8.家族
「ボクはお前を認めないからな!」
湯に入れてあげている間、ジェイドはいつまでも喧しかった。一国の王子が直々に頭を洗ってやっているというのに。
(…目に石鹸を擦り付ければ黙るかな?)
「おい!今、なに考えた!」
こいつ…、やっぱり勘が鋭いな。
止めておこう。更に喧しくなって、サーシャに怒られる気しかしない。
「はい、目閉じてねー」
言うが先か後か、ほぼ同時に湯を掛ける。わりと勢い良く。
「うぶゎっ!
っ…姉さま助けてー!」
随分、元気そうだ。
さっきの魔力暴走…。範囲が狭かったとはいえ、天候を操ったのに。意図せず魔力を使ったのだから消耗は激しいはず…。
サーシャが教えて欲しいと言ってたのは、こういうことだったんだろう。
「君、今まで独学でやってきたの?」
湯船に浸かるジェイドに、暇なのでお湯を掛けてみる。顔に掛けてるわけでもないのに、ジェイドは都度うわっと反応して面白い。
「は、はぁ…?!当たり前だろ!」
ジェイドのその返答に、僕は大きく…、そして深い溜め息を吐いて、項垂れる。
「な…、なんだよ…。
そんなに強く握ってないだろ…?」
的はずれな心配をするジェイドに、つい可笑しくなって違うよと頭を撫でた。
本当に、当たり前だった。
両親も、祖父母すら失い、傍系が支配する伯爵家で、一体誰がジェイドに教育を施すと言うのか。
たとえその気があっても、クラヴェル家相伝の魔法は本当に誰にも教えられない。ジェイドは、自分で自分の魔力と向き合い、魔法を編み出す他ないんだ。
僕は…、本当に弟に無関心だったんだな。
「ジェイド、手を貸して。」
湯で暖まったのか、頬に赤さが戻っているジェイドに手を差し出す。
「は?!こ、今度は本気で折る気か?!」
軽く小突いて、違うよと告げる。
「水の魔法だけなら、教えられるから。」
クラヴェル家の相伝の、精神魔法は無理だけどね。
そこはディア公爵が調べるんだろう。きっと…、僕の元弟は、そうして本から学んでいた。たった一人で。
「ぇ…、でも……、」
ジェイドは驚いた顔をしてから、もじもじと視線を泳がす。
遠慮か…?警戒?
残念ながら僕はサーシャじゃないので、どういう感情なのかさっぱり解らない。
黙って手を差し出し続けてると、ジェイドは意を決したように、握り返してきたので、僕は言葉を続ける。
「基礎からね。
魔力を送るから、流れを感じて。」
言いながら魔力をジェイドへ送る。
こうすれば教えるついでに魔力の回復にもなるだろう。
「う…、うん!」
問題ない。
これもすべて、サーシャを堕とす為。ただその為の手段。
まだ元気だと言い張るジェイドを、半ば強引に部屋へ送還し、サーシャの部屋へ行こうとした途中…、執事長に呼び止められた。
公爵がお呼びだそうだ。
「本当に…、ありがとうございます。
レクシー殿下。」
部屋に入った途端、僕に頭を下げたのは、元母だった。
いつも不健康そうで儚げな印象の人だったが…、サーシャの影響か、少し健康的に見える。
「…お止めください、夫人。
僕は何も」
「いいえ…、いいえ。
わたくしは…、わたくし達は、貴方に感謝してもしきれない…!」
涙まで流す夫人に、さすがに狼狽えた。
不健康な見た目と裏腹に、元母は強い人だった。涙どころか…、弱みの一つも見せない人だったのに…。
横の公爵は、やはり顔色を変えず寄り添ってるだけ…。
(どういう、状況だ…?)
