5.魔女
―曇りは悪評を広める日。
―雨は山奥に閉じ込める日。
―雷はいくら暴力を振ってもいい日。
私が基礎学校で学んだこと。
「闇の魔女だ…。」
「ディアの呪い…。」
すれ違う度、定型染みた主体性のない妄言が聞こえる。
バレていないつもりなのか、バレたところでと侮っているのか。きっと後者なのだろう。
公爵家は落ちぶれた。
王国中に死を振りまいた黒蛇病。その元凶こそが、この私。忌まわしき闇の魔法を宿したアレクサンドラ・フォン・ディア。
「なぜまだ生きてるの…。」
「王国の厄災…。」
今の私には、この名前しかない。
富も、名声も、人も、家族なんてはじめからなかった。そして13歳の時、父の公爵が死んだことで、公爵領さえ王国に奪われた。
父の訃報は、私には知らされなかった。
きっと、公爵は呪わしき娘を存在ごと疎んだのだろう。
「穢れる…!」
「見たくもない…。」
それでも私は、アレクサンドラ・フォン・ディア。
背筋を伸ばし、己を律し、笑みをたたえ、前を見据える。
妄言になど、貸す耳を持たない。曇りも、雨も、雷さえ、私は鼻で笑うだろう。
私の眼を、手を、声を、すべてを、必要だと呼んでくれる貴方が居るから。
私は私をアレクサンドラと呼べるから。
「いやっ…やめ」
―そして晴れは、みんなの前で嘲る日。
悲鳴のような声の後、バシャッと水が落ちる音がする。
それは聞き慣れた…、水魔法で頭を濡らすという、ただそれだけの下らない"いたずら"の音。
今回は、私に向けられたものではなかった。
「ゆっ…許してください…っ。」
太陽が差す中庭の木漏れ日に、四人の女子生徒が居た。
3人は立っていて、一人は壁際で頭を抱えて震えている。
(…脳はあるみたいね。)
3人の女子生徒は、少し凝ったやり方をしているらしい。
あの震えは、恐怖によるものでなく、寒さによるもの。
「酷いわ、ベルナールさん。
まるで私たちが苛めてるみたいじゃない。」
大方、一人が炎魔法を使い、一人が親切顔で水魔法を使い、もう一人が氷の魔法を使っているのだろう。
心底呆れる。
「楽しそうね。」
貴族ともあろうものが、相伝の氷魔法を、よりにもよって平民に嫌がらせのために使うなど。
「ひっ…、ディアの魔女…っ」
無礼な悲鳴を無視して、中心の女を見据える。
「…ご機嫌よう、ディア公爵様。
あら失礼。家督代理…、でしたかしら?」
そう前に出たのは、子爵家の令嬢。三人の中では一番高位なはずなのに、いの一番に前に出るとは…。
思いの外、仲が良いのか。それとも、私への憎悪が勝っているのか。
(…いいえ、それより。そんなことより。)
私は明確な敵意と怒りを込め、子爵令嬢を睨んだ。
女は最も許されないことをした。爵位を持つ貴族でありながら、堂々と顔を向けたのだ。この王国で最高位の公爵である、この私に。
私が口を開こうとすると、その前に残り二人の令嬢が子爵令嬢の腕にしがみついた。
「いっ…、行きましょう…!」
「クリオライト様っ…、どうか…!!」
二人は訴えた。その後ろの哀れな平民のように…、あるいは比べものにならないほどの恐怖に…、震えながら。
「…………失礼しますわ。」
賢明な子爵令嬢を目で見送り、私は正面へ視線を戻す。
解放されたはずの令嬢は、ずぶ濡れのまま地面にへたり込んでいる。
令嬢は茫然自失といった表情で、白い肌からは体温が感じられない。
「ねぇ、あなた…」
体温が下がりすぎているのだろうか。
迅速に暖めた方がいい…。属性魔法なら人並以上に扱える。けれど、今、炎魔法を使えば、かえって怖がらせてしまうかも…。
考えあぐね、ハンカチを差し出した。
「イ、イヤァァ!!
私、何もしてない!やめて!殺さないで、呪わないで……っ!!!」
弾かれた手。落としてしまった白いハンカチが泥に沈んでいく。それを眺めながら、令嬢の泣き声を聞く。
私は、つい笑った。
「イヤァァァァァァァア!!!!!!」
耳をぶち壊す金切り声に、頭が本能的にそっぽを向く。少しでもその音から距離を取るために。けれどそんな抵抗で、守られるものなど一つもなく…、酷い耳鳴りと、頭痛が僕を襲った。
「いい加減…、」
女性の叫び声だ。本来は心配こそすれ、怒るなどお門違いにも程があるのだが…。
「カサブランカ様ァァ"ァァアァァ!!!!!」
「こっちも見てェェエ!!!」
僕は頭を抱えた。ついでに耳も塞ぐ。
何にも起きてない。ただ、一人の生徒が通路を通っただけ。本当にそれだけ。それだけで…、こんな阿鼻叫喚の騒ぎ…。
「このオレに指図するか。」
中心の男が、一人の女子生徒に手を伸ばし、クイと顎をあげた。
「イケない口は、どうしてやるべきか?」
うわ。
「ギャァァァァアアアァァァア!!!!!!!!!!!!」
もう事件だよ、その声は。最愛の人が殺された時の声量だって。
倒れた女子生徒から必死で眼をそらしながら、ボロボロになった僕の哀れな耳を撫でる。
本来なら、絶対に近寄りたくない集団だ…。離れていたって喧しいのに。感覚が過敏なアレクサンダーの体では、地獄でしかない。
それなのに僕は、よりにもよって、その集団のど真ん中に居る。
「申し訳ありません、太公殿下…。
偉大なる王国の家臣としてお恥ずかしいばかりです…。」
差し出されたハンカチを手で制し、代わりに笑みを返す。
令嬢の瞳は、薄い水色の氷のような色だった。…その恥の所以は、連れの二人が男の信者であることだろう。
令嬢は拒絶へ笑みで返し、言葉を続ける。
「御覧のあり様ではございますが、基本的な護衛は私共にお任せください。」
令嬢の言葉に、僕はつい溜息を吐いた。それは安堵とか、既に削れた精神への労り。
「殿下には、学園外での護衛と…」
男の"ファン"というものにしか見えないご令嬢方だが、…実際そうでもあるのだろうが、彼らは歴とした護衛。
目立ちたくないというご本人たってのご希望で、女性だけで構成されてるらしい。
いや目立つだろ。
「おい!アレクサンダー!」
なら、なおのこと…、なぜ、第二王子であり、太公でもある僕が呼ばれたのか…。
「カサブランカ様のご指名時のご対応をお願いいただけないかと…。」
すべて、なにもかも、ひとえに、この銀髪の男…、カサブランカ・フィルズ・アルヴィオン。
北の帝国の皇子殿下のせいだ。




