第十一話 ルーベルベルベル
第十一話 『ルーベルベルベル』
「「「へへへっ」」」
どたどたと、子供が走るような足音が遠ざかっていった。
あれから、一夜。右も左もわからない場所だが、疲れからかぐっすりと眠ってしまった。眠たい目をこすって、なんとなく洗面所の場所についた。顔を洗おうと鏡を見ると、顔に黒い墨で〇や×やひげが落書きされていた。驚きで頭が混乱した。ぽかんと口を開けた私の滑稽な顔が鏡写しに私を見ている。
「「「あはははっ!」」」
硬直したまま横を見ると、子供たちがうれしそうな顔で私を見ていた。
「お前らかぁ!!!!」
怒って彼らを追いかける。捕まえようと無我夢中で追っていると、曲がり角で誰かの胸にぶつかった。やわらかい弾力に押し返される。
「あいたっ!?」
思わずしりもちをついた。
「あいてて……」
痛むおしりをさすりながら、何にぶつかったのかと見上げると、人形を持った知らないお姉さんが驚いた表情で私を見ていた。
「あらあら、知らない顔ね。また新しい子かしら」
彼女は、ミズキさんというらしい。顔を拭いてもらいながら話を聞く。優しいのは確かだが、あまりに過保護な感じがする。どこか母を思い出した。
「ユリシアちゃんって言うのね。昨日みんなが、若い子が増えたって言っていたから、楽しみにしていたの。コアロンへ、ようこそ」
てきぱきと彼女は朝食を用意し、あーんまでするつもりだ。
「い、いえ。自分で食べられますから」
「遠慮しなくたっていいのに……それより、あなたアングラは初めてでしょ? 暇なら、あちこち行ってみるといいわ。」
「で、でも……」
正直、今日は何もしたくない気分だった。ハチベイのことを忘れようとしているみたいで。
「もう、だめじゃない。立ち止まるのが一番よくないわ。動き続けないと、あなたの大切なものまで動かなくなっちゃうわ。」
彼女は手元の人形を遊ばせながらそう言った。よく見ると、それは私が戦ってきていた怪物たちだった。
「あの、それって……」
「この子達? この子はオトウト=クン、こっちがオニイ=サン。一番かっこよくて強いのがジュウベエ=サンよ」
ミズキさんは目を輝かせて語った。
「ジュウベエ……?」
彼女は私の声が聞こえないかのように呟く。
「オトウト=クンはお茶目なのよ? でも、しっかりしているところもあって、時々私もびっくりしちゃうの。オニイ=サンもしっかり者で、弟思いだけど抜けてるところもあってね……」
しばらく憑りつかれたように語った後、ふと顔を上げてミズキさんは言う。
「あら、ごめんなさい。こんなこと、話してもしょうがないのにね。」
彼女も、悲しみを乗り越えているのだ。ふと、そう感じた。
「いえ……あの、ありがとうございました。それと、ごちそうさまです。」
「あらあら、いいのよ。」
私は朝食を終えると、立ち上がって建物から外へ出た。
*********
昨日は夜だったから静かだったが、今はまだ午前中だというのに、町の通りは、店先で座ってお茶を飲む人や、店主と話す人などでにぎわっていた。
様々な店に目を奪われながら、通りを進む。そういえば、私お金とか持ってない……。
「嬢ちゃん、見ない顔ねえ!」
「!?」
突然、店先から出てきた女性……男性? に声を掛けられ驚く。
「あ、はい!」
「もう~、ジョセフィーヌったら。怯えてるわよ、その子」
突然『空物庵』と掲げられた店の先に、渋柿のように吊るされた女性……男性? が口をはさむ。と、体をひねってこちらに飛んできて、ジョセフィーヌさんの横に立った。
「あら、そう? アタシはジョセフィーヌ=本田。よろしくね。」
「ワタシはマリアンヌ=鈴木。お嬢ちゃん、名前は?」
聞かれて戸惑う。
「ユリシア、ル、ルーベルベルベルです!」
びっくりしていつもは言わないのに、苗字まで言ってしまった。また笑われちゃう……。
「あら、ならベルべちゃんね?」
「何言ってるの、ルベルちゃんでしょ?」
「それは無いわよ~、ね? ベルべちゃん?」
