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悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第二章 「学園編」

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6.男の聖女なんていない。

 ドカッ…と、大きな音を鳴らしながら、男はソファへ身を投げた。


「まったく…。」


 深い溜め息と共に、忌々しげにアスコットタイを崩し、胸元をくつろげる。

 その粗雑な仕草にすら、どことなく色気を感じてしまう。興味の無い僕ですらそうなのだから、あれだけ騒がれるのも道理ではあるのだろう。


「男よりはマシだと思ったのだがな。

 耳がおかしくなりそうだ。」


 足を組んで、空を仰ぐ男は心底疲れているようには見える。とはいえ…。


(煽ってたのはお前だろう…。)


 必要以上に声を上げさせていたのは、間違いなくこの男自身だ。

 僕の耳はとっくに可笑しくなってるわけで。


「お前も座ったらどうだ。

 存外、悪くない座り心地だ。」


 髪を掻き上げながら笑いかけてくる男。それを見ていると、特に深い理由もなく、その銀髪を残らずむしってやりたくなる。


(…)


 フッ…と、僕は笑みを浮かべた。

 むしろ1本だけ残した姿を思い付いたから。我ながら素晴らしい"スタイリング"。


「ところで閣下、なぜ私をお呼びに?」


 正直、理由に興味はない。目下の問題として、安易に座って長居したくないだけだ。


「座ったらどうだ。」


 …………。


 本気で耳がおかしくなったのかと思った。むしろそうであって欲しかった。


 くそっ。カーネリアンめ…。面倒な男を押し付けてくれたものだ…。


 頭のなかで、カーネリアンにどんな嫌がらせをしてやろうかと悩んでいると、笑い声が聞こえてくる。

 見れば、男が心底愉快そうに僕を見ていた。


「太公様はかくも短気と見える。

 ワガママ放題であったか、抑圧のされ過ぎか。」


 面倒な人間だとわかったので、とりあえず笑っておく。否定でも肯定とでも、お前の都合のよい方に捉えれば良いということで。


 …大方、幼くして太公となった第二王子に興味が湧いただけなのだろう。特に目的とかない暇潰し。


(皇族らしいな。)


 特に不快感はないが、興味もない。否、失せたというのが正しい。


 北の帝国の皇子には、多少は興味があった。警戒という意味でも、単純な好奇心としても。どんな人間なのか、どんな考えで、どんな皇帝となるのか。


「ご期待に添えず、不甲斐ないばかりです。」


 甚だ、期待外れだ。


 この男にも、それ以上に、こんなつまらない男に負ける他の皇帝候補に。


「このオレを見下ろすか。」


 キン…と一瞬だけ耳鳴りのような感覚が襲った。魔法とすら見紛うような威圧感。


 こんな小物からすら感じ取る、己の鋭敏さに驚いた。

 それとも、小物であれど、本物でもあるのか。


(…本当に面倒だ。)


 見下ろす、という言葉の意味が、物理的なの精神的なのか。どちらにせよこの男は執拗に、僕に座るよう望んで…、否、命じている。

 座る方が不遜では…、と言いたい所だが、己の鋭敏さを信じ、黙って座る。

 これで満足かとばかりに視線を送りながら。


「フハッ。素直な奴よな。

 よいよい。許す。」


 男は満足気に笑いながら、僕に異国の茶や菓子を勧める。

 随分と楽しそうで何よりだが…、その言動を、我が国内の学園で、第二王子に対して行うことに、幾ばくの意味があることか…。


 一つ確かなことは――


 水色がかった氷のような髪。月光そのもののような銀の目。静かな睡蓮を思わせる美貌と相反する尊大な態度。


(この男は、僕にとって価値がない。)


 笑みを続け、茶に口をつけた…振りをする。


「美味しいですね。」


 毒の心配以前に、単純に口に入れたくないから。

 こんな一杯一杯が、サーシャの味を上書きする。その事実だけが心底不快でならない。


「フッ…、フハハハハッ!

 美味いか!そうかそうか、苦丁茶が美味いとはなぁ?」


 男の言葉に、僕はバッと顔を上げた。この世界で聞かないはずの、聞き覚えのある茶葉に。


「んん…?知っていたか。

 博識だな、好事家の太公よ。」


 単純に驚いた。"苦丁茶"というのは、サーシャの世界だけのもので…、てっきりこの世界には存在しないと思っていたから…。


 僕はその前提で、我が国と外交関係のない東の遠い国のものだとカーネリアンに話していたのに…。


 …試してみるか。


「東の国のものでしょう。

 健康に良いとか?」


 ハッタリだ。僕が"苦丁茶"について知っているのは、極めて苦いという事だけ。それ以外は憶測だ。


 産地も、毒性も。


 けれど、サーシャがわざわざ毒を探すはずがない。そして毒でもない苦い茶が流通するのは、むしろ健康に良いから。その方が、サーシャが嫌がらせ用に望むのにも合点が行く。

 産地については…、もう運でしかない。

 回帰前の世界で、サーシャが「東にはどんな国があるんですか?」と聞いていた。ただそれだけ。


 さて、僕の運はどれ程のものかな?


