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Over the Loss  作者: 錆井
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第十三話 骸

 第十三話 『骸(ムクロ)』


 スカイウガツビル、ハオウの仕事部屋。彼の事務机の前に、一人の男がいつも通り立っていた。口にはタバコを咥え、ハオウの言葉にわずかに笑いながら、いつも通り悪陣営の動向を密告する。


「そうか、スナヴァストに……彼女(レヴィア)の思考はワタシにもわからん。

 ……何? 裏切ったら、と。構わぬさ。キミたちがいくら個としての力を高めようと、ワタシには勝てない。市民たちの力を借りているワタシにはね。

 ……慢心、だと? そうとも、慢心無くして愚民を従えることなどできない。キミも、そう思うだろう、アンジェ?

 ……ああ。追加は出しておこう。要望通り、前回よりも濃くしてある。トばないようにな……そうだな、キミのほうがよく心得ているか。ともかく、それだけ期待しているということさ。」


 ハオウは事務的な笑顔で言った。


「おそらく、レヴィアのように柱を守る守り人がいることだろう。気を付けたまえ。……ああ、柱を解放するのだ。ワタシたちは相互に力を封印しあっている。ソウのことだ、直前に砂漠の柱を解放する気なのだろうが、詰めが甘い。すべてはキミの働きにかかっている。武運を祈るよ。」


 そうして、男は姿を消した。


*********


 いつも通り、定点で結ばれたポータルを通ってアングラへと帰ってきていた。人目に付かないよう、こっそりと路地裏から出る。


 コアロンに戻ると、中はもぬけの殻だった。玄関からまっすぐに自分の部屋に向かう。


「あら、マルクさん。どちらへいらしてたの?」


「ああ、ちょっと外の空気を吸いにな……ほら、根詰めすぎもよくないだろ?」


「そうね、子供たちは遊び疲れて寝ちゃったわ。」


「そうかい、いつも悪いね」


「いえいえ」


 子供たちの部屋から出てきたミズキと出くわす。怪しまれてはいないようだ。


 扉を開け、自分の部屋に入る。畳の上には、ゆっくりと綿密に、この時のために作り上げた最強の兵器、プレデターロボ(殺戮人形)が眠っていた。最後に不具合がないか、可能な限り目視で確認する。よし、大丈夫だ。


「どう、完成した?」


「!?」


 起動しようとした瞬間、背後からソウに話しかけられた。


「ソ、ソウ……お前、忙しいんじゃなかったのか?」


「ああ、忙しいよ。ただ、僕が考えるくらいだから、ハオウもこっちの柱を狙ってくるんじゃないかと不安になって見に戻ってきたんだよ。いやあ、杞憂みたいで良かったよ。」


 ソウは本気なのか冗談なのか分からない顔で笑う。


 こいつ、まさか――。


「柱をつっても、狙うなら火山のほうじゃないのかい?」


「そっか、それもそうだね。ここの柱を制圧するだなんて、裏(・)切(・)り(・)者(・)でもいない限り無理か。ちょっと早とちりだったみたい」


 やっぱり、気づいてやがる!?


「まさか。それより、忙しいんじゃなかったかい?」


「そうそう、今からみんなの様子を見に行くんだった。じゃあ、留守番よろしくね」


「へいへい、いつものことだっつーの……行ったか。」


 言い終わる前にソウの体は空気に消えていった。


 俺の計画に気づいてやがるようだったが、泳がせるつもりか? だとしたら……目にもの見せてやる。

 ポケットから受け取りたてのタバコを取り出し火をつける。濃い煙が気持ちを落ち着かせる。心に喪失感が満ちる。にやりと笑って、能力の触媒となる繰り棒を手に取る。プレデターロボに棒を突き刺し、起動する。


「さあ、始めようか」


*********


 コアロンの端にその部屋はある。ソウの個室だ。


 ソウはいつもこの部屋で座禅をしている。初めは気が付かなかったが、この部屋は他の場所と比べて力の流れがいい。おそらく、柱からわずかに漏れ出る魔力が流れているのだろう。


 一度調べたとおりにドアを開けると、深く地面に伸びる階段が現れる。プレデターロボに先導させ、慎重に階段を下りる。階段は錆びついており、滑りやすかった。


 長いらせん階段を下りると、広い空間だった。明かりは無く、タバコの火がまぶしく光る。少ない光でなんとか扉を見つける。


「ちっ」


 能力認証の手形があったが、ソウの力にのみ反応するのか、エラー音が鳴った。


「やれ」


 プレデターロボに命令し、扉を切り刻ませた。存外簡単に扉はばらばらになった。いや、こいつが優秀なのだ。


「っ!?」


 扉がなくなった瞬間、ひどい腐臭が鼻をついた。


 室内はほんの少し明るい。柱から漏れ出る光――これが魔力か?――で室内全体がぼんやりと照らされている。中に一歩踏み出すと、液体の音がした。思わず足元を見ると、赤い液体が流れている。


「なんだ、ここ……」


 ふと、奥から自然でない水音がしていることに気づく。水音の主に気づかれないように慎重に近づくと、徐々に音の正体が明瞭になる。


 ――食っている。


 何を? 足元に流れる液体から、その答えは明瞭であった。


 影の主がこちらに気づき、顔をこちらに向けた。血に染まった服は、もう何年も変えていないのだろう、血が赤黒く固まっていた。見た目は少年のようだった。だが、まさか。こんなところにまともな人間がいられるわけがない。少年の白髪は、腐臭漂う血の地獄の中でも白く伸びていた。


