4.いつも側には居ないから。
黒曜の夢から目を開ける。
ぼやけた視界。一瞬暗いとも認識できなかった空白。それを自分は目を開けているという感覚だけでは、今が夜なのだと認識する。
「…。」
感触で柔らかな布団や枕の存在を確かめ、ここが寮の自分の部屋だと認めた。
せっかく黒から目覚めたのに、また黒…。けれど僕は、辟易するどころか、むしろ安堵していた。
月光すら届かない暗闇は、僕にとってむしろ日常だったから。
…そう。こういう静寂や暗闇こそが、僕にたくさんの情報をくれる。
例えば、ネズミの気配とか。
「待っ…!私だ!リアンだ!」
放った炎が、輝く金髪が照らす。その色に暗闇が輪郭を失い、光に溶けて光景を知らせる。
金髪と、太陽のようなオレンジの眼。部屋に居たのは、第一王子で一応僕の兄であるカーネリアンだった。
「大好きなお兄様が会いに来たよっ…!」
…やっぱり、炎を放ったのは間違ってなかった。
「うわっ、あっっつい!!!!
凄いな君!私、第一王子だぞ?!」
ちょっと袖が燃えただけじゃないか。大袈裟なんだから。
僕の部屋が角部屋で良かったな。さらに言えば隣の部屋がリアンだ。最悪だ。
(…ん?)
「マジで何で居る…??」
ここは一人部屋だ。無論、施錠魔法も掛けられている。それなりに堅牢なはずだ。
刺客でなくリアンだったとして、不法侵入に変わりない…。
「どうやったんだよ…。」
呆れつつ、すっかり目覚めてしまった体で起き上がる。ついでに茶を沸かし、施錠に異常がないかも確認する。
…気持ちの悪いほど変化がない。否、気持ち悪い。
「ふふ~ん。
お兄様の相伝魔法をお忘れかい?」
リアンが引き継いだ相伝魔法は、空間魔法だが…。まさか、それで瞬間移動まがいの事をしたと…?
(そんなこと僕にバラすな……。)
痛み出す頭を、手で押さえる。
そんなことが出来るとは、ゲーム本編でも、回帰前の世界でも聞いたことがない。
「お茶を淹れてくれるの、レクシー?」
言いたいことは色々ある、が……。どれを口にしたところで、リアンが喜ぶ顔しか想像できない。
無関心、これ以外に兄上を黙らせる方法はないと、5年で学んだ。
「本当は"苦丁茶"を出して差し上げたかったんだけどね。」
サーシャの世界で、嫌がらせしたい時に出すお茶らしい。学園に入学したての頃、サーシャが必死に探していた。
「極東にあるんだっけ?」
目を離した隙に、リアンがどこからともなくイスを出現させていた。それを窓際の一人用のテーブルの前に置く。
勝手に座るな…とか、持って帰れ…とか、ここで喚いても不利なだけだ。
僕は黙って茶を出し、仏頂面で向かいに座る。
「何の用だ。」
腕を組み、出来る限り不機嫌そうな声を出した。
質問をした。それだけで、リアンの優しげな王子然とした笑みが、やけに嬉しそうな間の抜けた破顔になった。
「え~?私の弟が手ずから淹れてくれたんだよ~?
ゆっくり楽しませてよ~。」
くそ、質問も関心に入るのか…。面倒くさい。というか、眠い。多少は不法侵入者に驚いていたが、もうまるで焦ってない。落ち着いたから寝かせてほしい。
「私の弟は本当に何でも出来るなぁ~。」
これでいて、うっかり眠そうな態度を見せたら、輪を掛けて面倒臭くなる事が解っている。
『あっ……ははっ!
