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Over the Loss  作者: 錆井
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第二話 アングラ

 二話 『アングラ』


「痛っ!」


 落ちた先は幼稚園のような場所。たくさんの子供が女性の紙芝居を観ていた。


「わー!不審者だ!!!」「不審者なの!」

「不審者は追い払え~!」「誰だ誰だ~!?」


「え?」


 子供たちは僕を見ると一斉に僕のほうに駆け出し、遠慮も知らずにのしかかってきた。


「うわあああ! や、やめろ~!」


 顔の上に乗ったり髪の毛を引っ張ってくる子供たちを何とかどかすと、見知らぬ女性がすぐそばまで近づいてきていた。豊満な体系とおっとりとした様子は、どこかこちらの毒餌を抜く。


「あらあら、どなたかしら。マルクさん、ソウさんから何か聞いているかしら?」


「あ~、今日は正義(あっち)だけじゃなくて悪(うち)にも新人が来るって言ってたっけなぁ」


 マルクと呼ばれた男は、別の部屋からけだるそうに出てくるとそう言った。ドラムなんかに使うような細い棒————いや、十字に合わさった外形は、人形の繰り糸を束ねる手板に近い。


「あら、ならこの子も私たちの家族なのね」


「あぁ、まぁそうかね」


 女性はそれを聞くや否や僕を強く抱きしめ、頬ずりした。遠慮のない抱擁に僕は困惑しながらも彼女を引きはがそうとするが、能力を使うわけにもいかず踏ん切りがつかない。


「いらっしゃい」


「ちょっと、あの!」


「あなた、名前は?」


「マヒロ=スオウです! あの、離れて!」


「恥ずかしがらなくったっていいじゃない。あなたも今日からコアロンの家族なんだから。」


「コア……ロン?」


「ま、地上都市(オングラ)の奴なら知らなくても不思議じゃあねえか。」


 マルクは試すように僕を見て、顎髭をさすりながら説明を始めた。


「ここはコアロン孤児院。地下都市(アングラ)の便利屋みたいなとこさ。ソウにはもう会ったんだろう? あいつが作ったんだよ。あんまし居ねぇけどな。それと、一応悪の組織のたまり場みたいになってる」


「悪の組織って……」


「地上(うえ)の人間がやってることだ、俺にはいまいちわかんねぇけどよ。悪なんて言われるのは不本意だが、楽しく暴れてりゃあ、物資がもらえるってんで、まぁいいんじゃねえの?あんた、悪(こっち)サイドの新人だろう? まぁ、死なねぇ程度に気張らず行こうや」


 僕はあっけにとられて言葉も出ない。

 と、マルクさんの少し後ろから、黒い泥のようなものが空中に輪を描いたかと思うと、中からソウが降り立った。


「ソウ! 珍しいな」


「ソウだ!」「ソウ兄ちゃん!」「ソウ、久しぶり!」


「あら、久しぶりじゃない。お茶でも飲む?」


「いや、遠慮しておくよ。ほら、新人さんにお仕事の説明をしないとね?」


 ソウは感情の読み取りずらい微笑を浮かべると、僕を手で示した。


 僕がソウに連れられて入ったのは、おもちゃの散らかった広い部屋だった。子供たちが暴れるのだろうか、壁のあちこちにすすけたような跡や傷の残りが見える。


「あ、その辺踏むと痛いから気を付けてね」


 ソウはすたすたと歩いていき、真ん中の広い空間で振り返った。


「あの、お仕事って?」


「ヒーローのお仕事さ。キミは見たことある?ヒーローが戦っているところ」


「ええ、まあ」


「なら話は早いね。キミには今日から、英雄譚(ヒーロー)の敵役として、悪(ヒール)を演じてもらう。大丈夫、そんなに危険な仕事じゃないから」


 彼は話し慣れた様子で説明したが、僕にはまだ飲み込み切れない。ヒーロー、の仕事? それに悪というのは一体……?


