第三話 オングラ
三話『オングラ』
研修の期間は含め、ヒーローには自由がないらしい。寝泊りも飲食も、なるべくビルからは出るなとのことらしい。ハチベイは高層の窓から街を見下ろした。
「ペット扱いかよ」
思わず愚痴をこぼす。正義のヒーローの本拠地だなんだと言って、一般企業のオフィスと変わらないような景色ばかりだ。寝泊り用の個室として与えられた八階も、いわばホテルのようなもので、自分がヒーローに就職したという感覚がない。
ため息をつきながら、朝食のために社員と共用の食堂に入った。活気がない。皆会社に泊まった後だろうか、同僚と話す目に覇気がない。
と、突然後ろから肩を組まれる。
「よぉ、後輩。んなとこでだれてんなよ。飯がまずくなる」
「ハー……ルーヴ先輩。」
「どした。一日目だろ。ここの飯、味濃くてうめぇぜ?」
無邪気に聞く彼は街角のテレビで見る姿にも、うわさで聞くような美しい姿にも似ない、ルーヴ=ハーヴィン先輩だった。
「なんか、思ってたのと違いますね、先輩」
横に並んでトレイに料理の乗った皿を取る。さながらホテルバイキングだ。
「あ? あ~~、なに、俺のファンだった?そりゃあまずったな」
彼は悪びれるように頭をかきながら、下卑た笑みを浮かべた。
「僕は別に。でも、ユリシアは、先輩にあこがれてるみたいですけどね」
何言ってんだ、僕は。あいつの話なんて、するだけ無駄だろう。
「そうか、そりゃあ気を付けねえとな」
彼はガハハと笑った。彼の盛った皿には、不健康そうな茶色い料理ばかりが乗っていた。対照に薄い色のサラダばかりの朝食を食べる。味気が無いのはドレッシングをかけ忘れたからだろう。先輩の前で席を立つのも忍びなく、無味な食事を続ける。
何で僕はこんなとこにいるんだ。
「あれ……」
「なんだ。どした?」
「先輩、サプリメントですか?」
先輩の机には、栄養補助だろうか、タブレット状の白い薬が置いてあった。表面には天使のようなデザインが施されている。白い錠剤は不健康そうな他の料理の中で映えて見える。
「ああ、今日は仕事があるしな。一個いるか?」
「……いいです。研修中なんで」
「へいへい。」
彼は一瞬不満そうな顔をして、また朝食に戻った。くちゃくちゃとうるさい彼の咀嚼音に、これも社会経験だと思って耐えながら時間を過ごした。
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「おい!起きろ! ったく、だりぃ……」
十時になって、まだ起きてこないユリシアをわざわざ起こすために八階に戻ってきた。集合は三十分後だっていうのに……。
「開けるぞ!」
ヒーローの居室階である八階の扉には鍵がない。代わりに、エレベーターでこの階に降りるためには、能力を使う必要がある。能力を使うだけなら、他の職員や戦闘の補助をする社員でも可能だが、八階で降りるには相応の能力放出量が求められていた。
部屋に入ると、自分の部屋と同様に突き当たりに一部屋と、ユニットバスがあるだけの簡素な部屋だった。当然か、違ったら交換させるところだ。
ベッド脇のテーブルには、メモ用紙に十時半と大きく書かれ、その上何重にも丸がされていた。じゃあ起きろよ。思わず舌打ちしながら、呑気に眠ったままの少女を見る。
「というか、どう起こせばいいんだ?」
僕が入ってきてもなお、ユリシアはすやすやと眠っていた。その寝顔を見ていると、ぼんやりとある思いが沸き上がる。右手に思いを集中させると、オーラが剣状に伸びる。ぼんやりとその手を振り上げる。上げた手を下ろそうとして、ふと我に返り、オーラはたちまち消えていった。
「何やってんだ、僕は」
代わりにテーブルに置かれていたコップ半分ほどの水を、ユリシアの顔にかけた。
「ぷわはっ!?」
「おい、時間だ。起きろ」
「え? え? ちょっと、なんで!? って、もうこんな時間!? それより、勝手に部屋に入らないでくださいっ!! き、着替えるから出て行ってください!!!」
寝起きから元気そうなユリシアに背中を押されながら退室する。はぁ……なんでこんな奴が同期なんだ……。
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研修一日目。
ハオウのもとに向かうと、彼は待ちかねていたように振り向いた。
彼の左右には、紙の資料で見慣れた白い装束を着た、調評院の構成員が六人立っていた。国家の犬め。
「よく来てくれた。少し遅い気もするがね」
「ハ、ハチベイが悪いんです!」
「あ? お前が起きなかったからだろうが!」
「ハハハ、元気そうで結構。我々の未来は安泰そうだ。それでは、行こうか。」