「ほんとセンスないわね~、ね? ルベルちゃん?」
「へ?」
二人は言い争うようにして私に聞いてきた。
「わ、私はどっちでも……」
私は圧倒されてそう言った。
「「あら~、もうかわいいんだから!!」」
二人は喧嘩しているようで仲良しなのか、二人で頬をすり合わせながら言った。
「ほら、ベルちゃん。うちのお漬物食べない? 体によくって、スリムになっちゃうわよ~」
「もう、そんなのより、ワタシの干しマンゴー食べなさ~い? お肌すべすべになっちゃうわ~」
「あ、ええっと……」
気おされているうちに、どんどんといろんなものを食べさせられていく。おいしい。おいしい。おいしい。
「あ、あの、私、お金とか持ってなくて……」
私が苦しくなりながら言うと、二人は笑った。
「ベルちゃんがおいしそうに食べてる姿で十分よ。ここはみんなで支えあう町、そんなに気を使わなくていいわ。」
「そうよ、女は愛嬌。もっと笑いなさい?」
二人は楽しそうに店からいろんなものを持ってこようとしている。何となく、楽しそうな二人を見ていると、彼らになら相談できる気がした。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
二人は同時に振り向いて、「あら、何かしら」と聞き返し、「もう、真似しないでよ」とまた同調した。
「私、自分に自信が持てなくて、すごく迷ってるんです。どうやったら、お二人みたいに自信をつけられるのかなって……」
二人は顔を見合わせると、また同じように笑い始めた。
「あら、アタシ達は好きに生きてるだけよ?」
「そうよ~? 人の批判なんて、聞くだけ無駄よ、無☆駄! 自分を好きにならなくっちゃ、何も始まらないわ。ほら、ベルちゃんも。笑ってる方が可愛いわ」
なぜだろう。今までずっと、人から笑われるのが嫌だった。尊敬されて、褒められる人にならなくちゃって思ってた。でも、この人たちの笑顔は、なんだか優しい。
ふと、そこに小さな子供が駆け寄って言った。
「本田さん、鈴木さん! 奥様が、往来を塞ぐなって怒ってましたよ?」
「あらやだ、こわ~い」
「それと、奥様が、お嬢さんを呼んで来いって」
「あら、ベルちゃん怒られちゃうかしら。」
「ワタシは関係ないわよ~」
マリアンヌさんは店先に飛び込むと、いつの間にか、また乾物のようにぶら下がっていた。
*********
「奥様はこの先です」
子供に案内され、『緑亭山田』の二階に上がる。落ち着いた雰囲気の内装は木の香りがして、異空間のように静かだった。
「し、失礼します」
緊張しながら障子を開ける。窓にもたれるようにして、着物の似合うおしろいの女性……今度こそ女性が、こちらを向いた。着物が畳に擦れ、静かに音を立てた。
「あらあら、可愛い子やないの。やにわに変な人に声かけられて大変やったやろ? ま、座り?」
ゆっくりとした話し方、落ち着いた声音はかえって厳かな雰囲気を強めた。
「ソウはんから、話は聞いとります。あんた、あっちから越してきはったんやろ? 名前は、なんて言いはりますの?」
「ユリシア……ルーベルベルベルです」
「あらまあ、ずいぶんと長い名前してはるんやねえ。ウチはアルバート=山田言うねん。仲良うしましょね」
彼女はずっとうっすらと笑みを浮かべているが、そのおしろいの奥の素顔は見えない。
「何の、御用ですか?」
私が聞くと、山田さんは微笑をわずかに傾げた。
「用言うほどでもないんやけどね、ほら、ルーはん、今力使えへんのと違います?」
私は言われて初めて右手から光が出ていないことに気づいた。
「あんた、何のために戦ってはるの?」
「私は……正義の騎士になるために……」
「なぁんも聞こえませんけど。ルーはんの目標って、胸張って言えへんようなもんなん? 甘ぁく生きてたら、その内、なぁんも無くなってしまうよ?」
悪に堕ちて、かつての目標に反逆しようとしている。そんなのって、正義の騎士じゃない。アングラに来て、忘れようとしてた迷いを見透かされている。ずっと、昔の夢を追い続けてここまで来た。でも、それだけじゃあ、もう前には進めないんだ。
