第十六話 正義の騎士
第十六話 『正義の騎士』
総統の命令を皮切りに、ハオウが跳ぶ。それを追ってマヒロも飛んで行った。私はまだ動く時ではない。
この戦闘の台本は、途中までしかない。それからは、本気の実力勝負。
「怪物たちめ! ユリシアを解放しろ!」
ハー様――ルーヴが叫ぶ。
「解放? 抜かせ、こやつはすでに我らが手中に堕ちた。貴様が何をしようと無駄だ。」
「ユリシア! 私のことがわからないかい? 私の声は届かないのかい?」
私はゆっくりと顔を上げる。
「愚民が軽々しく私に話しかけるな。目障りだ」
「ユリシア! そんな……もう、手遅れだって言うのか!」
「こやつはもう悪に堕ちた。貴様もすぐに送ってやろう!」
ジュウベエ=サンが笑い、足元から黒い泥が流れ出す。やがて、泥はドーム状に私たちを包み、外界から戦闘を孤立させる。民衆たちは眼前のブラックボックスの中で、自分たちのヒーローが勝利するように望む。
ここまでが、正義陣営に渡した台本。
「ユリシアさん、後は任せました。」
オニイ=サンが言い、三体――三人はルーヴに襲い掛かる。
「これが特設ステージというわけか。しかし、いかなる手を使おうとも、私には勝てないさ! 忘れたのかい? 私を応援する声を! 君たちを恨む声を! ユリシア! 君といえど、彼らを裏切って私を倒すことなどできまい!」
三人の連携攻撃すら笑いながら捌き、ルーヴはそう言った。
私は、そっと手を握りしめる。脳裏に、私を支えてくれたたくさんの人との思い出が流れていく。
私の全身は光に包まれ、裾はドレスのように伸び、背中からは羽が広がる。
「なんだい、その姿は! まさか、悪に堕ちた女騎士が正義の二重スパイだったとでも? これはとんだ駄作だな! 民が認めるはずもない!」
「……いいえ。私は、いつだって正義の騎士です。」
私たちを囲んでいたドーム状の泥が、徐々にひび割れ、そして崩壊していく。
「何? 君たちの独擅場を壊して、どうしようというんだ。負けを認めるとでも?」
「いいえ、違います!」
オニイ=サンが叫び、ルーヴの体制を崩した。
「これは僕たちの女騎士の!」
「英雄譚である!!!」
オトウト=クンとジュウベエ=サンが咆哮し、バランスを崩したルーヴに泥の塊をぶつける。
「ちっ――」
泥を全身に浴びたルーヴは吹き飛び、地面に倒れこむ。
ドームは天辺から徐々に壊れ始める。その崩壊は中盤で留まり、下層はひびを増やし、一気に崩壊した。空中にドームの破片が舞う。
私はそのタイミングを見計らい、ルーヴの方から走って戻ってきた三人を、一薙ぎで切り払い、ルーヴに背を向けて座り込む。私の後方で、三人が激しく爆発した。
「あ! 黒いのが無くなった!」「ホントだ! うわっ、爆発……あれ、やったんじゃないか?」「え、嘘! ハー様さすが~!」「違う……あれ、ユリシアだよ!」「光ってる……なんか、神々しいな」
「きっと、正義の心を取り戻して、新しい力に目覚めたんだ!」
周囲から、色んな人々の声が聞こえてくる。私は立ち上がって、ルーヴの元へと駆け出す。
「ハーヴィンさん!」
「え? ハー様やられちゃったの?」「まさか、ハー様がそんな簡単にやられるわけ……」「でも、じゃあなんでユリシアが倒してるんだよ」
私は人々の耳に届くよう、殊更に大きな声で、私の台本の、最後のセリフを叫んだ。
「そんな! 私の『悪の呪い』を肩代わりするだなんて!!」
私はルーヴの肩を抱き、膝の上に寝かせた。彼は恨めしそうに私を見て、呟いた。
「おいおい……これは一本取られた。誰もが憧れる正義の騎士が、一転、悪に染まった怪物ときた。全く、笑えねえなぁ?」
彼の周りから青い炎が立つ。ルーヴの語調に、私は危機感を覚え、とっさに離れる。立ち上がった彼は青い炎を全身に、さらに大きく燃やし、整えられた髪を崩した。炎のように流れる髪は、まるで精霊のようにすら彼を引き立てる。
「それじゃあ、こっからは遠慮無しってことでいいんだよなぁ!!!」
彼は人外の咆哮を上げて突進してきた。鍔迫り合いは拮抗し、私は弾いて距離を取った。