「行くって、どこにですか?」ユリシアが聞くと、
「観戦に、だよ。」とハオウは笑う。
僕たちの後ろに二人ずつ白装束が付いたかと思うと、次の瞬間、僕たちはどこかの建物の屋上に立っていた。
「!?」
二人の白装束のうち一人が離れ、もう一人は依然そのまま僕の後ろにいた。
「今のは……?」
「業務の補佐をさせていただきます、我々調評院の能力です。人工のチップを用いて、疑似的な能力を使っています」
僕の後ろの白装束がそっと耳打ちして補足する。
「先ほどの者は『ポータル』。定点同士での瞬間移動です。私は『ハイド』。姿を消し他人から視認されないようにする能力です。チップによる限定使用なので一時間が限度ですが。」
「へぇ」
立ってるだけのただの無能じゃないってことか。研修とはいえ、自分以外の力を借りないと戦闘の見学すらもできない不自由さに嫌気がさす。
「もう始まっているようだ。私は野暮用があるから先に帰るが、しっかりと学ぶと良い。」
そういうと、ハオウは消えていった。また『ポータル』か。
「あっ! ハー様だ!」突然ユリシアが黄色い歓声を上げる。
閑静な住宅地で二体の怪物とルーヴが戦っている。一体は余裕そうに腕組みをして後ろから眺めている。あれが、敵……。これまではヒーローに気を取られてまじまじと見たことは無かったが、こうして見ると随分と不思議な見た目だ。人型で異形の装飾。あれも商業というのなら、どうやってこの怪物は生み出されているのだろう。……そんなこと僕たちが考える必要は無いか。
「ははははははははっ!」
ルーヴは笑顔を絶やさず身軽に相手の攻撃をかわし、右手から延びる青い剣で猛攻する。その体は青い鎧に包まれていた。あんな能力の使い方があるのか……改めて見ると少し参考にはなるが、朝食を食べた時とはまるで印象の違う彼に少し不信感さえ抱く。
「ハー様~!!」
一般人のようにはしゃぐユリシアに、僕の横の白装束も苦笑いしているのがかすかに見て取れた。
「あまりはしゃぐな、研修中だぞ」僕がいさめようとすると、
「でも、こんなに近くで見られることもないですから!」と相変わらず呑気だ。
声が聞こえたのかあるいは偶然か、ルーヴがこちらをちらりと見て笑った気がした。
「あ! 今こっち見ました!」
「はぁ……」
僕は思わずため息をついた。僕はこんな奴と一緒に戦うためにヒーローに志願したわけじゃないんだが…… これならマヒロと名乗っていたあいつの方がずっといい。悪だかなんだか知らないが、元気にしているのだろうか。
同じ時、地下都市の孤児院で、マヒロも戦闘を見ていた。眼前には黒い泥のような線が空中で四角を描き、その内部にはるか遠い地上都市の様子が映し出されている。
「「オニイ=サン! がんばえ~!!」」
「うわあ、二人して僕を叩くなよ!」
コアロンの子供にたたかれながら、僕は研修の一環ということで戦闘の様子を見ている。どういう技術なのか、ここに落とされた時と似た黒い泥の四角の中には、正義の騎士、ルーヴ=ハーヴィンが映っている。これまで正義にやられる悪のことをあまり気に留めていなかったのだが、どうやら彼らは地下都市の人の能力で作られているらしい。勝つはずの無い悪を無邪気に応援する子供たちに僕はもみくちゃにされる。
「「二人じゃないもん!」」
どんなメカニズムかはわからないが、この二人の子供、シャシャとチャチャは体を溶け合わせる能力があるようだ。とはいえ、まだどちらがどちらなのかという区別すらもつかず、融合されては余計にわからなくなってしまう。マルクさんに聞いても、俺もわからんと言われてしまった。
それにしても、ルーヴ=ハーヴィン…… さすがに長年前線で戦っているだけあって強い。それに、彼を見ているとなんとなく、『商業』としてのヒーローの姿がわかってくる。戦って勝つこと以上に、人々を安心させるように、いつも笑顔で不安を感じさせない。
と考えているうちに、ルーヴが周りの市民たちに手を振っている。戦いが終わったようだ。
「「あ~、またジュウベエ=サンまた負けちゃったの……」」
悲しさからかまた二人に戻っている。ジュウベエ=サンというのは、悪側の怪物の名前らしい。変な名前だと思いつつ、そう呼んでいるのはきっとここの人だけなのだろうと思い、口にはしない。
「まぁ、そういう筋書きだからのぉ……」
グロテスクな珍味のような見た目の爬虫類が僕の横でそう言ったので、
「ほら、シャシャもチャチャも、おやつにしよう。ミズキさんが待ってたから……ってなんだこいつ!!!!!」
な、なんか変な爬虫類の怪物がいるっ! こいつが戦いに行くべきなんじゃないのか!
