5.慣れ親しんだ味
魔塔への訪問は、あの襲撃のせいで仕切り直された。
数日後にやっと果たされた、魔法使い達への顔見せ。
結果は、ほぼ最高のものとなった。
魔力覚醒は通常10歳を過ぎてから。その3年も早く、7歳にして魔力を覚醒させたサーシャを、時期魔当塔主として歓迎しない魔法使いは居なかった。
(そういえば…、魔法使い達だけは、闇魔法を問題にしていなかったな)
つい…、詮無いことを思い出してしまった。
「ご機嫌よう、公爵様」
今回は"アポ"あり訪問だ。"アポイントメント"って言うんだっけ?
せっかくなので練習したボウ アンド スクレープを披露して見せる。
当然、カーテシーの方が得意だが…、こちらもかなり様になっているだろう。
「ようこそ、アレクサンダー王子殿下。」
さすが公爵は年季が違う。僕の方が美しいのは間違いないが、こなれ感が何だかカッコいい。とても悔しい。
公爵の後ろから、ぴょこっと小さな黒頭が出てくる。
「レクシー様!
…あっ」
一拍ずれて、サーシャもカーテシーを披露してくれる。当然優美さは欠ける。それに気になる点もいくつか。あとで指摘しよう。
…けれど、よく努力したのが伝わる。及第点だろう。
「サーシャ、元気だった?」
少し砕けた言葉を向ける。するとサーシャはほっとしたように体を楽にして、僕へ笑みを返した。
「はい!
レクシー様は?
あっ、今日は新メニューがあるんです!
海鮮ってお得意ですか?
大丈夫です!苦手でも別メニューもありますから!」
質問されてるのに全く答える隙がない。"マシンガントーク"というやつだ。
そのまま手を握られ、引っ張られるように屋敷へ案内される。
チラリと公爵を見れば、スマホ越しにしか見たことのない…、柔らかな笑みを浮かべていた。
けれど僕の視線に気付くと、一つ咳払いして、またいつもの無表情になる。
(…やっぱり)
元父の笑みは、サーシャだけの特別なのだろう。
ラベンダーの咲き誇る花園。そこに漂うのは花々の柔らかな香り…、ではなく食欲をそそる美味しそうな匂い。
「エビアボカドのサンドイッチです!
あと"マヨネーズ"!」
テーブルの上いっぱいの品々は、どれも目新しいものばかり。
エビはともかく、アボカドは最近になって輸入されるようになった食材。更に"マヨネーズ"はサーシャの開発だ。
回帰前の世界。サーシャはその料理の腕を武器に、茶会で無双していた。
甘いものもしょっぱいものも何だもござれな手腕。
僕はそれをスマホ越しに見て…、ぶちギレた。劣化の如く。
あろうことか…、サーシャはそれらのレシピを無償で教えてしまっていたのだから。
「どうですか?美味しいですか?!」
木漏れ日のお茶会で、今度は僕が君に餌付けされる番らしい。
あまりに嬉しそうで…、試しに、口いっぱいに頬張って、過去の君をからかってやろうかと思った。
(…止めておこう。)
きっと君は更に喜ぶだけだろうから。
「うん。美味しいね。」
もはや慣れ親しんだ味。
サーシャの料理は、あの死後の世界で度々食べていた。
最初はどんな酷い味か扱き下ろしてやろうと思っていた。
しかし食べてみると…、扱き下ろすどころか、むしろ逆。あまりの美味しさに一人拍手してしまっていた。
いつの間にか、サーシャの料理を楽しむ時間が、あの世界で数少ない娯楽になったのだ。
「ふふっ…、良かった!」
そう、サーシャは満足気に笑っていた。あまり、リアクションをしてあげられなかったというのに。
…あとで、このレシピの独占を命じよう。
ついでにアボカドの専売権を買って…。マヨネーズは貴族向けに販売。サーシャが作ったはずの撹拌魔道具の研究と販売も進めて…。レシピはそのうち解明されるだろうから、ディア家の名前でレストランを作ってブランド化。客層は貴族向け…、会員制にすれば更に…。
「みんな喜んでくれるでしょうか?」
…まあ。原価の調整をすれば、大衆向けのレストランも作れないことはない。
そうだ。どうせサーシャは今後も色んな料理を開発するんだから、雑多な料理屋もあった方が良いだろう。
開業については公爵と詰めるとして…。本題を聞こう。
「喜ばせたい人が、居るようだね。」
悲しいかな、僕は実験台の一人に過ぎない。
回帰前の世界で、…君はこれを"弟"のために作っていた。
「えっへへ…。
私、お姉ちゃんになるんです。」
照れ臭そうにはにかむ君は、弟の来訪を待ち望んでいるらしい。
数週間後、ディア家に"弟"がやってくる。…正確には人質と呼ぶべきか。
クラヴェル伯爵家。
ディア家と共に建国に関わった四つの家紋の一つ。
代々宰相として、常に国の中枢にいた由緒正しい家。だが、それは過去の話。当主が逝去して以来、実権を傍系に奪われている。
この傍系が政に向いてないのなんの…。
「ジェイドくんって言うんですって!」
生き残った、唯一の直系のご子息だ。
傍系は、あれよあれよとディア公爵の口車に乗せられ、ディア家へ借金。その担保として、直系のジェイドが送られてくる。
「かなり強い魔力を持ってるそうなんです。」
公爵の狙いはジェイドの魔力だろう。
魔塔主として、クラヴェル家の魔法を研究してみたい。ついでに成長したジェイドがクラヴェル家の実権を取り返せば、大きな力となる…、と言った所。
「それで…、もし良ければ、弟にも魔法を教えていただけませんか?!」
突然身を乗り出してきたサーシャ。つい仰け反って、唖然としてしまう。
「え、僕が…?」
ジェイドの研究なら、むしろ公爵がしたいはずだ。
そもそもゲーム本編でのジェイドは、教えるまでもなく魔法を扱えていた。そして回帰前は…、むしろジェイドがサーシャに教えていた記憶している。
「レクシー様に教えて貰うの、すっごく解りやすかったから!」
あの襲撃後、僕がサーシャに魔法の手解きをしていた。魔力暴走してケガをされても困るからだ。
でもそれが解りやすかったのだとしたら、それはそもそもが僕の体だからであって…。
「ずーっと根気強く手伝ってくれたじゃないですか!
めっちゃスパルタだったけど!」
…遺憾だ。
「僕は常に、君にだけ優しいはずだけどなぁ…?」
君を惚れさせるため。極めて紳士的に接してきたはずだ。常に。いつも。
「いや顔めちゃこわ…、
嘘です!冗談です!優しいです!」
なんだか言わせたみたいで…、とても不服だ。顔か。この顔のせいか。
美しすぎるものは時に恐怖を呼び起こすという。アレックスめ…。不良品の体を寄越したな?
「僕は君にだけ優しいから。
君のお願いなら何でも受けるとも。
優しいからね。」
顔が不良品なら、態度で示す他ない。
どうせジェイドに教育なんて不要だろうから、それっぽくしてやるだけで願いを叶えたことになるだろう。
「ありがとう!レクシー様大好き!」
(…は?!)




