第十八話 決意と犠牲
第十八話 『決意と犠牲』
影から現れたソウは、余裕そうに笑いながらハオウと向き合った。
「ねぇ、ハオウ。君はまだ、あの日のことを覚えているかい?僕たちが、この世界でヒーローになった日。君が初めて、その拳で誰かを殺した日」
ハオウはじっとソウを見つめ、拳を強く握りしめると答えた。
「ああ、覚えているとも。忘れることなどないさ。何よりも、この拳が」
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十年前、ハオウについてヒーロー達の基地に忍び込んだ僕は、当時の正義のリーダー――ハオウの父が、悪の総統を演じていたハオウの祖父を殺した所に、偶然遭遇してしまった。
彼は血に濡れた拳と、僕たちを交互に見た。そして、弱弱しい声で「違うんだ……」とうわごとのように言いながら、僕たちの方に来た。
ハオウは立ち向かったけれど、弾き飛ばされて、僕は動けなかった。不思議とあいつの拳を受けても、体は何ともなくて、何度も何度も殴られた。そうしていたら、あいつは動かなくなった。胸にこぶし大の穴をあけて。
ハオウはさっきまでのあいつと同じように震えてたな。きっと、殺すつもりではなかったから。
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「僕はまだ、自分が力に目覚めたことに気づいてすらいなかった。あいつの拳が僕を目覚めさせ、君の拳があいつを終わらせた」
「あれが、最善だった」
「そうだね。だから、僕たちが、今の平和がここにある」
「だが、それでは足りない。この力は人間を狂わせる」
「だから、この戦いは終わらせないといけない」
「力を知るのはワタシだけでいい。ワタシが上にあり、そしてすべてを平等にする。力が人を狂わせる世界は終わり、世界は平穏になるのだっ!!」
ハオウがとびかかり、先ほどまでより格段に強い拳がソウに振り下ろされる。ソウは彼の拳を片手で受け止めた。衝撃波も、轟音もない。ただ拳が包み込まれる音がした。
直後、ハオウの力で顕現していた巨大な拳が、内側から黒い液体を噴き出し爆散する。
「それじゃダメなんだ」
「なん……だと?」
ハオウは驚き、後方に跳躍する。
「あの日、僕たちは絶望した。だから君は、一人で力の苦しみを背負おうとした。誰も傷つかないように、すべてを管理しようとした」
「それがワタシの選択だ。お前もそう思った。だから、孤児院などという寂れたものに固執した」
「あの時の僕は、何も信じることができなくなっていたんだよ。だから、君がそうしたように、僕も自分を信じた。そして、僕は僕のすべてを捧げた。この力にね」
ソウの足元から、黒い泥が広がっていく。辺りに風が舞いだし、人々は目を覆った。吹きすさぶ風は音をかき消し、二人の周りの消音壁となった。
「何を、する気だ?」
「僕はね、ハオウ。世界からこのふざけた力を消すつもりなんだ。そうすれば、誰もこんな力に振り回されることなんて無くなる。人間は弱さを認め、慢心を認め、そして、互いに認め合える」
「……馬鹿を言うな! 我々は皆、メフィメイルスの力の下に孤独を耐え、オメイロスの力の下に夢を持ち、成長していく! 力が無くなれば、その調和は乱れ、精神が崩壊する! 健常な子供の成長は阻まれ、世界は混乱に陥るぞ!」
「ハオウ。人って言うのは、弱い生き物だ。この力が無いと一人では生きていけず、欲望に呑まれてしまう……でも、人は支えあうことができるんだ。こんな力、邪魔なだけだと思わないかい?」
「そんな理想論のために、その身を捧げると?」
「なら、試してみようか。君の理想と僕の理想、どっちが強いかな?」
二人は何度も、何度も拳を交わした。
地上からは黒い泥がいつの間にか消えていた。風は止み、二人の拳の音が響く。その場にいる誰もが、その光景に息をのみ、展開を待った。
「ごめん」
長いシーソーゲームの後、名残惜しそうにソウが言い、ハオウの拳を受け止めずに流し、彼を蹴り飛ばす。そして、その背中から漆黒の翼を生やすと、空へと飛びあがった。大気中から、黒い泥のような物質がソウの元へと集まっていく。
ハオウは立ち上がり、迎え撃とうと態勢を整えた。
「これで、君の正義を絶つ!」
ソウの言葉に、漆黒の羽が一層大きく、そして輝いた。その狂気的な光に、観戦していたすべての人が目を奪われる。
「ワタシの正義は、決して消え――」
ハオウが吠え、その拳を繰り出さんと握りしめた時、すでに彼の半身は微塵に刻まれていた。
「な、に?」
遅れて彼の全身が、おもちゃのようにバラバラになる。
ハオウと背を合わせるようにして、全ての人々の視線の死角に立っていた影――アンは、また静かに消えた。直後粉微塵となったハオウの体を、ソウの黒弾が消し飛ばす。それは、見た目ばかりのフェイクであったが、その跡には、もう誰もいない。
「ハオウが、負けた?」「死んだ……のか?」「ハオウ! どこに行ったの!?」「ハオウ!」
ハオウが消えた戦場に、一筋の光が舞い降りる。
「これは……どういうことですか?」
地面に降り立ったソウは、ユリシアを見て言う。
「おや、その姿……正義というのは厄介だ。どれだけ念入りに消しても、すぐに生まれてくる。……だが、それも今日までだ。正義の騎士よ! 君たちの希望は潰えた。まだ、戦うというのか?」
ユリシアは、ソウの言葉を吟味するように聞いた後、覚悟を決めたように剣を持ち、言い放つ。
「希望は潰えてなどいません! ここに正義の心がある限り、希望の光であなたを打ち砕く!!」