「わた、しは……私は! どうしたら、いいんですか……」
「さぁてねぇ? ほら、ウチ力なんて持ってへんから、ようわからんわぁ。でも、そやねえ……ソウはんから聞いてたけど、あんた、ほんまに弱いなぁ。」
彼女はわずかにほほ笑んだ。
「正義の騎士言わはったけど、それって、その力がないとできひんの? ほな、あんたの名前も、その力に、みぃんなあげてもうたらええやん。あんた、力が無うなったら、空っぽやねぇ。」
彼女はそう言うと、「まだ聞かはるの?」と言い、私は「失礼します」と言って、背を向けて退室した。障子を閉めた後、暗くて冷たい空気を吸っていた。気分が少し落ち着いてから、外に出た。
何となく、ジョセフィーヌさんと、マリアンヌさんの目を避けて、町の大通りから離れた。
私は何のために戦えばいい? この力は何のためにある? 私は、私はどうしたら――。
「ああああああーー!!!!」
階段を無心に走り上がって、てっぺんの公園でがむしゃらに叫ぶと、少し楽になった。
一息ついてブランコにでも乗ろうかと思って振り向くと、驚いた顔のマヒロがいた。
「あ……」
そろってクスクスと笑いだす。
「ごめん……」
「いや、こっちこそ。ユリシアも、叫んだりするんだな。」
彼はやさしげに笑った。
横に座って、さっき今日一日の話をぽつぽつとする。マヒロは聞き上手で、なんだかいつもよりうまく話せた気がした。
昨日と違い、マヒロと話しながらコアロンに戻った。ハチベイのことは忘れていないけど、ほんの少しだけ幸せな気分だった。ずっと正義だったら味わえないような。
———次の日。
「今日のお寝坊お仕置き隊はシャシャだぞ!」
「チャチャもだぞ!」
「がはっ!?」
突然腹部に鈍い衝撃があり、飛び起きる。
「「早くリビングに来―い!」」
私の腹にダイブした不届き者は、走り去っていった。
起きたての不機嫌な気分のまま、みんなが集まっている部屋に入った。
「おはようございます……」
「おう、ユリシア! なんだ、その髪w」
「ほっといてください……それより、どうしたんですか?」
マルクさんにからかわれる。だから、朝は嫌なんだ……。
「これからの会議をしようと思ってね」
ソウの言葉で部屋を見渡すと、もう椅子は一つ以外埋まっていた。
「わああああ! すみません!」
慌てて空いている椅子に座った。
「それじゃあ、これからのことだけど。丸瀬さんも、ユリシアもこちらについた。そう受け取っていいかい?」
「ハイイイイイ、わたくしはそれで構いません。もうあちらには戻れませんから……」
「私も、構いません。」
決心は、できていなかった。戦いになったら、何もできないかもしれない。でも、もう少し、この人たちを見ていたかった。私が戦うべき悪は何なのか、考えるために。
「ありがとう。それじゃあ、計画を話すね。
まず、これからマヒロには、レヴィアのいる砂漠の封柱に向かってもらう。」
「砂漠の……」
「うん。とは言っても、戦闘をしに行くわけじゃない。ハオウへの宣戦布告を伝えて、できたら彼女に協力するよう説得してほしい。」
「あらあら、じゃあ十兵衛さんはお休み?」
ミズキさんが寂しそうに言った。
「いや、マヒロに付いてもらうつもりだ。戦闘になったら、万が一のこともある。」
「あら、じゃあ張り切ってお洋服を仕立てないと!」
ミズキさんは嬉しそうにガッツポーズをした。
「次に、ユリシア。キミは火山の柱に向かってくれ。」
「火山の柱……というと、こちらの管轄なのでは?」
「そうだね、でも、このタイミングであそこを落とされるのはまずいから、追加で万が一の防衛に行ってほしい。」
「……わかりました。」
万が一……やっぱり、戦力としては数えられてないのかな。
「ミズキさんとマルクはコアロンで留守番だ。いつもごめんね。」
「ああ、構わねえよ。」
「僕もあちこちに掛け合うつもりだから、あんまり顔は見せられないけど、それぞれ頑張っていこう!」