「あれ、ソウじゃない。お前、誰だ?」


 少年は、両手で持っていた黒い布の巻き付いた腕を近くに捨てると立ち上がった。そして、突然何かを思いついたように目を見開くと興奮した様子で続けた。


「お前! もしかして、生きてる人間か? まじかよ、初めて見るぜぇ!! なあ、どうやって来たんだ? 何しに来たんだ? ああ、それより――」


「知る必要はない」


 少年のように見えても何かの能力者なのだろう。それも並大抵ではない。彼が何か行動を起こす前に、プレデターロボが彼の五体をばらばらに切り裂いた。


 が、次の瞬間少年の体はひとりでにつながり、驚いたような顔で俺とプレデターロボを見た。


「ああ……そっか! 生きている人間ってのは、動くんだったな!! うおお、すげえ! やっぱ生きてる人間だ!」


「おい、何やってる!殺せ!!」


 プレデターロボが何度も少年を切り刻む。しかし、何度ばらばらになっても、元のように彼は再生していった。


「お前、何者だ?」


「俺の名前は、骸(ムクロ)!!! こいつとおんなじ名前!!」


 骸はさっき捨てた死体の腕をつかんで言った。


「お前、生きてる人間だろ! 一つ聞きたいんだけどよ!」


「……なんだ」


 あまりの狂気と無邪気さに嫌気がさし、思わず攻撃の手を止め聞き返す。


「生(・)き(・)て(・)る(・)人(・)間(・)っ(・)て(・)ぇ(・)の(・)は(・)、(・)ど(・)う(・)や(・)っ(・)て(・)死(・)ぬ(・)ん(・)だ(・)ぁ(・)?」


 口が裂けるほどの恍惚とした笑顔で骸は言い、こちらに飛びかからんとした。


「ちっ!」


 獣のような一撃を、慌ててプレデターロボで受ける。なんて身体能力だ。


「お前のほうがうまそうだ!!」


 強いものに目が眩むのか、彼のターゲットは、プレデターロボに移動したようで、俺は少し息をつく。


「ふん」


 狂っているとはいえ、所詮はただのガキ。プレデターロボの敵ではないだろう。復活するというならば、永遠に殺し続けるのみだ。それに、斬撃が効かないとしても、大した障害にはなり得ない。


 彼らの様子を気に留めながら、柱に近づく。


「これが、封柱……」


 聞いていた通りではあったが、やはり荘厳だ。


 服の内ポケットから、超小型爆弾を取り出す。


「こんなちっちぇのでここ一つが吹き飛ぶってんだから、オングラってのはすげえや。ここみたいに時代遅れじゃあない。」


 取り付けようと柱を見上げた時、背後から金属が地面に当たるような音がした。


「ん?」


 振り向くと、そこにはプレデターロボの足を投げ捨て、果実のように機械の心臓ポンプを食おうとする骸の姿があった。


「なっ……」


 恐怖に顔が歪む。人間の身で、あの装甲を壊せるはずが———。


「ぺぇーっぺ! なんだよ、こいつ食えたもんじゃねぇ。これなら、俺のほうがうまいぜ……なあ、あんたはどうだ? こいつよりはうまそうな顔してるじゃねえか」


*********


「……そういえば、勝手に食ってよかったのか? ま、いいだろ! ここにあんだから俺の飯だ!」

 

 血の川の上、骸は男の腕を食みながら言った。


「ん?」


 夢中で肉をほおばる骸に、近づいてきたソウが言う。


「だめじゃないか、骸。勝手に食べたら。」


 しゃがんだまま、いたずらを咎められた子供のように肉を隠して骸は言う。


「ち、違うんだよ、ソウ! こいつが勝手に――」


 弁明しようとする骸を、ソウは笑顔で諭した。


「いいんだよ。だって君は生(・)き(・)て(・)い(・)る(・)人(・)間(・)だ(・)も(・)の(・)ね。その権利がある。」


 骸は驚いたようにソウを見上げ、恐怖しているようにひきつった笑みを浮かべた。


「何、言ってんだ……? 俺は、骸(・)だろ? 生きてなんか、いない……」


「いいや、生きているとも。」


 ソウは骸の目をじっと見つめたまま、顔を近づけた。


「だから、死ぬんだよ。」


 ほんの一瞬の出来事だった。骸の首は真っ二つに切られ、頭が地面に逆さに立った。


「おい、どうなってんだ、ソウ? 世界が反対になっちまった」


 空に足をつけて立つソウを見て、骸の頭が口を動かした。


「それが、死ぬってことだよ。」


 ソウは骸の顔を掌で優しく包み込んで言う。


「おやすみ、骸。」


 まるで熟れた果実のように、骸の顔は脳漿(のうしょう)と血を噴き出して潰れた。


 ソウは柱の下に、小さな機械があるのを見つけ、拾い上げた。拾い上げた超小型爆弾を、彼は握り潰した。彼の手の中で、巨大な封柱すら簡単に破壊するように作られた爆弾が幾度も爆発を起こす。しかし、彼の手の中から爆風は漏れず、ボロボロになった機械の破片が血の水たまりに落ちた。


 そして、悪の首魁は壊れた扉へと戻っていった。


*********


 自室で書類を処理していたハオウのもとに、一人の白装束が現れる。


「アンジェの連絡が途絶えた? ふん……構わぬ。死者に語る口は無く、また聞く耳もない。死んだならばそれまでというだけのこと。奴の至らなさよ。」


 そして、白装束は消える。


 ハオウは立ち上がり、ビルからオングラの人々がせわしなく動き回る様子を見下ろす。そして、一人静かに笑った。


「民よ、生を享受せよ! 痛みも、苦しみも必要ない。全て、全て、全て! 私が支配する。計画がようやく終わるのだ。そして、この世界は真の平和を取り戻す。」



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