第一話 ヒーロー
地上の街に夕日が沈むころ。同じように、地下の街を照らす灯篭は、その光を橙に変えた。子供たちは家に帰る時間だ。しかし、彼ら彼女らは家には向かわず、一目散に公園へと向かった。古くからの木造建築が立ち並ぶ大通りを一望できるその公園は、わずかに遊具があるばかりだったが、それは却って幼い子供たちの心を紛らわす催しにはうってつけであった。
今日も始まる。いつも通りに、何度も語られた人形劇の幕が上がる。体のラインが浮き出るような露出度の低い服を着た女性が、どこかはかなげな顔で、ステージに一対の人形を置いた。一体どのような仕組みだろうか。人形は自然と動き始めた。
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――――もうずいぶんと前のこと。大いなる二柱の神が、空より訪れました。太古の人々は、二神を崇め、信仰としてたくさんの供物を捧げたと言います。
二神は対。男神と女神。律神と堕神。その子は中立な人間となり、苦しみ悩む人々を導きました。
しかし、ある時のこと。どちらからともなく、二神は争い始めました。
男神は猛る者を鼓舞し、女神は病める者を支え、両者は長く争いました。神の力を借りた人々は、欲望のままに殺し合い、その戦禍は止むことがありません。
そんなとき、一人の裁定者が現れました。二神の子である、後の調評院の祖となるお方です。彼は、その身に宿る神の血の力をもって、荒ぶる神の力を鎮め、四つの封柱を立て、二神を弱体化しました。そうして、争いは終結したのです。
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それは古くからこの世界に伝わる神話であった。泣き出す子もいる、耳をふさいで聞かないようにする子も。しかし、多くは最後に笑う。なぜなら物語はいつも、最後には平和になるから。
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第一話『ヒーロー』
僕たちが待たされた、やけに広い部屋には、僕の隣に座る少女の貧乏ゆすりの音と、時計の音だけが響いていた。僕まで不安になりそうな貧乏ゆすりの音は、少女の体の震えと二重奏になって勢いを増すようだ。
大都市にそびえ立つ超高層建築――スカイウガツビル。今日僕は、目的を叶えるために、この場所に来たんだ。この世界の圧倒的善――ヒーローの本拠地として知られるこの建物は、ヒーローたちの宿舎や研究施設であると同時に、その補佐をする様々な企業が本社を構えている。
「ああもう気が散る! その足どうにかしろよ!」
突然反対に座っていた少年が、苛立ったように吐き捨てた。
「き、緊張しているんです。ヒーローになるのが、ずっと夢だったので」
なおも貧乏ゆすりを続けながら、少女はうつむいた。
「ちっ…… なら、自己紹介でもするか。少しでも落ち着くだろ。僕はハチベイ。ハチベイ=オノノだ。」
ハチベイは不機嫌ながらも気遣うように名乗った。彼も僕と同じヒーロー志望だ。不安な人への対応には手馴れているらしい。彼がお前もというようにこちらを見たので、慌てて僕も名前を言う。
「僕はマヒロ=スオウ。よろしく。」
うつむいていた少女は落ち着いてきたのか、膝を見つめて一息をついた。薄金の美しい髪がさらりと流れる。自信なさげな様子だが、胸を張れば僕たちなんかよりもずっと、人々から羨望の目で見られるような容姿をしている。
「名乗られたならば、私も名乗らなければなりませんね。私はユリシア。騎士の端くれです。」
「名字はないのか。ふん、下級層がヒーローにねぇ。」
「下級層じゃないです。」
「あ?」
「名字もあります…… けど、言いたくありません」
「はぁ…… ヒーローが自分の名前も名乗れないで務まるかよ。あほらし」
ざっくばらんな短髪の彼は、嘲るように口にする。けれど、ハチベイの言うことも事実だ。ヒーローは名前を売る仕事だ。その名前が、その名乗りが、何よりも不安な人々を救う。
椅子の背もたれに身を預けてため息をついたハチベイに、ユリシアは恥ずかし気に呟く。
「……笑わないでくださいよ」
「人の名前を聞いて、笑うわけがないだろう」
相変わらず不安げにうつむいたままの彼女に、僕も少しフォローする。彼女が試験で本調子を出せないとしても僕の知ったことではないのかもしれないが、同期になるかもしれない彼女は、貴重な戦力だ。僕の目的のために、少しでも仲間は多い方がいいだろう。
「……ルです」
「聞こえないけど?」
「ルーベルベルベルです」
広い待合室に一瞬の静寂が生まれる。
「え?」
「は?」
僕もハチベイも、ぽつんとした顔でユリシアを見た。
「なんだって?」
ハチベイが馬鹿にするように聞き返す。
「だから、ユリシア=ルーベルベルベルです!!!」
一瞬の後、僕とハチベイは顔を見合わせて笑い出した。
戦争の後、人々はスカイウガツビルを中心としたこの町で支え合いながら生きている。その中には出自の違う人もたくさんいて、きっと彼女は僕たちとは違う文化圏に出自を持つのだろう。とはいえ、名前の文化の違いなんてそれほど大きなものではないと高を括っていた。だが、彼女の口にした言葉は、意味合いというよりも、語調というか、名前という枠からの破調というか、ともかく聞き馴染むことのないだろう名前だった。
「ああもう、だから嫌だったのに!」
「あっはは! 世界って広いんだな、いいじゃねえか…… ププ」
「もう! いい加減に……」
と、笑っていた僕たちは入り口とは反対の扉から、癖のある髪の丸眼鏡をした男性が出てきたのを見た。僕たちと目が合うと、彼はヒエエエエエエ! と叫ぶと、続けて案内する。