「「「「はい!」」」」
みんなが力強く同意した後、丸瀬さんがびくびくしながら聞いた。
「ところで、作戦開始は……」
「そうだね、マヒロたちは明日、ユリシアは今日出発してくれ。火山へは市街地から近いから、一旦家に戻ってもいいよ。宣戦布告は明後日だ。締め切りもそれまでで構わないかい?」
「はいいいいい!」
*********
荷物も無いので、キュウキさんに家まで送ってもらった。久しぶりに立った市街地は、とても懐かしい感覚だった。
思えば、一年ぶりかと感慨にふける。両親に見送られて、市街の大都市へ旅立ってから、今まで一度もここには帰っていない。
どこか後ろめたい気持ちを感じながら、門扉を開いた。生垣に植わった赤いバラの匂いが鼻をつく。どこかよそよそしい気持ちになって、ベルを鳴らした。
「はぁ~い。」
能天気な声を上げて、母が出てきた。
「た、ただいま」
「あら、ユリシア! 突然どうしたの?」
「この近くで仕事になったから、戻ってきたんだ」
「そうなの。ここじゃなんだし、お茶でも飲んでいきなさい」
久しぶりの我が家は、一年前と全く変わらなくて、それが逆にどこか寂しかった。
「おお、ユリシア! 久しぶりだなあ」
今日は休みだったのか、父がリビングにいた。
それから、両親に仕事の話をした。楽ではないけど、楽しいよとか。戦場でのハー様は、やっぱりかっこよかったよとか。そんな過去のこと。
私の知っている母と父だった。いつも通りのわかっていた優しい反応だった。でも、なんでだろう。すごく、空っぽに感じた。
「あなた、少し大人びたかしら」
「……そう?」
「ええ、昔はもっと大きな声で話してたものよ、ねえ?」
「ああ、そうだね」
母は、どこか訝しむような顔で聞いた。
「ねえユリシア、本当に今のお仕事は楽しい?」
「うん、楽しいよ」
———嘘。
「まぁユリシアの道だ。好きなようにするといい」
「うん、ありがとう」
———嘘。
そうだ。ハチベイと、丸瀬さんと、アングラの人と会って感じた違和感。みんな自分の想いを持っていた。
この人たちには、なかったもの。
私にも、なかったもの。
昔から、ヒーローが好きだった。おままごとや、お姫様より、みんなを守る騎士にあこがれていた。私が騎士になりたいと言うと、いつも母は笑っていた。
私が能力に目覚めたときも、同じように。
「ユリシア、あなたはあなたの好きなようにしなさい。」
「うん! 私、騎士になりたい!」
だから、私はずっと、騎士を目指していたんだ。
悪を切りたかったわけじゃなくて。
誰かを守りたかったわけでもなくて。
ただ――。
「……もう行くね」
私はお茶を飲み終えると、立ち上がって言った。
「あら、もう行ってしまうの?」
「そうだ。もう少し居るといいのに」
「ううん。もう、いいの。」
何となく、何かがつかめたような気がした。
「それじゃあ」
玄関まで見送ってもらい、私は火山へ歩き始める。
*********
火山の入り口には、能力認証のゲートがあった。家に寄ったおかげか、少し力が戻っていた。ゲートを通って、白装束の担当者に話をすると、既にソウが話を通していたようで、火山の柱の場所と、警備の能力者のことを教えてもらった。宿泊用のモーテルに荷物を置いて、今日からのバディにあいさつに行く。
「あの~、すみません」
扉を開け、中に入ってもだれもいないようだった。
と、突然頭上から水弾を食らう。
「ぷわっ!?」
「ははっ。お前、もしかしてソウさんの言ってた新入り? 別に俺一人でいいんだけどな~」
見上げると、少し上の崖に両手に銃を持った青年がいた。
「ちょっと! いきなり何するんですか! っていうか、くさっ!?」
「ははっ。前に職員さんに仕掛けた泥水、入れっぱだったかも。俺は、ユウコク。悔しかったら捕まえてみろよ」
そう言うと、水流で落下の衝撃を殺して彼は降りてきた。
そして、私の顔にもう一度水弾を撃って、より奥の方へ逃げていった。
「ぷわっ! ちょっと、待ってください!」
