4.白馬の王子は向いてない
「お手をどうぞ、レディ。」
笑みと共に、馬車へ乗るサーシャに手を差し出す。
「あ…、え?」
サーシャはいつもの驚いた顔ではなく、今回は、戸惑った顔をしている。
僕が、行く手を遮ったからだ。手を差し出される前に、自力で馬車に乗ろうとしていた君を。
「お手を、どうぞ。」
努めて冷静に、けれど有無を言わせぬ覇気を持って、サーシャをたしなめる。
この娘ときたら…、貴族として目覚めて1年が経ったのに、未だレディとしての立ち振舞いがなっていない。ディア家の教育係はどうなっているのかと問い質したくなる。総取っ替えされたとは聞いたが…。
(僕がこのくらいの頃はもっと…)
「す、すみません…、レクシー様。」
揺れる馬車のなか、いつになくサーシャはしおらしい。ディア家の令嬢足るもの、そんな風に謝るべきではない、とも思うが…。
否。サーシャは向こうの世界の常識を持って生きている。ここしか知らない僕とは、比べられない。
「ううん。僕こそすまなかった。」
僕だって君の常識を知らないし、きっと慣れない。謝るべくは僕の方だろう。
それに確信したこともある。やはりサーシャにとって、この世界は初めての世界のようだ。僕と、アレックスだけが、回帰前の世界を覚えてる。
「つい心配してしまったんだ、ごめんね。
君は、裾の長い美しいドレスを着てるから。」
今は子供だから、さほど長くない簡単なドレス。だけど、これから成長していけば丈は伸び、更に歩きにくいヒールを履くことになる。馬車用の階段を使とはいえ…、それでも不安定だ。
少し踏み外しただけで、簡単にケガをするだろう。
「あ…、そ、そっか。
うん!気を付けます!」
元気の良い返事に少し安堵する。
サーシャは賢い子だ。それを嫌と言うほど見てきた。今後、サーシャは必ず僕の手を待つだろう。
「良かった。」
心からの言葉だ。君が、僕以外の何かに傷つけられるのは許せないから。
痛みも、悲しみも、絶望も、その一片足りとも、誰にも譲りはしない。君は真綿に包まれて、存分に甘やかされて生きるべきだ。
幸福を感じた分、いつか僕が与える絶望は果てしないものになるから。
それはきっと、2度と明日を見られないほど。
「優しいんですね、レクシー様。」
また、君はそうやって僕に無邪気な笑みを向ける。
「…君にだけだよ。」
真実だ。僕にあんな憎しみを与えたのは、君だけなのだから。
(さて…、そろそろだろうか?)
窓の外を見つめ、周囲の様子を伺う。
「レク」
ガコンッ!!と音が響き、同時に強い衝撃が走る。
「きゃっ」
お、令嬢らしい声、と感心しつつ、バランスを崩したサーシャを抱き止めた。
「な、なに?…あっ!」
少し間を置いて、腕の中のサーシャが叫ぶように声を出した。
どうやら思い出したらしい。
抱き締めたまま、サーシャに静かにするよう、自分の口に人差し指を添える。そのまま魔力に集中する。
「…6人。」
気配を探り、スマホ越しに見ていた通りだと確信する。
回帰前も、サーシャはこの襲撃を忘れていた。
仕方のないことだ。悪役令嬢が幼少期に受けた襲撃なんて、ゲームでたった一行…、情報として綴られていただけだから。
「ここで待てる?」
腕の中に微かに震えを感じる。やっぱり君の世界は、こんなところじゃなかったんだろうな。
「わ、私、大丈夫です…」
この大丈夫は、放っておいて平気と言う意味。
そんなわけ…と鼻で笑いたいところだが、これはアレクサンドラの魔力覚醒イベント。この襲撃を通じ、命の危機に瀕することで、サーシャは魔法使いとして覚醒する。
