第四話 調評院
四話『調評院』
ボクは、天使だ。
「うわーーーーーん」
羽も生えている。輪っかだって付いているんだ。天使じゃないわけがない。
「大丈夫? ほら、痛いの痛いの飛んでいけ~! ……ほら、痛くない」
「わぁっ! お姉ちゃん、ありがと!」
……それに、かわいいし。
「セッちゃん、おいしい野菜食べてきな~」
「本田さん、ありがと~!」
ここの人たちはみんな優しい。不自由で窮屈な地上都市のことを忘れてしまいたいとき、ボクはいつもこの地下都市に来る。同級生も、社会に溶け込む大人たちも知らない、地下の街。父は、誰にも口外しないことを条件に、この家出に目を瞑ってくれている。
「セッちゃん、うちのマンゴーも食べていきな~。お肌つるつるになるわよ~」
「わーい、鈴木さんありがと~!」
ボクは、誰にも縛られていない。自由なんだ。この羽でどこへでも飛び立てる。
お茶屋の女主人である山田さんのお仕事を手伝っていると、彼女は突然切り出した。
「セチはん、あっちではどないして過ごしてはるのん?」
「あっちって、地上都市のことですか?」
「そやねぇ、こ~んな健気でええ子やし、どないしてはんのか気になるやろ?」
「あんまりおもしろいこともないですよ? 地下都市の人のほうがやさしいですし」
「そう言うたかて、セチはんも年ごろやろ? なんかええ話でもないのん?」
「ないですって。それに、そういうの、父さんがうるさいので」
「へぇ~。それってコオリはんのことやろ。うち知り合いやねん。そら、あんな怖い人が睨んではったら恋もままならへんやろなぁ」
「あはは……そうですね」
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地上都市にそびえる巨大建造物、スカイウガツビル。その近くにひっそりと立てられた木製の館が調評院の社屋だ。
「わかった。目を通しておこう。ああ。そちらの件も既に。」
『調評院』——神の血、裁定者の一族である最高院長コオリを中心に、司法、行政を担当する国家機関だ。国家公務員ということもあり、就職口としても人気である。神の能力を限定的に使用した復興や改修作業は迅速で、民衆からの信頼も厚い。ヒーローに憧れながらも、その素質に恵まれなかった人々にとっても、その傍で働くことのできる職業として、毎年多くの受験者が殺到する。
側近の白装束がコオリに耳打ちする。
「バンショウが? 構わないが、ハオウにも一度話を通しておいてくれ。……ああ。キミからで構わない。」
都市圏とは対照に、うっそうとした森林が広がった地域。地上都市の東側を覆う境界線の向こうが、リーンステイ自然保護区である。様々な生物が多様性を保ちながら、緩やかに管理されている。
野原。一人の男性が大きなクマと向かい合っていた。万象=グレート=王美。調評院コオリの兄であり、この自然保護区の施設長である。
「グレーーートォォ!! よぉし今日も相撲すんぞ!」
「グラァァァァァ!!!」クマも吠える。
そしてクマと組み合った彼は、しばらくの膠着の後、クマを投げ飛ばした。その体躯にはこれまでの豪快奔放な生き方を示すように生々しい傷跡がいくつも残っている。しかし、その一つ一つが彼の悠然とした余裕感を裏打ちしているように、野生動物に引けを取らない筋肉は生命を謳歌している。
「グレーーート!!」
地面に転がっていく猛獣に吠えた王美の前に、白装束が現れる。
「お?」
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地上都市でのヒーロー研修六日目。
さすがにユリシアの寝坊にも慣れてきた。だから今日は置いてきた。
調評院のチップで連れてこられたその場所で、だだっ広い自然を背にして、その男は立っていた。
「おう! なんだ、一人か?」
「いえ。もう一人、寝坊です」
「はっは! そりゃあいい、よく眠るのは元気の証ってな!」
遅刻を気に留めていないのか、その男が豪快に笑ったところで、白装束に連れられてユリシアがワープしてきた。
「す、すみません。遅れました!」
「おう、気にすんな! 今始まったとこだ」
この五日間、ルーヴ先輩の戦闘を見てはレポートを書く生活だった。かと思えば今日は、自然保護区で特訓だという。これがヒーローの研修なのか?
それに、この男バンショウは、神の一族と言われるオーミのくせに無能力者だとか。何をやらせようって言うんだ……。
「それじゃあ、今日からのお前らの日程を言うぞ! 三日間、俺の組手の相手になれ!」
「え!?」
「なっ!?」
ユリシアが驚き、俺も訝しんだ。いくら体を鍛えていようと、能力者が力を使えば人の体なんて脆いものだ。
「ハオウに言って、実戦訓練のトレーナーをさせてもらうことになった。一応言うが、容赦はできん。最近暴れたりなくてな」
「でも能力は……」
ユリシアが彼を気にして言うと、
「おう! 使ったらぶっ飛ばす!! だからぶっ飛ばされねえように使え!」
「そんな無茶な……」
「ようし、つべこべ言わずにかかってきやがれ!!!」
それから、僕らの地獄のような三日間が始まった。
オーラを剣状にすると、振りかぶる間もなく彼は「危ねえだろうが!」と腹を蹴り飛ばしてきた。もちろんユリシアにも遠慮なく。無能力者にもかかわらず、彼の身体能力はけた違いで、木々を飛び移り、岩を砕いた。
一日目が終わって、僕もユリシアもボロボロになった。ユリシアが飯のにおいを嗅ぎつけて「ご飯だ!」と小屋のほうへ跳ねていったあと、オーミは僕に告げた。
「お前さん、手加減とか苦手だろ。」
僕が痛みに動けずにいると、彼は豪快に笑う。
「俺のほうが強いって思ったとき、にわかに弱くなりやがる。自尊心で生きてんのが丸わかりだ……んなら、もっと全力で来いや。全力でつぶしに来い。」
そう言って、何事もなかったように陽気に小屋へ戻っていった。
二日目。
体の痛みはだいぶましになったが、彼の言うことがいまだにわからない。手加減なら彼もしている。動きを読みつくしたうえで、まるで危うかったように攻撃を捌いてくる。くそっ!
ふと、ルーヴ先輩の姿が脳裏によぎった。鎧……あんな風に能力が使えたら。
右手から漏れ出る光を右手全体に流れるように意識する。光はゆっくりと右手に巻き付いた。
「っらあ!!!」僕が思いのまま殴りに行くと、
「うおっ!あぶねえ!!」
オーミはにやりと笑って僕の脇腹を蹴り飛ばしてから吠える。
「いいじゃねえか、もっと攻めてこいや!!」
ユリシアは「なんですかそれ!どうやっているんです!?」と座り込んだままはしゃいだ。
そうして、三日経った。
やっぱりぼろぼろで倒れこんで僕たちは言う。右手からオーラが漏れ出ていく。
「「勝てなかった……」」
「なんだ、勝とうと思ってたのか?はっは、大人になってから出直せい!」
すぐそばに座り込んでオーミは騒々しく笑った。




