1.祝福
魔石。
魔物の巣窟…、地下迷宮でのみ発見される特殊な宝石。
魔力を持たぬものへ魔法を与え、あるいは魔力を持つものの魔法を封じる。
一つ一つ固有の力を宿す魔石の殆どは…、我が国カーディライト王国に眠っている。
「悪いな、レクシー。」
月のような銀の瞳が闇に浮かんでいる。
魔力封じの魔石。ゲーム本編の世界で、幾度もサンドラの力を奪った最大の枷。
どれだけ怒ろうと、恨もうと、力もうと、そのすべてを魔石に飲み込まれてしまう。血が引いて、寒気がするようなあの感覚は、思い出すだけで吐き気がする。
「オレは手段を選べねえんだ。」
その魔石を宿した枷が、今、僕の腕に向けられている。
反射的に一歩下がった足が、小石を蹴る。石は音もなく転がり…、崖の縁から落ちて…、遥か下の滝壺へ吸い込まれていった。
「選べよレクシー。
ここで死ぬよりマシだろ?」
ふいに…滝壺から吹いた風が、僕を救うため背中を強く押す。
けれど残念ながら目の前には、僕に枷を付けようとする男…。そうでなくとも、進む道はない。
「早いか遅いかだけに見えるけど?」
僕に枷を付けても、付けなくても…、命の保証などない。それを誰より解ってるだろうに、男は不適に笑う。
「そうかもな。
でも、オレはオレの悪運を信じてる。」
暗闇の静寂の森で、男の氷のような髪が空を靡く。僕の銀の髪とは違う…、月光を反射する喧しい輝き。
それ以上に喧しい鼓動を聞きながら、大きく息を吸って、拳を握りしめる。
「良いよ。やってみせてよ。
そんなもので僕に勝てるつもりなら。」
流れる冷や汗を感じながら、飛びきり馬鹿にしたように笑ってみせる。
君のその不適さに、ちゃんと意味があるように。
「…オレのために死んでくれ、レクシー。」
空を滑る足に視点が上向く。君の耳で輝くイヤリングを眺めていた。
僕がアレクサンダー・ツー・クラウン太公になってから、5年と2ヶ月が過ぎた。
この間、僕はそれはもう努力した。
朝は王宮、昼はディア公爵、夜は夢の中のアレックスまで巻き込んで、学問も武芸も魔法も、専門レベルまで叩き上げた。
すべては、サーシャの側にいるために…。
「おめでとう、レクシー。
特別研究生として強制入学だ!」
サーシャと二人きりの茶会。現れたカーネリアンが、とんでもない不幸の手紙を持ち込んできた。
「わぁ…。」
パチパチと、間の抜けた拍手が飛んでくる。
立ち上がり、奪うように不幸の手紙を受け取る。
書類には、確かに合格…、それと特別研究生なる文字が記載されていた。
「なんでだ…‼」
驚嘆のままに、思わず地面へ叩き付ける。
ここにサーシャが居なければ、確実に踏みつけ、燃やしていただろう。
「お、おめでとうございます…??」
祝ってくるサーシャに、生まれて初めて恨めしげな視線を向けてしまう。
堕とそうとしてる相手に、本来は言語道断だけれど……、無理もないはずだ…!
僕は入学しないために、5年も頑張ってきたのだから…!!!
「すごい学校…、なんですよね?」
サーシャが、僕の投げ棄てた入学書類を拾う。
そんなの拾わなくて良い…と、言葉にする気力もなかった。
「そりゃね。我が国が誇る、大陸一の名門さ。」
そして、この乙女ゲームとやらの舞台。つまり、サンドラが何度も死んできた場所だ。
王立カーディライト上級学園。
貴族、平民、果ては国民でなくとも受験可能。学園の門は広く、そして狭い。
間口の広さは厳正さ故。王立でありながら、王族さえ試験を乗り越えなければ入学出来ないのだ。
教育レベルの高さは大陸中に知れ渡り、国外の王族からも入学の希望が来ている。
「くそ…」
仮に卒業出来なくとも、入学できた時点で、一生涯、職に困ることはないだろうと言われている。
大陸一の名門校と言って、過言ではないだろう。
「いやぁ、レクシーは本当に馬鹿だなぁ!」
「チッッ…‼」
しかしこの学園…、全寮制なのだ!
夏と冬の長期休暇すら、申請を通さなければ外に出られない!休暇なのに…!!!
だから学園入学は何としても避けたかった…!サーシャと1年も離れ離れになるなんて…!
「レクシー様…?
