7.魔物と銃
「なぁーーにが無二の力ですか。」
プルプルと震える男を見下ろしながら、僕は溜め息を吐く。
両ヒジを木に引っ掛け、必死に体を持ち上げようとしているが…、全然上がってない。むしろちょっとずつ落ちてきてる。
「こ、っ…、こっ…いう事じゃ…!」
そりゃ解ってるけど、あまりに無様すぎる。
皇族だからって護身術くらいは習うはずなのに…、自分の体一つ持ち上げられないとは。
「くっ…ぅ…」
これをさっきの令嬢方が見たらどんな顔をすることか…?
案外"ギャップ萌え"だの言い出したら始末に負えないな。やめておこう。
「み…見て、ないでっ…ひっ!」
ガクンと力を失って、本当に落ちようとする男の腕を慌てて掴む。
放置したのは僕ではあるが、ここで力抜くか普通…?
「アンタねぇ…、死にたいんですか?」
男の足は宙ぶらりん。それどころか、しがみついてるこの木自体も、半分根が見えている。
ふわりと吹く風が、男の足と土を地の底へ誘った。
「だれっ…がっ……!」
下は一面の緑。生い茂る木々のせいで、地面までの距離がどのくらいか解らない。
「だから迂回すべきだって言ったのに。」
これ以上、木に負担をかけて、根から抜けたりしたら、いよいよ僕も危ないので、とっとと引き上げる。
「っ…はぁ…、言っ…て、なかったぞ…?!!!」
(…言ってなかったか。)
やっと地に足が着いた殿下は、よほど地面が恋しかったのか、手と膝まで地面に着け、ぜえぜえ音を鳴らしていた。
「失礼しました。引き返します?」
「引き返せるかぁ!!!!!」
うわっ、声デカ。
帰りもあるんだけどなぁ…、解ってるのかな、この人。まあそれこそ迂回すれば良いんだけど…。
未だ肩で息を続ける男を見ていると、冗談じゃなく帰るべきな気がしてくる。
さすがの僕も、同い年の男を抱えて機敏に動ける気はしない。今、刺客に狙われたら…、うーん、面倒くさい。
(これがサーシャなら頑張るんだけどなぁ…)
コイツ…、僕より身長が高い。
「さ、お目当ての地下迷宮ですよ。」
強引に男の腕を引っ張り、強制的に立ち上がらせる。
さっきも思ったが、身長の割に重くない。これなら、まあ…、最悪の場合も亡骸くらいは持ち帰れそう。
「お目当ての…なら、良いんだがな。」
男の言葉に違和感を持ちながら、剣を鞘から抜いた。
ゆっくり談笑なんてしている暇はない。
「ダンジョンは初めてか?」
ダンジョンは発見された時点で、全ては国のものであり、無論、この学園内にあるこのダンジョンも例外ではない。
「当たり前です。」
それにも関わらず、他国の人間すら無断で探索できるのは…、それだけダンジョンが危険だから。
例え、魔石の利益が探索者のものになろうと、国からすれば無料で魔物退治をしてくれるのならお釣りが出るくらいなのだ。
そんなダンジョンに、貴族が入る理由なんてない。
「傷一つ付けるな。
オレはオレのものが損なわれるのが好かん。」
「はっ?!」
驚きのあまり、手放しそうになった剣を慌てて握り直す。
「誰が―」
ヒクつく顔を感じながら、暗闇から這い出る魔物共の姿を認める。
皮も肉も失い骨だけになった狼の異形が、ありもしないヨダレを滴らせながら獲物を睨んでいる。
敵は3体。入り口でこの数であれば、最深部までどれほどいるのか…。
「―炎よ。―」
剣に魔力を込めると、途端に白い炎が洞窟を照らした。
魔物の咆哮を合図に、三匹が一斉に襲いかかる。僕も同時に走り、最初に吠えた中心の魔物へ剣を振り下ろす。骨は思ったより固く、弾かれてしまった。
(魔力を上げるか―、いや)
弾かれたその勢いのまま、魔力も駆使して上へ飛ぶ。体を捻り、今度は逆に地面へ向けて飛び込み、再度、魔物の首へ目掛け、剣をぶつけた。瞬間、強い衝撃が手を襲い、頭にまで響く。
「っ…!」
ギリッと歯を食い縛って全力で剣を握る。痛みは手応えの証明だと、両手を説得し、剣を振り下ろしきった。
魔物の骨は砕かれ、頭だけが地面へ落ちる。頭だけになったというのに、魔物は何度か吠える真似をした。流れる音などあるはずもなく、ただ骨を擦るだけの音は…、何とも言えない、命への冒涜を感じた。
やがて魔物は、怪しげな光を放って小さな魔石となった。
(これじゃダメだ…。)
酷く効率が悪い。この戦い方では、十回以上の連戦はムリだろう。
「解せんな。」
爆発音。否、あまりに小さい破裂音。けれどあまりに鋭い炸裂音。
「何故わざわざ骨を狙う?」
襲撃かと振り向けば、護衛対象本人こそが、その音の主だった。
黒い…、金属製の筒のような不可思議な武器。それを片手に構えていた。
(なんだ…、あれ?)
筒の先から僅かに魔力を感じる。けれどあれはどちらかというと魔力暴走を起こした後かのような…。
「前向け!」
ハッと前を向く。
魔物はこちらの隙に気付きもしなかったのか、その場で踞るようにしていた。
小さな鉛。そう。あの武器から出た何かが、魔物を貫いていた。
出血はない。裂かれる肉が骨だけの魔物にはないから。けれど鉛は間違いなく、体内で浮いている。
『…!!』
明らかに、魔物は狼狽え、唸り、痛みを知るかのような反応を見せている。
「まさか…。
魔物に痛覚が…?」
魔物に肉はない。痛みはなく生命ではない。魂がないから。だから魂を、肉を求め、人や獣を襲う。
魔物は、ただの、魔力の塊に過ぎないから。
ならば、なぜ動く?なぜ骨は宙に浮いている?この骨1本1本はなぜこうも正確に、感情があるかのように精巧に動く?
「魔力は血潮なんだよ。」
魔力が骨を、物理的に動かしているのなら…、剣が魔力に触れられない道理もない?
「ハハッ…。」
剣を握り直し、我知らず笑みが溢れた。
幾度も巡った世界。飽きる程、知り尽くしたと思った世界。
その傲慢さを、視野の狭さを、嘲笑われたようだった。
知らない武器。知らない知識。知らない人間。
(騎士役、楽しめるかもな。)




