第十七話 正義の拳
第十七話 『正義の拳』
ハオウが跳んだ。それを追ってマヒロも炎の翼を広げ、大空へ飛ぶ。通常の戦闘の流れとは違う、正義を悪が殲滅しようとする構図だ。
「ふむ、この辺りでいいだろう」
建物をいくつか越え、ハオウはあらかじめ準備していた戦闘用のスペースで止まった。少し警戒するように距離を取ってマヒロも着地する。
「やあ、どうやら前よりも肝が据わっているように見えるが、どうだい。ワタシは倒せそうかな?」
ハオウはからかうように言った。
「当然だ! この拳は、お前を倒すために燃え上がる復讐の拳! そして、お前から世界を守る正義の拳だ!!」
「ほう、正義の拳、と? ……面白い。ワタシの正義の拳とどちらが正しいか。かかってくるといい」
そう言ってハオウは手を前に突き出し、挑発した。
マヒロは言葉もなくハオウに殴りかかる。
以前とは違う攻勢。マヒロは手に足に、炎の装甲と勢いを借りて猛攻する。ハオウは顔から染みついた笑顔を崩すことなく、一つ一つの攻撃を冷静に対処していく。
「まだまだ!!」
マヒロの炎はより一層強く燃え、ハオウに襲い掛かる。マヒロの渾身の一打を両手で守り、ハオウは大きく後方に弾かれた。
「ほう、良い拳だ。覚悟、信念、夢、ずいぶんとたくさんのものを込めたのだろうな……では、ワタシも攻めるとしようか」
ハオウは軽く肩を回すと、一瞬でマヒロとの距離を詰め右手を振りかぶる。その数瞬で何倍にも巨大化した彼の拳を、間一髪でマヒロは横にかわした。地面が派手に凹む。マヒロは受け身を取り、片足立ちでハオウを警戒する。
「おやぁ? 今のは仕留めたと思ったのだがねぇ……次はどうかな?」
ハオウが目を見開き、鬼のような形相で口角を上げた。次の瞬間には、マヒロのいた地面は割れ、マヒロはまた横に転がった。
「っ……」
一転防勢、マヒロはハオウの拳を反射でかわしながら、攻勢に転じるための策を練っていた。ハオウの拳を分析する――どれだけの力があれば押し返せる? この膠着した状況を切り崩せる?
「ぬぅっ!?」
そして、ほんの一瞬のさらに間。ハオウがとびかかるよりも速く、彼の懐に潜り込み、マヒロの拳がハオウの腹部を捉えた。
ハオウの巨体がはるか後方のビルに激突する。
「……お前は今まで、正義という言葉で、何人もの人を騙し、殺してきた。今がその報いを受ける時だ!」
マヒロは強く拳を握る。彼の全身の感覚を、怒りを、苦しみを、夢を、希望を、そして正義を収束させていく。
「ワタシが……負けると? あり得ぬな! その軟弱な拳で何ができる!」
ハオウが瓦礫から立ち上がりながら苦しそうに笑った。
「僕は! この拳で、みんなを守る!! これが僕の、『正義の拳』だ!!!!」
マヒロが全身全霊を込めた巨大な炎の拳を掲げハオウに向かうと、ハオウもまた、己の拳を掲げて立ち向かう。
轟音——二つの拳がぶつかった衝撃波は地面を割り、拮抗した。
「これで、終わりだぁぁぁぁ!!!!」
「くっ……ぬぅぅぅ!?」
マヒロがさらに心を込め、彼の拳の勢いが増す。
ハオウは大きく目を見開き、悔しそうに唸ると――笑った。
「――だが、届かんよ」
ハオウが拮抗していた拳を一気に振りぬく。マヒロの炎の拳は粉々に砕け散り、その衝撃で彼の右腕が一瞬のうちに飛び散った。
「———え?」
重心を失ったマヒロは姿勢を崩し、付く手もないままハオウの前に倒れこむ。
遅れて、周囲から歓声が上がる。
「勝った!!!」「さすがヒーロー!!」「とどめをさせぇ!!!」「やっちまえ!!!」
ハオウはゆっくりと拳を戻し、地面に倒れこんだマヒロを見下して言った。
「どうだい、楽しかったか。キミのヒーローごっこは?」
ハオウはマヒロの髪をつかみ、宙に掲げた。
「残念だが、キミの拳では世界は変えられないらしい」
そして、ハオウは拳を振りかぶり、マヒロの体を躊躇なく殴り――抉れたのは、はるか向こうの地面。マヒロの体の前面が、黒く染まっている。
「ちっ……」
ハオウは何かを察知したのか、すぐに拳を戻し、後方に跳躍した。
直後、地面に落ちたマヒロの上の何もない空間が突然爆発し、真っ黒な影、悪の総統が現れた。
「お、おいあいつ……」「ハチベイをやった奴だ……」「ハ、ハオウ!」
民衆たちがおびえ、恐怖の声を上げる。
「恐れるな、民よ。我が拳は無敗である! ワタシを信じよ!」
ハオウが大声で民衆をなだめる。
「そ、そうだ!」「ハオウが負けるわけないよな!?」「がんばれ!!」
「ハオウ!ハオウ!」
民衆は声をそろえてハオウの名を呼んだ。
と、突然悪の総統の外套が支えを失ったように地面に落ちると、液体のように飛沫をはねて消えた。同時に、マヒロも地面に消える。
「やぁ、久しぶり」
影はその形を徐々に明瞭にした。ゆっくりと顔を上げて、黒い影から現れたソウは笑った。
「ソウだ!」「え……悪の総統って」「ハオウ!負けるな!」
「なるほど、最終決戦というわけか。新人を殺したのもお前か、ソウ?」
「さて、どうかな。でも……うん。これが最終決戦ってやつさ」