「こ、こちらの準備が整いましたので、どうぞお入りください! ハオウ氏がお待ちです!」
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『ヒーロー』
人々の安寧を脅かし、世界を混沌に陥れんとする巨悪と立ち向かう政府機関だ。人々に長らく愛されているのは『正義の剣士ハーヴィン』。町中至る所で『ハー様』グッズはとんでもない売れ行きだ。どの年の能力に目覚めた新人も、彼ほどは長く愛されていないだろう。この十年近く、彼は一線で戦い続けている。
誰もが認めるヒーローの代名詞が、正義陣営の司令官であり人類最強の男、ハオウだ。16歳で正義陣営のリーダーとなり、これまでずっと最強であり続けた。現在では、前線に出ることこそ少ないが、彼の存在そのものが、人々の平和に対する安心感につながっている。
僕の目的は、新人としてヒーローになって、そして――彼を殺すこと。ついに、僕の悲願の第一関門が始まる。ヒーロー採用試験。調評院と同じく国家試験でありながら、その身に目覚めた能力がその合否を決める点が大きく異なる。年々その受験者数は減少しており、今年度の新人が僕を含むこの三人……。うまくなじめるかな……まぁ、今は様子見しておくべきなのだろう。
通された部屋には柔道でもするかのような大きな空間の先に、僕たちの対面で大柄な男性が座っていた。その両脇には、小柄な青年が座っている。先ほど見た縮れ髪の一方はおびえたように大柄な男性を見上げ、好青年のような風貌の他方は頬杖を突きながら興味なさげにこちらを見つめていた。
「今日はよく集まってくれた。いささか少ない気もするが、どうだい丸瀬クン?」
「ヒイイイイイイイ! で、ですが昨年度も五人ですから、あ、あまり変わりは…」
書類をせわしなくめくりながら丸瀬は言った。
「そうだったか。まあいいだろう。それでは期待の新人諸君。初めましてだろうか、それとも久しぶり、かな? ワタシはハオウ。ハオウ=ストラグルだ。
まずは良い知らせをしよう。キミたちはこの場をもって、正式にワタシたちとともに、この世界を守るヒーローの舞台に立つ権利を得た!」
「それって、合格ってことですか!?」
ユリシアがぱっと笑顔になる。
「この場をもってって、試験は無いのか?」
ハチベイが不満そうに聞くと、
「もちろん、君たちの能力は一度ここで見せてもらう。そこでそう。悪い知らせだ。君たちの内から一人、私と同じ正義としてではなく、彼と共に悪として戦ってもらう。それで構わないな?」
ハオウは、頬杖をついたままの青年に聞いた。
「うん。いいけど、ジャッジはボクがしていいんだよね?」
「ああ、構わない。君たち、質問はあるかな?」
ハオウは僕たちの方に聞いた。
「あの! 見間違いなら申し訳ないのですが、そこにいるのは、ソウではありませんか?」
ユリシアが切迫した表情で聞く。
「ソウって、あの?」
ハチベイも驚いた顔で聞いた。
「あぁ……うん。どうも」
青年は、頬杖をついたまま茶化すように笑って軽く手を振った。
――『ソウ』
約三十年前、長らく続く正義と悪の抗争の中で、両陣営のリーダーが相次いで亡くなった年があった。病死とも他殺とも言われているが、その後正義陣営を継いだのがハオウ。そして、彼の親友でありながら悪へと堕ちたのがソウであると言われている。その実態は謎に包まれており、どこかで死んだとも、悪陣営の重臣になったとも。
「であれば、正義の敵。ここで成敗します!」
ユリシアが勇んで立ち上がる。その右手からは、白い光が剣のように伸びていた。これが彼女の能力か……出力はかなり安定していて、一線級とまでは行かないまでも、新人と言うには洗練されているように見える。
「……ま、やる気があるならいいか。それじゃあ、一人目、いいよ」
ソウが立ち上がり、ハオウたちを背にそう言うと、「では一人目、始め!」とハオウが号令を飛ばした。
「ユリシア、正義を為します!!」
ユリシアが光の剣を構え、ソウに猛進する。一方で、ソウは品定めをするようにじっと立ち尽くしていた。猪突したユリシアの剣が彼を切り裂いたかと思われたが、しかし、ユリシアはまるで鋼鉄の塊と戦っているかのように、何度も切ろうとしては弾かれていた。ソウは何も感じないかのように立っていたが、突然ユリシアの刃を掴むと、興味なさげに彼女を脇に放りやった。
「オッケー。もういいよ。」
「ちょっ――」
ユリシアは、それまでの猛攻が児戯だったかのように、簡単に床へと投げ出された。受け身を取った彼女に怪我は無さそうだったが、大きくプライドを傷つけられたように余裕そうなソウを見つめている。
「二人目。始め!」
ハオウが間髪入れずに号令を飛ばす。
「ああ、クソ!」
今度はハチベイが立ち上がってソウに向かう。
その手には、能力で編まれたのだろう赤い剣が握られていた。
今度はハチベイの動きを読んでいるかのように、ソウはすべての攻撃をかわしていった。ユリシアよりも迫力のある、獣のような猛撃も、空に舞う紙のようにひらひらと躱されている。そしてまた同じように「もういいかな」というと、ハチベイの剣を無造作に片手で切り落した。ハチベイは信じられないという風に驚きと恐怖の混じった顔で、自身の手から漏れ出る剣の柄を見て、膝から崩れ落ちた。
「では三人目————」
「あ、もういいや」
ソウが遮るように言った。
「そこの二人はどうしてもボクを倒したいみたいだし、そっちにあげるよ。代わりに彼をもらっていい?」
「そうか、構わない。ではこれにてお開きとしよう」
僕は部屋に入ったときのまま、一人ぽつんと立っていたが、ソウが手をたたくと、突然空に投げ出されたように、地面に吸い込まれていった。