「どこかで情報が漏れたか…。

 オレだけの戦果なのだがな。」


 素晴らしい。僕の運はかなり良い。おかしくなった耳の対価かな?


 東の国との貿易は、北の帝国ではなく、この男個人が勝ち得た関係のようだ。


 東の国への航路を見つけ出しているとは…。小物の癖に人望があるらしい。


 ………ふむ。


「まあ良い。

 オレは貴殿を買っているんだ、太公様?」


 居直す男に、僕も茶を置いて向き合う。


 服は乱れたままなのに、佇まい一つで気品すら感じるのは顔のお陰か、こっちが本来の姿なのか。…それとも、僕がこの男に価値を感じたからか。


「先の黒蛇病もさることながら…、貴殿が太公になってからというもの、明らかに王国の死者が減っている。

 それも聖女不在の国がだ。」


 聖女。祈りによって、病、呪い、はては災害まで、あらゆる災いから人々を守る存在。


 先代の聖女がお還りになって以来、我が国には40年以上聖女が居ない。


 これは異常だ。


「貴国の栄華は陰り知らず…。

 羨ましいものだ。」


 不在そのものは、長い歴史において無い訳ではない。紛れもない凶兆として。

 歴史を繰り返すのであれば、大いなる災いが振りかかるはずだった。それこそ、国民の三分の一が死に絶えるような。


「まるで聖女は健在であるかのように。」


 ところが、ここ5年間…、災いどころか、我が国民は増える一方。出生率はさほど変わらないものの、死者が圧倒的に少ない。


 税金取り放題。有り難いものだ。


「アレクサンダー太公。

 貴殿が齢10にして、太公の地位を得たのは…、聖女にも匹敵する加護を得たから…」


 男はニヤリと不敵に笑った。確信めいた、弱みを見つけたかのような。

 僕は敢えて、もう一度、男の勧めた茶を飲む振りをした。


 動揺してると思われたかったので。


「違うか?」


 全然違います。………という言葉はギリギリ飲み込み…。


「よく、お調べになったんですね?」


 なんとなぁく、それっぽいことを言って、悪そうな顔をしてみる。


 これは相手から情報を引き出そうとか、逆に引き出させないため…とかでなく、ちょっと恥ずかしくなっちゃったから。


 僕に聖女の力なんてない。それどころか今回の話に限っては、意図すらしてなかった。僕の功績じゃない。


 国民が、勝手に、覚えたのだ。


 手洗い、うがいを。


「病や呪いの減少は、貴殿が頻繁に出入りしていたディア領を中心に起きている。

 それも、"マイマイ"祭りなる儀式をして以来。」


 あー、なるほど…。祭りを儀式的なものと思ったのか。あんなただのカタツムリ狩りを。

 中途半端な情報って恐ろしいな。


「僕は立ち会っただけだよ。」


 やたら大仰に言われてしまっているが…、本当に違う。

 祭りで、手洗いうがいを教えたのだって、あくまで黒蛇病対策。

 それがまさか、多くの病に効くなんて想像もしてなかったし…、さらにそれが王国中へ広まるなんて…、もう手に終えないレベル。


「何もせずとも…。それこそ聖女足る証左では?」


 違う。


 俺は聖女じゃないし、病を鎮めたのは聖女じゃない。


 …強いて言うのなら、サーシャが子供たちと「あわあわ手洗い~♪」とか歌ってたせいだ。ほぼ間違いなくこっち。


「そうだとして?」


 …とはいえ、また中途半端な情報を与えて、今度はサーシャを聖女と思われたら…、それこそ、たまったもんじゃない。


「いやなに、オレにも協力出来る事があるのではと思ったまでだ。

 男の聖女など前代未聞であるが故な。」


 コイツ、あくまで僕を聖女にしたいのか…。"裏ボス閣下"の僕を?"悪役令嬢"の僕を?


 立ち上がり、見下ろしてくる男を黙って見つめる。サンドラの記憶では一度も出会わなかった、皇子様を。


「断言しよう。

 オレの手を取れば、貴殿は無二の力を得る。」


 男が腕を引く。強制的に立ち上がらされたせいで、ふいに当たった手が机を揺らす。カチャカチャと、2つのカップが騒ぎ出す。

 男は笑みを深める。その響きさえ自分のためのシュプレヒコールと言わんばかりに。


 笑えるほど的外れだ。


 小物だ。話しにならない。デメリットしか浮かばない。


 なのに、僕を引き寄せたすべてがあまりにも堂々としていて…、つい笑うことすら忘れてしまった。


「何より、強固な。」


 笑うより、断るより、誤魔化すより、僕はただ爛々と輝く銀の目に、懐かしいさを感じていた。

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