嫌なら辞退しても良いんですよ…?」
まるで子供を宥める母のような口調に、僕は尚更落ち込む。
「駆け落ちしよう、サーシャ…。」
首もとに顔をうずめ、精一杯甘えた声を出す。
子供扱いとか、カーネリアンが居るとかどうでも良い。僕はあらゆる手を使って君を堕とす…。
「えぇ…?ムリですよ…?」
いつも通りの返答に、本気で泣きそうになる。
入学を避けるためだけに、サーシャとの時間を犠牲にしてまで努力してきた…。
おかげでビックリするほど進展がない…!!!!
身長も全然伸びないし…、声変わりすらまだ…。これじゃジェイドを笑えない……。
「そうそう、入学辞退なんてムリ!」
悔しいが、その通りだ。
いっそ、ただの合格なら、まだギリギリ、何とか、もしかしたら、どうにか出来たかもしれないのに…!
「何だよ、特別研究生って…‼」
顔を上げ、サーシャが持つ入学書類を睨み付けた。
くそっ…。いっそ受け取らずに棄てたかった…。
…それを見越してカーネリアンが渡しにきたのか!
「わはははっ!
入学したくなかったのに、自分専用の枠作られるって…、どんな気持ちぃ??」
煽ってくるカーネリアンに、もはや怒る気力もわいてこない。
再度、サーシャの首に顔をうずめて、ついでに抱き締める。
「えっ…、拒否権ないってことですか?!」
頷くついでに、ぐりぐりする。
気のない男からこんなことをされて、普通なら気持ち悪がっていいはずだ。なのに嫌がる素振りすら見せないのは、僕がもうジェイドと同じ身内枠になってしまっているのか…、それとも憎からず思ってくれているのか…、もしくは誰にでも平等にこの対応なのか。
「嫌だぁ…。」
最後が有力なの本当にやめて欲しい…。ガード緩すぎだろ…。
1年なんて…、かっさらわれるのに十分すぎる…。ま、僕は5年経っても堕とせてないんですけど…。うっ……。
「書類を読んだ限り、授業受けなくて良いから研究に協力してって感じかなぁ?」
全然釣り合ってない…!
あ、いや、授業を受けなくても良いってことは…。
「通学でも良いってことか?!」
その研究とやらの時だけ呼んでくれれば…。というか、意見程度なら伝令で…。
「うーん…、むしろこれ帰省の許可降りないんじゃないかな?」
くそ…っ、がっつり研究に参加させる気だ…。
「学園って、わりと治外法権なトコあるからねぇ。」
この学園に限ってだけは、王国へもたらした利益が多すぎて王族も無下に扱えない。というか王国側としても、能力があるらしい僕を有効活用しない手はない…、というわけか…。
「いや、そもそも何の研究なんだ…。」
新開発製品なら絶対にサーシャの方が…。
「あっ。」
そうだ…。サーシャ考案の攪拌器とか家庭用オーブン、僕名義で販売したんだった…!それで目を付けられてたのか…?!
面倒事を避けて、考案者を隠したのが裏目に出たか…!!
(いや、…むしろ正解だったのか。)
馬鹿正直に考案者をサーシャと公開して、僕でなくサーシャの方が目を付けられていたら…。
相手は王族ですら無下に出来ない存在だ。公爵令嬢ではもっと厄介なことになっていた。
うまく商売し過ぎたな…。
「ま、諦めて前向きに考えたら?
学園にバッチリ恩を売って、存分に利用する、みたいな?」
他人事だと思って簡単に言ってくれる…。
能力を見せすぎれば面倒事に巻き込まれる。恩を売るっていったって、成果を上げすぎれば、また…。
「レクシー様?」
当然みたいに僕の頭を撫でるサーシャ。肩同士が触れる距離感には、とっくに慣れ切ってしまっている。
僕とサーシャは1歳差。だから君が入学するのは来年。
ゲーム本編のシナリオがある以上、サーシャも学入学するだろう。
「…1年だ。1年だけ私の国のために貢献しておくれ。
クラウン大公?」
腹の立つ笑みを残して、カーネリアンは去っていった。
相変わらずいけすかない男ではあるが、我が兄上はそこそこ甘い男だと、この5年で理解した。
まだ話したそうにしつつも、足早に立ち去ったのは、僕が予想より遥かに嫌がっていたからだろう。
1年、と念を押すように言ったということは、それで済むよう学園側と交渉してくれるらしい。
(王家としても、"寝耳に水"だったのか。)
仕方がない。カーネリアンの言葉に従うのは癪だが、前向きに利用するとしよう。
(…切り替えよう。)
「サーシャ…。」
相変わらず撫で続けてくれる手を握り、僕の方へ引き寄せる。
「浮気しないでね?」




