動不審だ。
「マンネリ……ですか? そういえば、私も最近、少し退屈だとは思っていましたけれど」
「ヒイィ、それは良くない。演者の体調は何よりも大事ですから。身に余る重役とはいえ、わたくしも張り切って台本をお書きしましょう」
丸瀬さんは、そういうとコーヒーを飲み干し、立ち上がった。細身は到底栄養が足りているとは思えない。
「ありがとうございます。おかげで少し、インスピレーションが刺激されました。それと、どうかわたくしのことはあまり気になさらず、毎日をお過ごしください。それが脚本家としてのわたくしの本懐でございます」
作家は不思議な生き物だなあと、ぼんやり聞き流して丸瀬さんが食堂から出てくのを見送った。
退屈、か。正義の騎士なら、こんなこと思わないのだろうか。
朝食を終えて食堂から出るとき、ハチベイとすれ違った。知らない人……でもどこかで見たことあるような、そんな人と一緒だった。
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ルーヴ先輩が部屋に押しかけてきて、昨日は無理やり一晩二人でパーティーゲームをする羽目になった。なんとかユリシアにばれないよう食堂まで来たものの、危うく入口でばれるところだったと内心安堵した。先輩は他人事のように口笛を吹いた。
「ヒュー、危なかったな、今の。」
「なんで他人事みたいなんですか」
「いや、俺は別にばれてもいいからさ。お前が気にしてるだけだろ? あの子のために」
ユリシアのため? 僕が? ばかばかしい。
「僕は僕のために、面倒ごとを避けたいだけです。」
「へぇ?」
思わせぶりににやついた先輩に何を言うことをもできず、また休日が無為に潰れていった。
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はじめよりも二倍くらい大きく作れるようになった炎の拳でオトウト=クンを吹き飛ばすと、ソウが少し遠くから拍手した。
「いいじゃない、なにかあった? 顔つきが変わってるように見えるなぁ」
「いえ……ただ少し、吹っ切れただけです。」
僕が笑っていると、ソウの足元でリョウが駄々をこねた。
「おい、俺にも戦わせろ!」
「はいはい、ニンジン食べたらね」
「ううう、うるせええええ! すぐにぼこぼこにしてやるからな!」
ソウに頭を撫でられると、リョウは走り去って、扉から出ていく寸前、こちらにあっかんべーをした。
この調子なら、きっとハオウに届く日が来る。
僕は右手から漏れ出る火の粉を見て、ふとそう思った。今すぐじゃなくていい。この意志があれば、きっと正義を砕けるはずだ。
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「出たな! 悪の化身! この正義の剣の前に果てよっ!」
いつも通りのセリフ、台本通りの展開。
少しでも気を抜いたらやられてしまいそうな緊張感。これが夢のようと言わずしてなんと言うのか。
……でも、どこかで。違和感を覚えてる。ハー様と一緒に戦えて、悪を一刀両断にして、ずっと夢見ていた通りのはずなのに。
つばぜり合いを力で押し切り、二体の怪物を壁に弾き飛ばした。粉塵が舞って、私はとどめを刺しに跳びあがり、上段に構えた剣を――。
「っ!?」
振り下ろせなかった。躊躇した。うろたえて、動揺して、頭が真っ白になった。
だって、明らかにこいつは仲間を――庇っている!
弱者を守るのが正義の務め。悪を打ち倒すのが正義の務め。だとしたら、今ここで、仲間を守っている怪物は、仲間に守られている怪物は、庇護する対象でなくて何だというのか。
振りかぶったまま止まった私を、怪物が驚いたようにちらりと見て、かすかにその口を動かした。
なぜだろう。その言葉は脚本にないのに、痛いくらいに理解できた。
――殺せ。
「うわあああああああ!!!!!」
手の震えを抑えるために、無我夢中で振り下ろした。身にしみついた動きで剣をしまう。彼らは一瞬ののちに灰燼に帰した。
一度深呼吸をしてから合流場所へ向かった。
「ユリシア? ユリシア!」
「は、はい! 何でしょうか、ルーヴ先輩!」
「いや、ずいぶんとぼんやりしているものだから……何かあったのかい?」
「い、いえ、何も。」
「そうかい? それならいいが。」
仕事終わりに作戦室から帰るとき、ハー様に声をかけられた。やっぱり、気にしたままだ。彼らは悪のはずなのに。私は正義のはずなのに、握りしめた拳には導きの光はない。
「おい、何やってんだ」
個室に戻るとき、エレベーターが開かなくてハチベイに怒られる。視線を落とした手のひらには、濃い影が落ちている。
「どけ、代わるから」
「ご、ごめん、なさい」
「疲れてんだろ。あんま気にすんな。」
そう言って部屋に戻る彼に置いて行かれ、廊下でポツンと立ち尽くした。
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「おや、二人かね?」
ルーヴ先輩と二人で準備をしていると、ハオウから問われる。ユリシアの阿呆は、朝から起きてこないと思っていたら、集合前になって、行けないと扉越しに言われた。
「ユリシアは、体調を崩したそうです。」
「そうか、まあそういうこともあるだろう。ならば、ワタシが出るとするか。」
あのバカが体調不良というのが少し気にかかるが、それよりも初めてのハオウの戦いを生で見られることに、少し期待した。
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今日は、いつもよりも空気が重い気がした。事実それは気のせいではなくて、どちらが悪かわからないような風に空中から流星のように現れた彼は、相も変わらずとんでもない威圧感を放っていた。
「ずいぶんと、ワタシの街で暴れてくれたようだな。だが、キミたちの悪行もここまでだ。」
「ハハハ=ハ! 止められるものなら止めてみるといい!!」
ジュウベエ=サンが威圧感たっぷりに言った。
と、オニイ=サンが小声で伝達した。
「ソウさんから連絡です。ハチベイとは我々が戦います。マヒロさんは、ハオウと」
突然の好機。これは貴重な第一歩だ。僕がこの世界の最強とどれくらい渡り合えるかを知るための。
「はい! 全力を尽くします!!」
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先輩とハオウが逃げ出した敵を追い、僕は街を背に全力で戦う。知らない相手、知らない動き。二対一、逆境。望むところだ。
「はあっ!」
こんなやつら、たいしたことない。所詮は添え物。手早くあしらって、ハオウの――マヒロのところへ!