(だけど、)
「ダメだよ。」
額に口付けを落とす。その震えが一瞬でも止まるように。
「…へ……?」
どうやら効果覿面だったらしい。呆けた顔を僕だけに晒すサーシャ。今まで見た顔のなかで一番マシだ。
どこか高揚する体に魔力が巡る。
「炎よ。」
手のひらに魔力を集中させる。同時に、外から扉が開かれた。サーシャを殺さんとする刺客へ、僕は白い炎を放った。
「ぐわぁ!」
サーシャを殺すのも、恐怖を与えるのも…、すべて僕だけの特権なんだから。
「れ、レクシー様?!」
しっかり驚いてくれるサーシャに、ちょっと良い気分になる。
続けざまにもう一人も来て、今度は魔法を使ってきたけど、当然僕の敵じゃない。
「ま、魔法使いなの?!」
そこか、とちょっと落胆。自分を助けてくれる白馬の王子へのドキドキ…、ではなく未知の力へのワクワクらしい。
その"トキメキ"は困る。
魔法を使える貴族など、掃いて捨てるほど居るのだから。
ちょっと悩んで、結局、投げ遣り気味に答えた。
「君だけの、ね。」
嘘じゃない。これは君を殺すためだけの力だから。でも、どうせ君は反応しない。
襲撃から救ってくれる白馬の王子様作戦は、どうやら失敗。けれど構わない。
サーシャの魔力覚醒を防ぐこと。そっちが本来の目的だからだ。復讐相手をわざわざ強化させる理由はない。
とはいえ…、ディア家の令嬢を殺すにしては随分と雑というか…。
「レクシー様!」
腕を引っ張られ、椅子へ押し倒される。
(なっ…!力つよ?!)
僕は貧弱も貧弱だったはずなのに、なぜ?そしてハタと気付く。ディア家の家庭環境が、早めに改善した結果だと。
視線をやれば、さっきまで僕の頭があった場所を剣が通りすぎ…、更には窓を破壊して襲撃者が一斉に襲いかかっている。
6人は魔法で対応できる。想定の範囲内。けれど、視界の端…、もう一人いる…。
そしてまた僕は気付く。ディア家の御者さえサーシャを殺そうとしてたのだと…!
「サーシャ!」
遅かった。傲っていた。間に合わない。完全には防げない。
サーシャの頭と背中を必死に抱き寄せる。
こんな、子供の手で剣を防げるか?
魔力を練る。だが間に合わない。
それでも、守らなければ。せめて致命傷だけは防がなければ。さもなくば…。
銀の剣が、キラリと光る。そこに映るは、見知った黒い髪。
僕はこれをよく知っている。息を尽く間もなく、すべては赤に染まるのだと。
(また…、奪われるのか?)
親愛も。友愛も。恋慕さえ。何一つ、サンドラの手には入らなかった。…果てはこの復讐心さえ。
「お願い!」
瞬間。強い光が視界を飲み込む。
違う。これは闇?僕があれほど忌み嫌った…、呪われし闇の魔法。
アレクサンドラが悪役令嬢と呼ばれたすべての元凶。
魔物を彷彿とさせるこの力を、民が、両親が、私が、誰もが恐れ嫌った。僕を蝕んだ呪わしき力。僕が生まれてきてはいけなかった理由。
なのに…、ああ……、どうして…。
君が使うだけで、こんなにも暖かな…、柔らかな月明かりの夜のような魔法になる。
「…忌まわしい。」
「レクシー!ケガはない?!」
肩を捕まれ、ハッと我に返る。
口を滑らせた。聞かれただろうか?バレたろうか?僕が、君を恨んでると。
「れ、レクシー様?」
その瞳は、ただ僕を気遣っていた。
聞こえなかった?この距離で?…それとも。そうだ。違う。
分かってるんだ。
サーシャは、僕が君を利用するつもりなことを、とっくに理解してる。
そうか。
やっと分かった。
君って馬鹿なんだな。