火山は隆起が多かったが、彼はものともせず背中の機械から水流を噴出させて上っていく。私は迂回路を取るしかなかったが、彼は嘲るように私が見失わないくらいのところにいつも立っていた。
そして、だいぶんと上り、私は頂上に着いた。
「はぁはぁ……追い詰めましたよ……」
「追い詰めた? どこに? 先に降りてるぜ~?」
彼はそう言うだけで動こうとはしない。
「させません!」
「へぇ、じゃあ、来なよ?」
待ち構えるように姿勢を取った彼に私は素手で殴りこむ。いくら変な人だからって、仮にも封柱の守り人。悪い人では……。
「隙だらけだけど?」
渾身のパンチをかわされ、ガラ空きの顔に水弾を撃ち込まれる。痛くは……ない。
「くさっ!?」
また泥水だ……驚いて距離を取る。
「おいおい、まさか力も使えないのに来たってのか? ったく、だりぃ……」
「わ、私は正義の騎士です! 同朋を傷つけるようなことはしません!」
「へぇ……俺はするけどな!」
また彼は水弾を撃つ。間一髪でかわし、走り寄る。
「はあああ!」
私が叫びながら拳を振り上げると、彼は何かを呼ぶように手を下から上へこまねいた。
直後私の少し前の地面にあった水たまりが、私めがけて飛んできた。
「なっ!? ……ぷわっ!」
顔に水弾が当たりよろめく。膝をつき、立ち上がろうとしたとき、頭に銃口が当てられた。
「はい、おしまい。……あ? なんだよ、動かねーと死ぬぞ? ほれほれ」
ユウコクが銃口で私の頭を押す。
「なんで、こんなことするんですか……」
「うわっ、めんどくさっ」
私は心が折れたふりをして、彼の懐に不意を突いて手を伸ばす。
「おわっ! ……なんてな」
しかし、私が触れた瞬間、彼の体は水となり、消えてしまった。彼の体を浴び、びっくりして両手の感覚を確かめる。
「え? え?」
「バレバレなんだよ」
すると、私の正面。さっきまで私の後ろにいたユウコクが再び水弾を撃った。真正面から顔に当たり、私は地面に伸びる。
「うえ~っ」
「ったくだらしねぇやつだな。おい、起きろ~」
気絶した私に何度も軽く水弾を撃つ。
「ぷへっ! ああ……くさい……」
起き上がって三角座りをする私の後ろで、彼はめんどくさそうに言う。
「なんか力使って嫌なことでもあったか? 辛気臭ぇ顔されると、打ちづらいんだけど」
「じゃあ、辛気臭い顔してるので打たないでください……」
「だからさぁ……ったく、新人ならバカなやつ連れてきてくれつったけど、こういうバカはなぁ……」
バカと言われて腹が立つ。
「誰がバカなんですか!」
「そういうとこだよ」
素早い動作でまた水弾を一発食らう。
「バカになるんなら、もっとバカになれ」
「私はバカじゃないです!」
「正義の騎士なら、いつでも剣ぐらい持ってろ」
「あなたは剣を振るう対象じゃありませんから」
「言い訳はいいんだよ。ならお前は誰に剣を振るう? ソウか? ハオウか? それともハーヴィンか? ずばり悪だと言える奴も、正義だと言える奴も、この世界にはいねえ! みんな自分の正義のために戦ってんだよ。お前はどうだ? 正義の騎士様は誰のために戦うんだ?」
「あああああああ!!!」
分からない、分からない、分からない! 何のために? 誰のために私はこの剣を振るうの?
「私だって!!悩んでるんですよ!」
みんなみんな好き勝手に言って!! 私だって、そんなことわかっているのに!! 私の苦しさなんて知らないくせに!
母へ、山田さんへ、ユウコクへ、怒りに任せて右手から噴出した光の剣を振るう。ユウコクは近い間合いでも軽い身のこなしで私の攻撃をかわす。
「悩んでるんなら、答えを出せ!」
さっきまでよりも強い水弾が顔面に当たる。歯を食いしばってこらえ、叫び返した。
「誰のためにだなんて!」
私のため? 家族のため? そんなの……!
「———正義を信じる人のためです!!」
私の全身に光が、力がみなぎっていく感覚。私がかつて、正義を信じていたように、もっとみんなが正義を信じられるように戦いたい!