この攻撃で、終わらせる!
確実に入る、そう確信した攻撃は、しかし怪物に弾かれた。ガラ空きになった胴体に蹴りを入れられ、建物に強く体を打った。脚本には少し早い決着は許されていないらしい。
「く……っそが!」
再び一進一退の構成になる。なんだこいつら。俺の動きに合わせてやがるのか?
「なめるなぁっ!」
破れかぶれの攻撃は、弾かれる……と思ったが、突然怪物は抵抗をやめて、切り捨てられたその体は灰燼に帰した。
「くそ……くそっ!!」
体から赤いオーラが煙のように立ち上って消えていった。情けない、悔しい、でも、どうしようもない怒りが込み上げる。こだわりも意志も必要ない、これは仕事なのだと言われているようで、腹が立って仕方なかった。
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「ねえ、これどう思う?」
「どう、とは?」
マンションの屋上から、ハオウとマヒロの戦いを眺める二人。屋上のへりに仁王立ちし、見下げるように戦闘を見るコオリに、ソウは言う。
「何か仕掛けてくるかな」
「そうなれば、私が止めるまで。脚本以上のことはさせないさ。」
屋上から興味なさそうに薄目で観察しながらソウは言った。
「何もないといいけど。」
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強い……一撃一撃が、まともに受けられないほど強い。反対に僕からの一撃は、全然通っていないようだ。ハオウの顔に張り付けられた笑顔をはがせない。
「まだまだ!」
全身に集中して、手足に炎の装甲をまとう。
感覚がどんどん軽くなる。しかし、どれだけ連撃を積んでも、ダメージが入っているように感じない。
「ふむ。趣向を変えようか。」
僕が少し距離を取った時、ハオウはそう言った。
「少し楽にしたまえ。ワタシもそうする……話をしよう。」
僕が怪しんでいると、
「大丈夫、不意打ちなどはしない。ワタシは正義のヒーローだからね。」
僕が装甲を元に戻すと、ハオウは幾分も勢いを落として組手のような形で再戦を始めながら、話し始めた。
「ふと気が向いてね、キミのことを調べていたんだ。どこかで見たような気がしてね。」
「何が言いたい?」
「思い出したんだ。キミが戦闘で家族を喪った遺児だということをね。」
他人事のような言い方に、腹が立つ。
「お前が……お前が殺したんだろ!」
渾身の怒りを込めた拳も簡単に受け止められる。脚本だから、ではない。彼にとってこの拳も児戯に過ぎないのだ。
「とんでもない。あれは仕事だよ。悪を悪たらしめるためのね。」
ハオウの言葉に衝撃がはしり、思わず距離を取る。
「キミの母親が応募したことだろうに。まぁ、依頼通りの成果でなかったのはすまないと思っているがね。いや、キミにとっては、おかげで助かったというわけか」
何を、言ってるんだ……?
母さんが? 兄さんを……僕を殺そうとしたって?
次々と光景がフラッシュバックする。目の前で兄さんが死んだあの日。一瞬で母がいなくなったあの日。たくさんのお金が入ったアタッシュケースを持ってやってきたハオウ。
全部、全部、母さんが仕組んでたって?
足から力が抜ける。両手から舞った火の粉は、何度か弾けて消えていった。
「なんだ、知らなかったのかい? そうか、それはそれは。どんな気持ちだ? 信じていたものを失う気持ちは」
ハオウが徐々に近づいてくる。自信に満ちた笑みが何倍にも大きく膨れていくようだ。
立たなきゃ、立たなきゃ殺される。手が、動かない。力が消えてしまった?
「楽になりたいかい? 叶えてあげよう。感謝したまえ!」
握りしめられたハオウの拳はこれまでよりもはるかに大きくなり、彼はこちらにとびかかってきた。
――瞬間、僕とハオウの間に黒い雫が一滴垂れたかと思うと、着物の人物、調評院コオリが現れ、僕たちの周りに白い霧が立ち込めた。
彼はわずかにハオウに目を向けると、二本の指を立て印を結ぶと、その手でハオウの拳を真っ向から受けた。
わずかに拮抗した後、ハオウの拳は弾け、元の大きさに戻った。ハオウは反動で後方に跳躍し、何事もなかったように話し出した。
「何の真似だ、コオリ」
「ハオウ、今こいつを殺そうとしただろう。」
「それがどうした? 悪を滅ぼすのが正義だ。まさか、中立のはずのキミが、悪に肩入れするつもりかい?」
「私は、脚本に従えと言っているんだ。できないなら、わかるか?」
ハオウはきまりが悪そうに、顔をそらすとお手上げだというように両手を上げ、踵を返した。
コオリが僕のほうを向くと、ゆっくりと霧が晴れていき、僕は黒い泥に落ちた。




