3.お茶会とお茶会
『あっはははは!
ふ…ふはっ、あははは!』
時おり机まで叩いて、笑い続けるアレックス。あまりのしつこさに、ついに耐えきれずなり、ガチャンッとわざと音を立てカップを乱暴に置いた。
『ごめんごめん、…ふっ、
あー…、ちょっと待って息整える。』
尚も笑うアレックスに、怒りを通り越して呆れてしまう。
サーシャを見送ったあと、僕は王宮で眠りについた。そして僕は…、私は、夢の中、サンドラに戻っていた。
『いやぁ…、まさか1日で目標達成とは恐れ入ったよ。』
いつも通りの柔らかな笑みを浮かべつつも、その肩は若干震えている。
馬鹿にしているのか、何なのか。この男がこんな風に笑うのは生まれて初めて見た。
いや死んでいるのだけど。……いえ生まれたのだけど…?
『順調そうで何よりだ。レクシー?』
紅茶に口をつけるアレックスは、まるで絵画のような美しさ。
いつの間にか見慣れた冷静さを取り戻していたらしい。さっきまでの笑いは私をおちょくるための手段だったかと思えるほど。
「ご冗談を。
あんなの序の序の序ですわ。
依存する程度には恋慕していただかないと、壊し甲斐がないというもの。」
少なくとも、私がゲーム内で、この蛇男に向けた程度の感情を。
『うーん、確かに。
なら次はあれかな?』
嗤うアレックスに吊られ、私もほくそえむ。
私の人生は不幸だらけ。ゆえに堕とすチャンスなど無数にあるのだから。
「そう、上手くやっているのだね。」
夢の中より少し濃い紅茶は、昼過ぎの眠気を取り払ってくれる。
さすがは王宮。何もかもが一級品だと感心してしまう。
「はい!
今朝も両親が見送ってくれました!」
元気一杯なサーシャの笑みは、何度見ても、自分の顔だったとは思えない。サンドラは決して、口を開けて笑ったりなどしないから。
…あれから、1年経った。ずぶ濡れの誕生日以来、サーシャの家庭環境は正常に近づいているらしい。スマホ越しに見ていた回帰前の世界より、1年早い。
「これもお食べよ、僕のお姫様。」
痩せ細っていた体は健康さを取り戻し、日々その元気さに拍車が掛かっていく。
元は自分の体だったそれが、健康になっていくの見るのは…、決して悪い気分じゃない。
「ありがとうございます!
貴方のではありませんが!」
サーシャと週に一回はお茶会を楽しむようになったものの…、あの日以来、サーシャは僕に1ミリもなびいてない気がする。
…試してみるか。
そっと紅茶を置き、己の組んだ手に顎を乗せてみる。
「どうして?
僕は君の婚約者だろう…?」
蛇男から学んだ上手な笑み。ついでに上目遣い。これでもかと媚びてみる。他はともかく、顔だけは良いだろう?と自信を持って。
なのにサーシャは驚いた顔はするものの、頬を赤らめたりはしない。
「ええ!まあ!」
…さすがに自信を失くす。
ただでさえ僕は、紳士の振る舞いについて無知なのだ。僕の振る舞いに問題があるのかと不安になってしまう。己が美形と解っているから尚更。
なのでこの前、侍女に試してみた。
微笑んで、殊更に構ってみた。すると、あっさり情報を吐いてくれた。何だか知らないけど、僕を毒殺するつもりだったらしい。"ラッキー"。
つまり僕が下手なのでなく、サーシャに見る目がない。
…くそ。
サーシャの好みは追々探っていくとして……。
「ところで、魔塔へ行くんだって?」
魔塔。空に浮かぶ魔法使い達の研究施設兼居住地。多くの魔法使いを、まとめあげ、制御する魔塔主が居わす城。
「ん!ふぉなんれふ!」
不明瞭が過ぎる声に顔をあげて見る。すると、なぜかサーシャが頬をパンパンに膨らませていた。どうやら、僕が勧めたサンドイッチを口一杯に頬張ったらしい。
「落ち着いてお食べよ…。」
頬の食べカスを拭いてやる。
サーシャは紅い目を無駄にキラキラさせて、これおいしーれふ!などと言っていた。
美味しいのだとすれば、それは当たり前のこと。
君がこの王宮で口にするもの、目にするもの、触れるもの。すべて君好みに調整済みなのだから。
尤も、僕の管轄できる範囲に限るけれどね。
十分に堪能したサーシャが、改めて口を開く。
「そうなんです!
公爵様がいつでも来て良いって!」
今の魔塔主はサーシャの父…、ディア家当主。元父。
ゲーム本編でも、元父は魔塔主であるが故に、家へ寄り付かなかった。更に元母もまた優秀な魔法使いだった。それに故に家にいたのはサンドラと…。
サーシャの話を聞く限り、今は家族3人で過ごしているようだけれど。
「同行しても?」
笑みを向けたまま、コテンと首をかしげてみる。
さっき意味がないと解ったのに、懲りずに挑戦し続けてしまう。この負けず嫌いな性格は死んでも直らなかった。
「えっ」
予想通り、君は驚いた顔をするだけ。その頬は赤らんだりしない。
まあ、言い訳はいくつか思い付く。君の性格なら、近くの領地に問題が…、とでも言えば断りはしないだろう。
「ちか」
「もちろん!」
(は……?)
驚いた。
今、サーシャはもちろんと言ったのか?僕が言い訳を口にする前に?
「……………そう?」
思わず疑問系になってしった。僕から頼んだくせに。それほどに驚いた。
だって、君が無邪気に笑うから。まるで喜んでるみたいに。
それはおかしい。
あの日。君は僕を見て、確かに"裏ボス閣下"と言った。
君は、僕が君を裏切ることを知っている。ゲームを通じて、そのシナリオを散々見てきたはずだ。なのに…、なぜ?
「…サーシャ。」
頬に手を伸ばしてみる。
さっきとは違って、拭ってやる必要のない…、柔らかな頬に。
「どうしました?」
サーシャはされるがまま。ただ、キョトンとこちらを見つめ返すだけ。
避けない。けれど手を重ねて招き入れることも、そして恥じらうこともない。
ただ受け入れるだけ。
「…君は」
どうして、こうも無防備なんだ?
「レクシー様?」
(…いや。)
伸ばした手をサッと引く。そして、いつも通りの笑みを浮かべた。
「有り難く、同行させて貰うよ。」
理由など、どうでも良い。
君が馬鹿なのか、希代の策士なのか、とくと見届けてやろう。僕の復讐は必ず果たされるのだから。




