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悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第二章 「学園編」

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1.祝福

 魔石。


 魔物の巣窟…、地下迷宮(ダンジョン)でのみ発見される特殊な宝石。


 魔力を持たぬものへ魔法を与え、あるいは魔力を持つものの魔法を封じる。


 一つ一つ固有の力を宿す魔石の殆どは…、我が国カーディライト王国に眠っている。


「悪いな、レクシー。」


 月のような銀の瞳が闇に浮かんでいる。


 魔力封じの魔石。ゲーム本編(サンドラの記憶)の世界で、幾度もサンドラの力を奪った最大の枷。

 どれだけ怒ろうと、恨もうと、力もうと、そのすべてを魔石に飲み込まれてしまう。血が引いて、寒気がするようなあの感覚は、思い出すだけで吐き気がする。


「オレは手段を選べねえんだ。」


 その魔石を宿した枷が、今、僕の腕に向けられている。


 反射的に一歩下がった足が、小石を蹴る。石は音もなく転がり…、崖の縁から落ちて…、遥か下の滝壺へ吸い込まれていった。


「選べよレクシー。

 ここで死ぬよりマシだろ?」


 ふいに…滝壺から吹いた風が、僕を救うため背中を強く押す。


 けれど残念ながら目の前には、僕に枷を付けようとする男…。そうでなくとも、進む道はない。


「早いか遅いかだけに見えるけど?」


 僕に枷を付けても、付けなくても…、命の保証などない。それを誰より解ってるだろうに、男は不適に笑う。


「そうかもな。

 でも、オレはオレの悪運を信じてる。」


 暗闇の静寂の森で、男の氷のような髪が空を靡く。僕の銀の髪とは違う…、月光を反射する喧しい輝き。

 それ以上に喧しい鼓動を聞きながら、大きく息を吸って、拳を握りしめる。


「良いよ。やってみせてよ。

 そんなもので僕に勝てるつもりなら。」


 流れる冷や汗を感じながら、飛びきり馬鹿にしたように笑ってみせる。

 君のその不適さに、ちゃんと意味があるように。


「…オレのために死んでくれ、レクシー。」


 空を滑る足に視点が上向く。君の耳で輝くイヤリングを眺めていた。






 僕がアレクサンダー・ツー・クラウン太公になってから、5年と2ヶ月が過ぎた。

 この間、僕はそれはもう努力した。

 朝は王宮、昼はディア公爵、夜は夢の中のアレックスまで巻き込んで、学問も武芸も魔法も、専門レベルまで叩き上げた。


 すべては、サーシャの側にいるために…。


「おめでとう、レクシー。

 特別研究生として強制入学だ!」


 サーシャと二人きりの茶会。現れたカーネリアンが、とんでもない不幸の手紙を持ち込んできた。


「わぁ…。」


 パチパチと、間の抜けた拍手が飛んでくる。

立ち上がり、奪うように不幸の手紙を受け取る。

 書類には、確かに合格…、それと特別研究生なる文字が記載されていた。


「なんでだ…‼」


 驚嘆のままに、思わず地面へ叩き付ける。

 ここにサーシャが居なければ、確実に踏みつけ、燃やしていただろう。


「お、おめでとうございます…??」


 祝ってくるサーシャに、生まれて初めて恨めしげな視線を向けてしまう。

 堕とそうとしてる相手に、本来は言語道断だけれど……、無理もないはずだ…!

 僕は入学しないために、5年も頑張ってきたのだから…!!!


「すごい学校…、なんですよね?」


 サーシャが、僕の投げ棄てた入学書類を拾う。

 そんなの拾わなくて良い…と、言葉にする気力もなかった。


「そりゃね。我が国が誇る、大陸一の名門さ。」


 そして、この乙女ゲームとやらの舞台。つまり、サンドラ(僕)が何度も死んできた場所だ。


 王立カーディライト上級学園。


 貴族、平民、果ては国民でなくとも受験可能。学園の門は広く、そして狭い。

 間口の広さは厳正さ故。王立でありながら、王族さえ試験を乗り越えなければ入学出来ないのだ。

 教育レベルの高さは大陸中に知れ渡り、国外の王族からも入学の希望が来ている。


「くそ…」


 仮に卒業出来なくとも、入学できた時点で、一生涯、職に困ることはないだろうと言われている。

 大陸一の名門校と言って、過言ではないだろう。


「いやぁ、レクシーは本当に馬鹿だなぁ!」


「チッッ…‼」


 しかしこの学園…、全寮制なのだ!

 夏と冬の長期休暇すら、申請を通さなければ外に出られない!休暇なのに…!!!

 だから学園入学は何としても避けたかった…!サーシャと1年も離れ離れになるなんて…!


「レクシー様…?