「ちょ、ちょっと待ってください! 悪を演じる……ってどういうことですか?僕は正義のヒーローにっ」


「この世界には、ヒーローなんていないんだよ」


「え?」


 ソウの言葉に僕は耳を疑った。


「ずっと前のことだ。大きな争いが領地を分ける形で終結して、いつも通りの平和な世界に戻るはずだった。でも、元通りとはいかなかった」


 同じころ、スカイウガツビル高層の部屋で、ユリシアとハチベイも、ハオウからこの世界の過去について聞かされていた。


「人は、神の力無しでは生きられなくなっていたのだよ。力を捨てたものは狂い始め、誰かを攻撃しなければいられなくなった。それは悲惨な状況であったと聞いている」


「魔女裁判。能力を持つものを持たざる者の集団の力で滅ぼそうとした。でも、その当時、あまりにも能力者は多すぎた」


「そこに目を付けたのが我らの先代だ。能力を別の方向で発散できるようなビジネスを作ったのだよ」


「それが、ヒーロー……」

マヒロは現実を受け止めるために、反芻するように呟いた。


「今じゃ、能力者の数も、だいぶんと少なくなっているけどね。ところがどうして、ヒーロービジネスを続けないといけないくらいには世界に需要ができてしまっているみたいでね」


 高層ビルの最上階で、ハチベイは自分の手から漏れ出るわずかな赤い光を見た。その光は、今では希少なヒーローの素質と言われるようになった、能力の証だ。


「そういうことだ。今週、君たちは研修の期間となる。ハーヴィンの仕事を見学して、存分に学びたまえ。これは、ビジネス。仕事ではあるが、立派な正義の役割だ。胸を張って務めたまえ」


 正義と悪。ひな鳥たちにとってそれは必ずしも可分なものではなく、しかし同じ枷となって纏わりついた。


「と、ここまでが仕事の説明。納得した?」


「はい……でも、悪って言っても何をすればいいんですか?」

 マヒロは未だ困惑した口調で尋ねる。


「暇ならコアロンの子たちと遊んであげて。戦闘はあっちから送られてくる脚本通りすればいいから、組手みたいなものだし……そうだ、せっかくだしキミの能力を見せて。ちょっと遊ぼうよ」


 ソウはそういうと、形ばかりの応戦体制をとった。気の抜けたように見える彼の態度は、しかしその強さに裏打ちされたものだ。


「わ、わかりました」


 僕は拳に炎の性質を持つオーラをまとわせ、ソウに向かった。オーラをまとった拳は、しかし簡単にソウにさばかれた。自分では会心の一撃に思えても、彼に対しては軽すぎる。


「うーん。やっぱりか」


 僕の拳を捌ききってから、ソウは言った。


「なんですか?」


「ねえ、マヒロ君は、ヒーローって好き?」


「好きじゃなかったら、こんなとこにいませんよ」


「ふふ……嘘(・)だ(・)」


 ソウは笑みを浮かべたまま、しっかりとこちらを見た。初めて見るその目は、ぞっとするほど暗かった。


「キミ。ハオウに恨みがあるでしょ」


「なっ!」


「そういう子、いっぱい見てきたから分かるよ。復讐したいんでしょ?」


「っ……したい、ですよ!!!」

 渾身の拳も、しかし彼には響かない。


「でも無理だ。こんな力じゃ」


「なにが……言いたいんですか」


「協力しよう。悪陣営(ボクたち)と」


「協力……?」

 軽く遊ぶようなソウの蹴りを流して、僕は軽く距離を取った。


「そ、協力。実はボクたちも、ハオウを倒す計画を立てているんだ。」


「それじゃあ……本当に悪じゃないですか」


「あはは、嫌だなあ、僕たちが正義なのに。」


 ソウは本心の見えない笑みを浮かべて、説明を始める。


「キミは地下都市(アングラ)のことを知ってた?ま、知らないだろうね。地上(オングラ)の大人でも、こっちと交流のある職業にでも就かない限り、一生知らないままでもおかしくない。

 この町は戦争が終わった後、女神(メフィメイルス)の信徒たちが、逃げた先で助け合って作り上げたんだ。今も昔も変わらない、みんなの町だよ。地上に別の都市があることは知っているけど、誰も行こうとしないし、あちらからの移民もいるくらいだ。

 じゃあ、なんで地上の人たちはここを知らないのか。それは彼らに、ハオウにとって不都合だからだ。彼の能力は、他人から尊敬され、頼られ、崇められるほど強くなる。だから、みんなが助け合って暮らすボクたちみたいな国家は無いほうがいい。

 彼はいずれこのヒーロー産業に乗っかって悪役(ボクたち)ごとアングラを潰すつもりだ。彼が地上で覇王として君臨するために」


「倒せるんですか」


「……倒すさ」


 ソウはまた薄く目を開いて、暗い瞳で僕を見て言った。


「ボクを信じて」


 彼の眼はどこまでも吸い込まれそうに深くて、僕はいつのまにか彼を信じていた。


「————はい」


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