「ディア家当主として、アレクサンダー・ヴァン・フェルハート殿下に厚く御礼申し上げる。」
公爵にまで頭を下げられ、さすがに眉をひそめた。
「困ります。
そのように仰っていただく覚えがありません。」
ジェイドの魔力暴走のことなら、沈めたのはサーシャだ。娘の功績を認めたくないばかりに、僕を利用しようとしているのなら…、本当に気分が悪い。
「ジェイドに魔法を教えていただけるとのこと伺いました。」
それはサーシャのため。というか基礎魔法を教えるくらいなら、誰でも出来る。
「サーシャを襲撃から救っていただいたこと」
それについて謝礼はとっくに頂いている。金もきっちり貰った。
「娘と呼ぶ資格はないと言ってくださったこと。」
意味が、解らない。なぜ、それが感謝に繋がる?
僕はあの日、ただ怒りをぶつけただけだ。サーシャのためじゃない。あれは僕のための言葉。
「あの子には…、償いきれないことをした。
乳母が、まさかあんな事をしでかすとは…」
僕の面倒を見た乳母は、公爵の乳母でもあった。ともすれば公爵より長く、この屋敷にいた。
静かに、夫人がまたハラハラと泣く。
「わたくしが健康に産んであげられなかったばかりに…、あの子は痩せ細っていくのだと…。
あの子が、わたくしを怖がっていると…!
乳母の言葉を…、真に受けて…。
わたくしは…、結局、あの子から逃げていたのです…!」
そういえば、乳母について報告が上がっていた。雨の誕生日の数日後、乳母が足の腱を切られ、追い出されたと。
「私たちは、本当に愚かだった。」
夫人に寄り添う公爵は、片手で己の顔を覆う。表情は解らないが、その肩は震えている。
「私は…ディア公爵です。そして魔塔主。
あの子は、それを継ぐことを定められている。」
当然だ。その為に生まれて、その為に生かされた。やがてそれを次へ継ぐ。国のため、民のため、家のため。
「重く…、逃れられない責だ。
だからせめて…、子供のうちくらい、自由に、させたかった…!
責を押し付ける私が、あの子に近付くべきでないと…、そう…。
愚かだった…!!!」
泣いている。公爵が。夫人が。
なぜ、貴方達が泣く?サンドラの涙を、1度も見なかった貴方達が。
なぜ、僕に涙を見せる?まるで許しを乞うかのように…。
どうして?
貴方達はサンドラを疎んでいたはずだ。闇の力を忌み嫌っていたはずだ。魔塔主の座を渡さんと…、
「あの襲撃は、誰の命ですか?」
私を殺そうとしていたのでは?
「クラヴェル家です。
ご存知だったのでは…?」
視界が歪む。
眼球が震える。
指先すら不確かになる。
頭を殴られたように、酷い、めまいがする。
強い吐き気と、ぐるぐる回る思考が煩い。
クラヴェル家の犯行…?
なら、それなら、恐ろしいほど説明が付いてしまう。
回帰前の世界でも、そしてゲーム本編でも、クラヴェルの傍系を排除したのは…、ディア公爵だ。
心臓が段々と早くなっていく。視界が回り続け、指先が震える。
サンドラは………僕は…、一体、どこまで…?
耳鳴りの中、頭を持ち上げる。アレクサンドラとは違う、黄金色の目を見つめる。
「アレクサンドラを、愛していますか?」
「当然だ。」
「もちろんです。」
どこまで、無関心だったのだろう。
もしこれが、本当に真実だったと言うのなら…、チャンスはいくらでもあった。
恐れて、離れて、否定して、伸ばされた手に、ありもしない凶器を見出して…。
「サーシャには、とても怒られました。
過ぎた日々は返らないし、私達を永遠に許さないと。」
意外だった。あの子なら、いつもの無邪気な笑顔で、簡単に許しそうなのに。
「だから、永遠に償って欲しい、と。
ちゃんと言葉にして、抱き締めて…、側にいてと…っ。
そんな…、そんな簡単なことを…、私たちは今まで…!」
公爵が泣いている。
元父が、元母が悔いている。
ああ、本当に?本当に、サンドラは愛されていた?
本当なら。
手を伸ばせば、すぐ側にいた?簡単なことだった?
それが真実なら。愛されていたのなら。本当に
悪いのは僕だけじゃないか。




