推しの悪役令嬢になりましたので、幸せにします。
サンドラ様を愛している。
乙女ゲーム『Guivre×Princes!』
いわゆる"ギヴプリ"に登場する麗しき悪役令嬢。
―アレクサンドラ・フォン・ディア様―
私が敬愛してやまない、至高の御仁だ。
そして今日は6月5日。何を隠そう、サンドラ様がこの世に生を受けた日…!
日本の新たな祝日とするのとは無論のこと、世界中の人間が最低1ヶ月は祀り上げるべきなのは…、もはや論じるまでもない。
私が石油王なら、ラスベガスのマーライオンにサンドラ様のコスプレをさせ、その素晴らしさを触れ回っていた。
「いいんちょ、ラスベガスにマーライオンは居ないよ……。」
「…間違えた。」
残念極まりないことだけれど、私は石油王でなければ天才的な頭脳もない。
エコバッグの中身を覗き込み、私は深く溜め息をつく。
なけなしの小遣いで購入できたのは、菓子パン2つと生クリームと、さくらんぼだけ。
「ほら、前見ないと危ないって―」
こんなものがサンドラ様へ捧ぐ誕生日ケーキだなんて…、呆れを通り越していっそ何かの冗談かと思えてきてしまう。
よし、睡眠時間をちょーっとだけ削って、深夜バイトを探そう!そしたら来年こそサンドラ様の好きなさくらんぼジャムも作って
「委員長、危ない!!」
目が覚めた。
知らない天井。天井と言うか…、たぶん天蓋?
起き上がろうとして…、起き上がれず、またベッドに倒れる。
「痛い。」
体中が痛い。特に足…ふくらはぎの裏が、ヒリヒリと痛んでいる。
私はその原因がきっと鞭だと知っている。
慎重に起き上がり、布の被された鏡らしきものの前に立つ。
布を外すと瞬間、埃が舞った。
無意識に咳き込もうとする体を、痛みに怯えて押さえ付ける。
「…すみません、サンドラ様。」
服をめくる。
白い…、白すぎる肌。
案の定、お腹は窪んでいる。無惨なほど浮き上がった肋はいつ折れても不思議じゃない。手も足も背中も、どこを触っても皮と骨しかなかった。
それなのに
「サンドラ様はこの頃から、お美しかったのですね…。」
つい見惚れてしまう…。知らぬ世界で目覚めた驚きも、なぜ貴方になったのかという疑問も、この美貌の前には無力だ。
夜を封じ込めたような深い漆の髪。目が離せなくなってしまうほどの輝く宝石の深紅の瞳。
気の強そうな目尻と、不安を知らぬかのように笑みを称える口許。
…顔には微塵の陰りもなかった。
「お誕生日、おめでとうございます。
アレクサンドラ様…。」
冷たい鏡越しに、あなたの温もりを探す。
今日は6月5日。
ふと気が付いて、私は窓を開ける。逃げ場を求めて飛び出していく埃を追って、私も部屋を抜け出す。
「やっぱり、雨だ…!」
目の前は庭。外は土砂降り。そう。設定資料集37pの通り…!
部屋の前が花園となっているこの部屋は、公爵が用意したもの。
サンドラは毎年の誕生日の度、この部屋で一人、雨に流される花を見ていた…。
「っ…!」
ラベンダーの前で、私は精一杯両手を広げた。
きっと意味がないことをしている。それでも、やらないなんて選択肢はなかった。
少しでも雨に濡れないように。一輪でも多く残るように。
あなたの愛したものが、一つでも世界に溢れるように。
「…痛い。」
ただ息をするだけで、体は絶え間なく痛みを伝えてくる。
泥にまみれた足は冷たささえ忘れ、ぐらぐらと回る世界は、ほんの一瞬の安らぎもなく、この体に苦しみだけを与える。
「…っ、……くっ…ぅ…」
どんなに庇っても祈ってもすがっても、ラベンダーは容易く雨に流されてしまう。
流れた花弁は泥にまみれ、やがて日に溶けて、何かの養分になるのだろう。
あなたに微笑みを与えたものが失せていく…。残るのは、ただ、痛みだけ…。
「…っ……ぅ…」
こんなものをサンドラ様はずっと独り耐え続けていた…!!
「どこ、なの…、サンドラさま…っ…。」
どうして、こんな世界に目覚めてしまったのだろう。
あなたの居ない、あなたを苦しめるだけの世界に、あなたを愛する私が生きられるわけがない。
「サ、ン…ドラ…さま…っ!」
あなたに会いたい。あなたを抱き締めたい。あなたに愛してると言いたい。
その頑張りを、気高さを、弱さを、全部知ってると伝えたい。全てが愛おしいのだと囁き続けたい。嵐の日も、雨の日も、雷の日も、ただ変わらず側に居たい。
「ひっ…ぅっ…ぐすっ……」
死ねば、あなたに会えるだろうか。
空を見上げる。
この曇天の向こうに、あなたは居るのでしょうか?
解らない。けれど確かな事は…、ここに…あなたは居ない。
深く息を吐いて
「レディ。」
ふいに降ってきた声に、私は目を見開いた。
そこに、世にも美しい少年が居た。
サンドラ様を裏切った、一番の仇が居た。
少年は麗しく笑う。雨など知らぬように、どこまでも優しげに、甘く。
「ふっ…、あははっ。
ほんとうね、ほんとうにおうじさまみたいっ!」
ああ、私は…、サンドラ様の見た世界を見られているのね?
なんと…、なんていう…、身に余る幸福なのだろう?
こんな幸せなこと、私は他に知らない。
死のうなんて、あまりに勿体ない。
「…風邪を引いてしまうよ。」
麗しい顔が、こちらを気遣うかのように歪む。誰もが羨むような完璧な人が、私だけを見ているかのような仕草をする。
否応にも胸が高鳴った。
こんな…、気持ちだったのね、サンドラ様。
あなたと同じ世界を見られている…。その事実が何よりも私の胸を締め付ける。
「すきになっちゃうの…、わかるなぁ……、」
あなたは愛した。この裏切り者を。
どうして、こんな世界で目覚めてしまったのか?きっと…、それは、証明するため。
サンドラ様は素晴らしい人なのだと。あなたはこの世の誰より幸せになる価値ある方と。
やるわ。やってみせる。だって私になら出来る。
誰より、あなたの良さを知り尽くした私になら…。
あなたを裏切ったこの男に、私が幸せになる様を見せつけよう。
ハッピーエンドのその先で、あなたと出会えるから。