ごめんねぇ、レクシー?』
表面上、まるで気にしてない顔をして、とっとと帰ってくれるだろう。だがコイツは後日ちゃんと落ち込む。しかも解りにくい。でもちょっとだけ距離が開く。
別に配慮する必要なんてないのだが…。
「お茶くらい誰でも淹れられるよ。」
第二王子として、それなりに不本意な思いをしてきた。国家や王家のため、しなければならないことはある。
「次は私の腕前を披露しなくてはね。」
第一王子で時期国王のリアンであれば尚更だ。
リアンだって、この状況は本意ではないはずだ。大方、護衛にさえ疑いがあるのか…。
とにかく、僕にしか話せないことが…。
「んふふっ。」
にしては、楽しそう過ぎないかコイツ。
「恋バナとかするぅ??」
指の先から炎がこぼれる。それが不思議と、独りでに、兄上の手へ行ってしまった。
「あっつぅ?!何で?!」
「お茶が冷めてきたから。」
言いながら口をつけた紅茶は、まだ淹れたてのように暖かだった。
コイツの事は解らん。一生解らん。というかサーシャさえ眉を潜めるんだから、手の付けようがない。
「……。」
窓の外を見上げると、眩しい月に雲がかかろうとしていた。
雲が光を奪う…。でもそんな雲なんて星空では微々たるもので、星々は煩く瞬いている。
月が見えても、見えなくても、星空は変わらない。
サーシャは今ごろ、誰の淹れる茶を飲んでいるのだろうか。ジェイドとか…、いやアイツはそんなに得意じゃないからなぁ。
「まだ一週間だよ、レクシー。」
馬鹿にしてるような、本当に心配してるような声が、星の瞬きと共に聴こえる。
寮に入って一週間。サーシャに離れて一週間。本当なら今日、サーシャとお茶をしているはずだった。
「…分かってる。」
リアンに対して、もはや取り繕う意味がないと知っている。
何より、サーシャを恋しがってるように見えるのなら好都合なのだから。
「1年だろ。感謝してるよ。」
それが国益に繋がるのなら、王家の人間に拒否権はない。拒否なんて言う発想事態が間違っている。
学園生活は4年。リアンが何と引き換えに、僕の3年を勝ち取ってくれたのか…、聞くのも野暮だろう。
ふと静かさが耳を突いて、 窓の向こうから、目の前のリアンへ視線を戻した
いつも喧しい人が黙ると逆に違和感だ。
「私は太公も第二王子も殺せる。」
すっかり落ち着いていた頭が、素でギョッとする。あまり穏やかな笑みで、物騒なことを言い出したから。
「君が思うより、方法はたくさんあるからね。
私は君達のお兄様だから。」
ギョッとしたまま、瞬きを何度か繰り返す。
「僕そんな重症に見える…?」
茶化してるわけでも、リアンが出来ないことは言わないことも知っている。でもたった一週間だし、たかが一年だ。
それで僕に亡命の道を示す意味が分からない。それも、たぶん、サーシャごと…?
「いつも覚えていて欲しくてね。」
なぜ、リアンが手助けを…?そもそも別に望んでいないのだが…。
本当は第二王子を疎んでいる…?いや、それだけはない。ちょっと頭のなかで考えただけで、にこやかに、かつこんこんと文句を言われそうだ。
「……本当に分からないんだけど。」
多少考えたが、ここまで配慮される理由が分からない。
だから聞いていると言うのに、リアンは笑って紅茶を飲むばかりで答えない。
「…ふーん。」
こういう時はもう、いくら聞き出そうとしても時間の無駄。テコでも答えない。
…というか、覚えてほしい以上の理由がないってことなんだろう。
それに至った過程を聞いてるんだけど…、まあ、いいや。
本題を聞こう。
「で?」
望まれる前に、紅茶をもう一杯だけ注いでやる。文句を言われない程度に少なめに。
それにさえリアンはやたら嬉しそうに笑う。
「騎士様って興味ない?」
「ない。」
…。
「うん。快い返事ありがとう、レクシー!」
「……ボケるには早いぞ。」
拒否権ないなら、なんで聞いた?