「なんじゃあ、うるさいのぉ……ってだれじゃお前!!!」
「あらあらどうしたの。めっちゃんも、マヒロちゃんも」
「ミズキさん! なんか、変な爬虫類が!」
「変なとはなんじゃ! わらわはKAMIじゃぞ!」
「え? GOMIじゃなくて?」
「ええい、なめくさりおって! あいつが好きになりそうなうざったい性格じゃのお!」
僕と異生物が喧嘩していると、ミズキさんが止めに入る。あらあらと困った様子は、まさに孤児院の母だ。
「もう、二人ともめっ! めっちゃん、この子は新人さんなんだから、年長さんがしっかりしないとだめじゃない!」
「なんじゃあ。だいたいお前も、わらわを子供扱いしおって!」
「あら、ここの子はみ~んな私の子供よ? まさか……違うの?」
ミズキさんがすがるように僕を見る。怖い。膠着した空気を破るように扉が開いて、僕は窮地を脱する。
「うぃ~。って何だ。もう中継終わっちまったのかよ。あれ、メフィじゃねぇか。久しぶりだな」
「メフィ?」
僕が聞くと、マルクはすこしめんどくさそうに説明してくれた。
「あ~こいつはメフィメイルス。まぁ、みんな略してメフィとかめっちゃんとか言ってるけどな。なんかよくわかんねぇ生き物だよ。」
「じゃから、わらわは女神じゃと!」
「女神がそんな気持ちわりぃ見た目してないだろ」
「それは男神も言えんじゃろ!これは世を忍ぶ仮の姿……ほれ、これが本来の姿じゃ! くはは、参ったろう!」
メフィ? は女性の彫像のような姿になって、誘惑するみたいにポーズをとった、つもりなのかもしれないが腕や足、さらには肝心の胸と腰すら位置がちぐはぐで見るに堪えない。
「な、なんじゃその顔は!」
「……とりあえずおやつにしましょうか」
「そうね。みんなおいで~」
「「おやつなの!」」
子供たちも退室し、メフィだけが残された。
「なんでじゃあああああああ!!」
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「ハ、ハオウ氏……本日の台本でございますぅぅぅ」
スカイウガツビルの中心部。正義陣営のごく限られた者にしか立ち入りの許されない神域。男神、オメイルスを祭る祭壇に、ハオウは向いていた。入口の丸瀬を振り返らずに言う。
「ああ、いつも通りの場所に。今日は退勤してくれて構わない。」
「はいぃぃぃぃぃぃぃ」
丸瀬がバタンと扉を閉めた後、ハオウは祭壇に坐する巨大な顔、オメイルスに話し始めた。
「気分はどうかね。」
日常会話のように尋ねるハオウに、オメイルスは苦虫を噛み潰したように答える。
「ああ、君のおかげで何もできやしない。最高の気分だよ。」
「それはよかった。この数年、新たな能力者の質が落ちている気がしてね。」
「それは私のせいではない。最近の人間が、自分の心の扱いに慣れてきているというだけだ。君たちとは真逆の方向にね」
「ふん。退行であるというほかにあるまい。だが、それでいい。それでこそ、民だ。ワタシを崇拝する民の在り方だよ! 彼らが力を失えば失うほど、持つ者と持たざる者の差は広がっていく。人々は悪に恐怖し、正義を礼賛する!」
ハオウは、丸瀬の置いていった脚本を掴み上げると、不敵な笑みを浮かべた。
「この世界は、私の手のひらの上で上演されているに過ぎない。過去も、未来も、すべて私の思うままさ。神に落ち度があったとすれば、それは人間の欲望を侮ったことだ。この欲望はいくらでも大きくなる。この世界は既に、神のものではなく、人の物でもなく、力ある私が支配したのだ!」
「君はそうして世界を救った気でいるが、果たしていつまで続くかな。いつだって、未来をきちんと見ているのは、挑戦者の方だと思うがね」
「ハハ、好きに言うといい。例え私がいなくなったとしても、この力は世界の法となり続ける。正義という絶対的な規範はね」
ハオウは余裕そうに手を上げながら退室していった。




