第十二話 砂漠の魔女
第十二話 『砂漠の魔女』
その時、町は夕暮れ泥み、多くの人が学校から、職場から、はたまた買い物から帰る途中だった。誰もが一様に肩を落とし、長く伸びる自分の影を見つめてため息をついた。
と、彼ら彼女らの影が長く長く伸びていき、空はぽっかりと光を遮断して暗くなった。その身に落ちた影を夜と勘違いしたのか、街の電灯がぱちぱちと点き始めた。
「な、なんだ!?」「おいおい、やばいって!」
街の人々は恐怖に震え、天を見上げたり、のたうち回ったりと様々だ。
街の中心地。スカイウガツビルに鎮座するハオウのもとに、白装束が一冊の台本を届けた。ハオウは台本を読み、不快そうに顔をゆがめ、白装束たちに回線をつなげるよう指示した。
「我が市民よ。恐れる必要はない。何が起ころうとすべて、ワタシが打ち砕こう」
街の全域に届けられたハオウの言葉に、市民は一旦の平穏を感じた。しかし、その平穏はすぐに現れた巨大な影によって崩された。
東西南北、どの位置にいる市民もその影に怯える。あちこちに現れたそれが本体でないことは明白であった。
「我は悪の総統である」
ゆっくりと、荘厳に、人々に恐怖を与える響きだ。
「あ、あいつ! ハチベイを殺した……」
「え!? あの!?」
市民たちは思い出す。数日前のヒーローに起こった悲劇を。
「先の裁きは、ほんの序章に過ぎない。貴様らを滅ぼすためのな……」
総統は静かに笑う。
「これまでの戯れ、実に退屈であった。それもこれも来る審判への準備である」
突然、スカイウガツビルの前方に黒い落雷が落ち、黒い泥の波が起きる。
「三日。それが貴様らの寿命だ。黒い泥の門より来る災厄が、貴様らを屠るだろう」
クックックと不気味に笑いながら総統は黒い泥の滝になって消えた。そして雲は晴れ、人々の影も元に戻ったが、ビルの前には黒い影が残っていた。
ハオウは回線を閉じると、その大きな拳で彼の事務机を叩く。
「丸瀬の入れ知恵か……ずいぶんと正義を挑発してくれる……」
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「いやあ、すごいですねえ」
黒い街を背に、砂漠の長い道のりを行きながらオニイ=サンが言う。
「あれって、全部キュウキさんがやってるんですか?」
僕が聞くと、優しい怪人は首を傾げた。
「どうでしょう。もしかしたら、第二第三のキューさんがいるのかもしれませんし、そこのところは僕たちも知りませんよ」
「知って仕事が滞ったら困りますし」
ジュウベエ=サンも続ける。
「へぇ……あ、そろそろテント立てましょうか」
「そうですね。と言っても、マヒロさん用ですが」
「すみません、見張り任せてしまって……」
「いえいえ、僕らは眠らなくてもいいですからね」
砂漠のどこかでテントを張り、寝袋でそっと眠った。
次の朝も、また歩き詰めだった。テントの中は悪くはなかったが、もちろん良くもない。少し疲労を引きずりながら、砂の道を行く。
数時間歩いて、ようやく目標が見えてきた。
「お、あれが封柱です」
オニイ=サンに教えてもらい、ようやく視認する。
「結構大きいんですね」
「そうですね。全長は六十メートルほどあります。ここ、スナヴァスト砂漠の他に、ユリシアさんの向かったエンホッツ火山。スカイウガツビル、アングラで保護されているのです」
「あのビルの中に?」
「ええ、どこかにあるとされています」
そんなことを話している間に砂の山を登りきり、砂嵐の舞う広大な砂漠に、ようやく封柱の全貌が見えた。
と、突然封柱のほうから、炎弾が飛んでくる。
「うわっ!?」
慌てて左右に分かれてかわす。受け身を取って、球が来た方を見ると、封柱に並ぶほどの大きな炎の巨人がこちらにゆったりと向かってきていた。
「あれがレヴィア!」
「ええ、あれがレヴィア=ウィッチ。通称、いえ自称砂漠の魔女です!」
オニイ=サンが自信満々にそう言うと、巨人の後ろから、炎で形作られたほうきに乗った少女が飛んできた。
「ちっがああああう!! 私が! レヴィア=ザ=ウィッチ!! 人呼んで、偉大なる砂漠の大魔女よ!!!」