 嫌なら辞退しても良いんですよ…?」


 まるで子供を宥める母のような口調に、僕は尚更落ち込む。


「駆け落ちしよう、サーシャ…。」


 首もとに顔をうずめ、精一杯甘えた声を出す。

 子供扱いとか、カーネリアンが居るとかどうでも良い。僕はあらゆる手を使って君を堕とす…。


「えぇ…?ムリですよ…?」


 いつも通りの返答に、本気で泣きそうになる。


 入学を避けるためだけに、サーシャとの時間を犠牲にしてまで努力してきた…。

 おかげでビックリするほど進展がない…!!!!


 身長も全然伸びないし…、声変わりすらまだ…。これじゃジェイドを笑えない……。


「そうそう、入学辞退なんてムリ!」


 悔しいが、その通りだ。

 いっそ、ただの合格なら、まだギリギリ、何とか、もしかしたら、どうにか出来たかもしれないのに…!


「何だよ、特別研究生って…‼」


 顔を上げ、サーシャが持つ入学書類を睨み付けた。

 くそっ…。いっそ受け取らずに棄てたかった…。

 …それを見越してカーネリアンが渡しにきたのか!


「わはははっ!

 入学したくなかったのに、自分専用の枠作られるって…、どんな気持ちぃ??」


 煽ってくるカーネリアンに、もはや怒る気力もわいてこない。

 再度、サーシャの首に顔をうずめて、ついでに抱き締める。


「えっ…、拒否権ないってことですか?!」


 頷くついでに、ぐりぐりする。


 気のない男からこんなことをされて、普通なら気持ち悪がっていいはずだ。なのに嫌がる素振りすら見せないのは、僕がもうジェイドと同じ身内枠になってしまっているのか…、それとも憎からず思ってくれているのか…、もしくは誰にでも平等にこの対応なのか。


「嫌だぁ…。」


 最後が有力なの本当にやめて欲しい…。ガード緩すぎだろ…。

 1年なんて…、かっさらわれるのに十分すぎる…。ま、僕は5年経っても堕とせてないんですけど…。うっ……。


「書類を読んだ限り、授業受けなくて良いから研究に協力してって感じかなぁ?」


 全然釣り合ってない…!

 あ、いや、授業を受けなくても良いってことは…。


「通学でも良いってことか?!」


 その研究とやらの時だけ呼んでくれれば…。というか、意見程度なら伝令で…。


「うーん…、むしろこれ帰省の許可降りないんじゃないかな?」


 くそ…っ、がっつり研究に参加させる気だ…。


「学園って、わりと治外法権なトコあるからねぇ。」


 この学園に限ってだけは、王国へもたらした利益が多すぎて王族も無下に扱えない。というか王国側としても、能力があるらしい僕を有効活用しない手はない…、というわけか…。


「いや、そもそも何の研究なんだ…。」


 新開発製品なら絶対にサーシャの方が…。


「あっ。」


 そうだ…。サーシャ考案の攪拌器(ハンドミキサー)とか家庭用オーブン、僕名義で販売したんだった…!それで目を付けられてたのか…?!

 面倒事を避けて、考案者を隠したのが裏目に出たか…!!


(いや、…むしろ正解だったのか。)


 馬鹿正直に考案者をサーシャと公開して、僕でなくサーシャの方が目を付けられていたら…。

 相手は王族ですら無下に出来ない存在だ。公爵令嬢ではもっと厄介なことになっていた。

 うまく商売し過ぎたな…。


「ま、諦めて前向きに考えたら?

 学園にバッチリ恩を売って、存分に利用する、みたいな?」


 他人事だと思って簡単に言ってくれる…。

 能力を見せすぎれば面倒事に巻き込まれる。恩を売るっていったって、成果を上げすぎれば、また…。


「レクシー様?」


 当然みたいに僕の頭を撫でるサーシャ。肩同士が触れる距離感には、とっくに慣れ切ってしまっている。


 僕とサーシャは1歳差。だから君が入学するのは来年。

 ゲーム本編のシナリオがある以上、サーシャも学入学するだろう。


「…1年だ。1年だけ私の国のために貢献しておくれ。

 クラウン大公?」


 腹の立つ笑みを残して、カーネリアンは去っていった。

 相変わらずいけすかない男ではあるが、我が兄上はそこそこ甘い男だと、この5年で理解した。


 まだ話したそうにしつつも、足早に立ち去ったのは、僕が予想より遥かに嫌がっていたからだろう。

 1年、と念を押すように言ったということは、それで済むよう学園側と交渉してくれるらしい。


(王家としても、"寝耳に水"だったのか。)


 仕方がない。カーネリアンの言葉に従うのは癪だが、前向きに利用するとしよう。


(…切り替えよう。)


「サーシャ…。」


 相変わらず撫で続けてくれる手を握り、僕の方へ引き寄せる。


「浮気しないでね?」

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