「へぇ……なら斬り伏せてみな!」
ユウコクが両手の銃を合わせると、二つの水弾が重なり、その大きさを増す。
「はあああああ!」
動きを見据えて二分する。
と、懐まで彼に間合いを詰められ、ガラ空きの胴体に銃口が二つ当たる。
「ま、まだまだだわな」
強烈な水流に吹き飛ばされ、崖から空中に投げ出される。
落ちる……。
「ま、今日はここまでかね」
空中でユウコクに抱き留められ、お姫様抱っこされたまま着地する。
「お前なんか臭くない?」
「誰のせいだと思ってるんですか!?降ろしてください!」
彼の腕の中で暴れたが、結局火山庁の庁舎まで運ばれ、散々職員に笑われた。あと、臭がられた。最悪だ。
*********
次の日、朝早くから呼び止められ、火山を背にユウコクは言った。
「それじゃあ、今日は特訓でもするか。」
「あの、封柱の警備とかは……?」
「あ? んなの誰も来ねーよ。暇なんだから遊ぼうぜ~。せっかく二人いるんだ。」
「えぇ……」
彼の適当な態度に呆れていると、突然オレンジの水弾が飛んでくる。何とか体をひねってかわす。
「危なっ!? 何ですか今の!?」
「あ、そうだ。今日は色付きだから、かわした方が良いかもな」
「ちょっと、先に言ってくださいよ!」
彼はにやりとしながら、微妙に昨日より遅い橙の水球を連続で飛ばしてくる。ぎりぎりかわせるくらいの、集中を欠かすとすぐにでもかわせなくなる!
「じゃあペース上げるか」
突然倍くらいのスピードの水弾が飛んできて、慌てて身をひねるも右手が橙に染まる。
「あれ、お前飛んだりとかできないの? こう……光をぶわってさせてさ」
彼はよくわからないジェスチャーをしながらぴょんぴょん跳んだ。
「できませんよ、何で騎士がそんなこと……」
「その方が楽だろ。じゃあさ、羽とか生やせないの? 光の羽とかかっこいいじゃん。」
「もう騎士関係ないじゃないですか、それ。」
「いいだろ、わがままに行こうぜ! ヒーローってのは、ニーズに応えるもんだろ? というか、天使とかお姫様とかなりたいって普通は思わないか?」
なぜか手を止めてまで、ユウコクは話を掘り下げようとする。
「私は……ないです。それより騎士にあこがれていたので。お姫様は、助けに行く方がいいです」
「じゃあ、高い塔の上に隠されたらどうすんだよ。羽がいるだろ」
「いらないでしょ!」
「一回試してみろよ。羽とかドレスとか、子供受けもいいじゃん」
「子供受けは別にいいです」
「何で? 戦闘ってのは客商売なんじゃねえの?こっちは暇だぞ……?」
「違いますよ……じゃあ、とりあえずやってみるんで黙っててください」
少し背を丸めて、背中に意識を集める。天使天使……羽、生えろ~!
自分では見えないが、なんとなく小さな羽が生えてきた気が……!
「あ! できま――ぷわはっ!?」
「あ、ごめん。なんか隙だらけだったから。」
橙色の液体でぬれた服をみて、嫌な気持ちになる。
「どうせ汚れるんだから、気にしたってしょうがないだろ。」
「もう汚れません!」
それから、何時間か昼食もはさんで、彼の水弾をかわし続けた。ちなみに、五回当たった。
*********
庁舎の食堂で夕食を食べていると、対面にユウコクが座った。
「そういえば、お前いつ帰んの?」
「……そういえば、聞いてないです。」
「へぇ、じゃあ明日にでも帰り支度しとけ」
「まだ二日なんですけど……なぜですか?」
「明日ソウが、正義陣営に宣戦布告するらしい。お前がここにいると、いろいろと面倒になるからな」
「でも、私……」
全然特訓が、練習が足りない。
「なんだ? もうここにいても、教えられることなんかねぇよ。いいか、力を強くするコツは、心の持ち方だ。てめぇを貫き通した方が勝ちだ。胸張って生きろ。」
「……はい。」
彼は少し寂しそうに笑うと、小食なのか空になった皿を返し、食堂から出ていった。
*********
次の日の朝、私は荷物をまとめて下山した。
庁舎から出ていく寸前、ユウコクに呼び止められる。
「お、もう行くのか」
「踏ん切りをつけたくて。また、どこかで」
「おう、次会うときはアングラか――会わねぇかもな」
「会えますよ、きっと。」
「そうか? そういや、俺には無いから忘れてたが、お前の苗字も知らないしな。誰だ、お前?」
「なんですか、それ……」
私は少し笑ってから続けた。
「私は、ユリシア=ルーベルベルベル。正義の騎士です。そのうち有名になるんですから、覚えててください」
「ルーベルベルベルね……ふーん、覚えやすくていいや」
「そうですね」
私たちは顔を見合わせてにっこりとし、何も言わずに背を向けて歩き出した。