「偉大っていう割に、なんていうか……」
「ちんまいですが、彼女はハオウよりも勤務歴は長く現在は」
「わーーーわーーーわーーーー!!!」
レヴィアは無茶苦茶に炎弾を放ち、オニイ=サンに続きを言わせまいとした。砂漠にいくつもクレーターができる。
「もういい! 炎の巨人! やっちゃえ!」
彼女の声に呼応して、背後の巨人が動き出した。
「これ、どうします?」
「そうですね、一度落ち着かせないと、交渉もままならないでしょう」
巨人の拳を前に、言葉を交わす。
「つまり……」
巨人の拳が僕たちのいた場所をえぐり、僕はしっぽのように炎を噴射して上空にかわし、オニイ=サンは横に転がった。
「まずはねじ伏せましょう!」
「簡単で助かります!」
巨人の腕の上を走り、空を飛ぶレヴィアに向かう。拳の射程圏内とみて飛び込んだ。
「ちょっとお!?」
彼女はほうきを操作し、軽い動きで僕をかわした。僕は目標を無くし、宙に放り出される。
「うわあああっ!」
落下しながら炎の羽を広げる。ぎりぎり衝撃を耐え、再び空を見る。
「ソウさんにいろいろな使い方を教わっておいて良かった……」
体勢を整え、再び空に飛びあがる。炎の羽で空を飛ぶ。
この炎は、今はこの戦いのために……。目的を意識して力の流れを感じる。大丈夫、安定している。
「いいじゃん、その炎。シンパシー感じちゃう。久しぶりの戦いだものね、楽しまなくっちゃ!」
空で炎弾を打ち返していると、彼女は勝気に笑う。
そう、楽しむんだ。
なるべく他のことは考えず、目の前の魔女のために力を使うようにする。何度も炎弾を返したが、なかなか彼女に一撃を食らわせることができない。何度も空中で攻めては距離を取られているうちに、羽の出力が低下し、なすすべなく地面に着地した。
「ちょっと、もう終わり? 十年ぶりのお遊びにしては楽しめたけど、その程度でここを攻めて来ようだなんて、少しお粗末なんじゃない?」
空中から僕の前に降りて、レヴィアはそう言った。
「まだ……戦えますよ」
僕がそう強がりを言うと、若々しくも経験の豊富な瞳に影が落ちる。
「あら、なら一発強いのいっとく?」
そう顔の横で炎弾を掲げるレヴィアの背後で、大きな砂塵と轟音を立てて、炎の巨人が地面に倒れこんだ。その巨大な体躯が灰となって消えていく。
「ちょっとぉ!?」
レヴィアがその様子を見て悲鳴を上げた。
巨人のほうからジュウベエ=サンに肩車され、三体がやってくる。
「マヒロさ~ん! こっちは終わりました~」
「ちょっとぉ! 終わりましたじゃないわよ! 何してくれてるのよ! あの巨人にどれだけ時間を……というか、カメラも来てないのに! これじゃあ、私の威厳が損なわれるじゃない!」
「あの、そのことなんですが……」
僕は杞憂する彼女に、今日の訪問の目的を伝えた。
「ええ~! せっかく私の素晴らしさが地上のみんなに伝わると思ったのに~」
「それどころか、レヴィアさんの出番はたぶんもうないですね」
「えぇ……そんなの、駄作も駄作じゃない……それで、あなたたちに従うメリットは何? 無いなら従う必要もないけど?」
レヴィアは腕を組み、高圧的な態度で言った。
「そうですね、たしか丸瀬さんの台本では……すみません、特に無いです」
「なんでよ! ちょっとは準備してきなさい!」
「あの……」
「何? つまんないこと言ったらぶっ飛ばすからね?」
不機嫌そうなレヴィアに、僕は提案する。
「よかったら、僕に特訓してくれませんか」
「特訓?」
「はい、よかったら僕の師匠になってくれませんか?」
「師匠、師匠ね……いい響きじゃない。あなた、悪陣営なのよね? なら、私があなたのお師匠になってあげるから、ハオウをぶっ倒しなさい!」
「正義陣営なのに、そんなこと言ってもいいんですか?」
オニイ=サンが茶々を入れる。
「いいのよ。すべては私の栄光のため、もちろん、勝利の暁には私の名前をいっぱい宣伝してね? 砂漠を観光地にするんだから!」
「案外ちょろいですね」
「何か言った?」静かに怒るレヴィア。
「いえ、何でも」
「ともかく! 最終決戦まで私がビシバシ鍛えてあげるから、覚悟しなさい!」




