7.姉弟あるいは兄弟
恥死の治療は忘却を持って成功し、僕は次の日から普段通り過ごした。
「カーネリアン皇太子からです。」
カーネリアン・ヴァン・フェルハート。この国の第一王子で…、一応、僕の腹違いの兄。兄といっても、たった数ヵ月の…だし、さほど会った記憶もない。
そんなカーネリアン殿下から、見舞いの品が送られた。
「お気遣い結構。」
怪しすぎるので受け取り拒否した。
刺客の多くはカーネリアン派の貴族からの物なのだ。その本山なんて…、関わらないが吉。
そう思ってハッキリ断ったのに…、カーネリアンは僕へ不運を贈っていたらしい。
二週連続でサーシャに茶会を断られた。
「うわーん
姉さま、ボクこの人こわーい。」
痺れを切らしてディア邸へ来てみれば…、何やら虫が付いている。
虫は自分で歩くことすら出来ないらしく、サーシャの腰に引っ付いて…。更には知能も分別もないらしい。僕の目の前でもそれをやめないのだから。
「こらジェイディ。
レクシー様は貴方のために…」
断じて違う。君のためだ。君を堕として復讐するためであって、断じて元弟のために来たのではない。
「だってぇ…」
全身が悪寒に震えた。
なんだその媚びた声は…!そしてなぜ抵抗しないサーシャ!それは弟とは名ばかりの他人の男だ!
ジェイドはなおもサーシャに引っ付いたまま、チラッと僕を見て…、ニヤリと笑った。
(コイツ…!)
ギリッと奥歯で怒りを圧し殺し、笑みを向ける。
「クラヴェル令息…。
僕のサーシャと仲良く出来ているようで…、何よりだ。」
極めて紳士的に、手を差し出す。
コイツは…、1ミリも変わっていない。
サンドラの記憶でも、コイツはやたら元母に懐き、抱き付いては僕にああして笑っていた。
忌々しい元弟…!よもやサーシャにまで手を出すとは…!!!
「サーシャ姉の弟のジェイドです。
第2王子殿下。」
嫌みと敵意満載の言葉。それと共に握られた手は、僕の手に爪を刺してきた。
「よろしくね…、義弟くん。」
なので、折る程の力で握り返した。
「ぐゎっ?!いったぁっ?!!」
愚か者め。子供の三歳差を甘く見るな。
「失礼。あまりに小さい手で、目測を誤った。」
うずくまるジェイドに、僕は勝ち誇る。
良いストレス発散法だ。今後僕が成長したら、執務室に一台置いてやっても良い。
「レクシー殿下!!!」
えっ。
「さ、サーシャ…?
吹っ掛けてきたのはジェイドの方で…」
生まれて2年目、スマホ越しも含めれば20年。
「お兄さんでしょ!優しくしてください!」
初めて、サーシャに怒られた。というか人生ではじめて叱られた…。
極めて幼い頃、教育のための体罰は受けたことがあっても、物心付いて以降、完璧そのものだった公爵令嬢のサンドラを叱るものなど一人も居なかった…。
なのに、よりにもよって堕とそうとしてる相手に…。
「ジェイディも!
どうして意地悪するんですか!仲良くするって約束でしょ?」
サーシャに手を擦られながら、ジェイドは泣きべそをかいている。
珍しい。ジェイドが泣く時はいつも静かで、綺麗に泣くものだと…そこだけは感心していたのに。
「だ、だって…、ずるいんだもん!僕の姉さまなのに…!」
「だってじゃありません!
約束を破るような子、姉さまは嫌いです!」
これまた珍しい。どんなに嫌いな野菜や虫にも、好きじゃない、苦手、としか言わないサーシャが、嫌い、と断言するとは…。
「…ん?」
ふと、雨が降ってきた。
先程まで快晴だったのにと驚いて空を見上げるが…、どうも降っているのはここだけ…。
「ごめ、なさい…!嫌わないで!!!
と、取られると、思ったの…!ごめんなさい!!!」
まさか…、ジェイドの、魔力暴走か…?
「…っ………。…そう。
…うん。そうだよね…。
ごめんね。寂しかったのね、ジェイディ。」
サーシャは何の躊躇いもなくジェイドを抱き締めた。雨に驚きもせず…、涙や鼻水で汚れるだろうに。
「ごめん…なさ…。
す、捨てないで…!良い子、に…するから…!
ごめんなさい!!!」
ビックリした。そして何を言ってるのかと思った。クラヴェル家の嫡男が…、一体なにを?
血統と高い魔力。捨てられるどころか、君の方が使い捨てる立場なのに。
「うん。大丈夫だよ。不安だったんだね。
気付かなくてごめんね…。」
サーシャは泣き続けるジェイドに、あやすように言葉を掛ける。
服も髪も雨のせいで濡れてるし、肩はジェイドのせいで汚れ、背中には爪まで食い込んでる。
「だいじょーぶ。姉さまはここに居るからね。」
段々と雨は止んでいき、フッと魔力が消え去る。魔力暴走が収まった。
「…ジェイディ?」
ジェイドはサーシャの腕のなかで力を失う。
不安げな顔をするサーシャに、すかさず声を掛ける。
「大丈夫。気絶してるだけだ。」
代わろうと言って、ジェイドを預かって、サーシャへ立てるかと声を掛ける。
髪も服もびちょびちょで、膝も泥に汚れている。
「…すぐ、暖まった方がいい。
背中も治療しなさい。」
僕の目の前で傷を付けるとは…、ジェイドめ。本当に腹立たしい。
いや。僕は、止めなかった。ただ呆然と立っていた。
理解しがたかったのだ。知らなかった。思いもよらなかった。まさか…、ジェイドが自分なことをあんな風に思っていたなんて。
「ごめんなさい、レクシー様。
迷惑を掛けてしまって…」
眠るジェイドの顔をじっと見つめる。
僕より幼い年齢で、たった一人、知らない家に来た元弟。
「いや…、僕こそ。大人げない対応をしてしまった。」
ずっと嫌われていると思っていた。母を奪うようなジェイドを憎んでいた。
でも、最初からそうだったろうか。
はじめて会った時…、手を差し出したジェイドに、無関心を貫いたのは、僕の方だったじゃないか?
自分の闇の魔力とは違う…、クラヴェル家の完全な魔力を持ったジェイドが、妬ましくて。傷つけるのが怖くて。嫌われるのが恐ろしくて。
僕の方から拒絶した。
…君はただ、構ってほしかっただけだったのか?