ルーヴの青い炎は一度大きく燃え上がると、一瞬ふっと消え、明滅した彼の体から、より熱い真っ黒な炎が立ち上った。
「なあ、ユリシアよぉ。偉大なる先輩様と戦うってぇのに、挨拶も無しか?」
私は、その炎にどこかハチベイを重ねていた。
少し笑って、私は答える。
「緊張しているんです。ハー様と向かい合うのが、ずっと夢だったので」
「けっ……」
ルーヴは不敵に笑うと、剣を一薙ぎし、その剣先をこちらに向け、私をじっと見据えた。その目は確かに正義なんて気にしてはいなかったけれど、あの日夢見た騎士の姿と重なる。
「闇に堕ちれど、この炎は朽ちず! 覚悟無き剣を打ち砕かん! 我が名は、ルーヴ=ハーヴィン!」
周囲から、人々の声が聞こえる。
「ユリシア! ハー様を救って!」「楽にしてやってくれ!」「あなたを信じてる!」
「「「ユリシア! ユリシア!」」」
私は深く息を吸った。そして、ルーヴを見据えて、最初で最後になるかもしれない大見えを切る。
「私は、ユリシア=ルーベルベルベル! 世界に光を導く正義の騎士! この白羽は、あなたの悪を裁きます!」
拮抗した黒い炎と白い光の起こした衝撃に、ルーヴはどこか満足げににやりと笑う。
「———ユリシア、正義を為します!!」
光と闇が交わる。黒い炎と白い光は、そこにいた人々からはわずかに白黒の軌跡にしか捉えられない。剣と剣がぶつかり合う音だけが辺りに響いていた。
「おいおい、ここはパーティー会場じゃねぇんだ。ドレスを着たお姫様は、おとなしく帰ったらどうだい?」
「私は姫ではありません! 騎士です!」
「ずいぶん派手な装飾でよく言いやがるなぁ? 騎士に姫に天使、ずいぶんと強欲なこった」
何度も剣と剣がぶつかるが、会心の一撃が入らない。飄々と攻撃を流されている。
「おいおい、泣かせてくれるねえ。ほんの一年前に入ったひよっこが、今じゃあ本気の俺と剣を交わしてるときた。燃えるじゃねぇか、なぁ?」
何度も切り付け、流される。戻した剣も、また流される。でも、ルーヴは一向に自分から攻めてくる素振りを見せなかった。
「……でも、あなたは本気を出していない」
「あぁ?」
「本当は、もう何も感じられないのではありませんか?」
「んだと?」
「戦闘にも、人生にも、もう何も感情を抱けない。違いますか?」
ルーヴは緊張した態勢を解き、おちゃらけた様に言う。
「だったらどうしたって言うんだ? お前は俺に勝てるか?」
「この力は、希望の力です。平和を願い、夢を見て、明日もその先も生き続ける人たちの力です。夢を捨てたあなたに、この剣は折れません!」
「だったら、試してみろよ!!」
再び、ルーヴがとびかかってくる。しかし、その迫力ははるかに先ほどよりも落ちていた。
今度は私が彼の攻撃を受け流す。だんだんと、彼の目は焦点を失い、明後日の方向へ剣を振った。彼の剣が私からずれたタイミングで、腹部に蹴りを入れる。
「ったく、幻覚が見えやがる。なあ、そこにいるんだろ?」
ルーヴは剣を支えにして瓦礫から立ち上がり、目を閉じたまま言った。
「冥途の土産だぁ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「なんですか。」
「お前にとって、正義の騎士ってのはそんなに魅力的だったのかい?」
私は、剣を構えたまま、うなずいた。
「ええ、それはもう。」
彼は、本当の正義の騎士ではなかった。でも、確かに。確かに彼は、人々にとっての正義の騎士であろうとした。その結果が、自己の喪失だとしても、ヒーローになろうとしていたんだ。
「そうかい。」
彼はゆっくりと歩み、そして私の方へ走り出した。私も走り出し、剣を構えて迎え撃った。
黒い炎と白い光がぶつかる。黒い炎の軌跡を白い光が打ち消し、白い光の軌跡は世界を包んでいく。ルーヴの体から出ていた炎は、黒い煙となり、天へと昇ると、やがて消えた。
「――なら、これでよかったのかもな」
ルーヴはそう言い残して、地面に倒れこんだ。私は剣をしまい、振り向かなかった。そして、二三歩踏み出してから、マヒロの元へ向かうため、空へ飛んだ。




