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悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第一章 「幼年編」

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24.兄上、あるいはお義兄様

 太陽の茶会。サーシャのために嫌々ながら席に着いた。

 カーネリアンの側付き達が彼の治療に当たりつつ、同時に別の側付きが迅速に茶会の準備を整えていったのだが…。

 既に席を立ちたい。


「…毒が不安なら私が食べよう。」


「結構です…。」


 どこの世界に、第一王子に毒味をさせる第二王子がいるのか…。


 問題なのは、毒じゃない。品目だ。

 紅茶、タルト、エビアボカドのサンドイッチ。この辺は解る。

 なぜグラタンやら、シチューやらまで、茶会の席に並べられているのか?茶会っておやつだよ?王宮のシェフたちどうしちゃったの?


「……。」


 カーネリアンが手を上げると、側付き達が去っていく。隠も下がらせて欲しいという意味か?


(下げる理由はないが…。)


 今ごろサーシャは、きちんと治療を受けているはずだ。


 穏に合図を送り、カーネリアンへ向き直る。


「クラウンの名を陛下からいただきました。

 良い名でしょう?」


 そう言って笑みを向ける。

 もう貴方の王位を脅かす第二王子はいない。そして僕自身も大公という地位に満足していると。言外に、別に貴方を恨んでもないと伝えたつもりだ。

 こういう言い方を、サーシャは嫌がるだろうか?


「…お前はフェルハートだろう。」


 またカーネリアンは睨みつけてくる。


 ――どういう意味だ?


 国王が与えた名を覆せるものなど、王国にいない。

 血統がある以上、脅威になるということか?

 …いや、おそらく違うのだろう。それなら、サーシャは僕に話してくれなんて言わない。


「分かるように言っていただけますか?」


 分かりたいとは思ってないが、努力くらいはしないとサーシャに不誠実だ。ちょっと大人げない気もするしな。精神年齢的に考えれば、僕はカーネリアンの倍以上生きている。


「…クラヴェル家の令息に、兄と呼ばれてるらしいじゃないか。」


 …?


「………はぁ…。」


 だからなんだ?

 クラヴェル家の令息…、ジェイドが、僕をレク兄と呼んでる…。事実だ。……それで?


 カーネリアンの顔が一層厳しくなる。

 困った。睨まれても分からないものは分からない…。助けてサーシャ。


「私もフェルハートだけど?」


「……………知ってますが。」


 ………面倒くさい…。下手にジェイドよりは成育してる分、余計にわからない…。難しい年頃過ぎないか…?

 だから嫌だったんだ。カーネリアンが僕を殺そうとしてないなら、そっちの方が対処に困る。


 なんだ…?僕がフェルハートで、ジェイドが僕を兄と呼んでて、カーネリアンもフェルハート…。


「はい?

 あんたそんなに妹が欲しかったんですか?」


 ゲーム本編で、カーネリアンはサンドラに向かって、『君を妹と呼べる日を待っていたのだけどね。』と言っていた。

 義弟のジェイドが僕を兄のように扱うのと同様に、カーネリアンもサーシャを妹として扱いたいということか?

 えぇ…。それでどんな大失敗をしたらサーシャに殴られるんだあんた…。


「なんでそうなる!!?!」


 なんだ、違うのか。


 カーネリアンに叩かれた机。それに揺れる紅茶を眺めながら、ため息を飲み込む。

 湯気と共に、仄かなさくらんぼの香りが僕の鼻をくすぐった。


「…つまり、私が言いたいのは、」


 ……思えば、このテーブルは"アレクサンダー"の好物ばかりだ。アレックスはグラタンとか乳製品を好んでいた。本人は好物が何かと聞かれる度にバラバラなものを答えていたが。


「…………"兄上"?」


 まさかと思いつつ、カーネリアンをそう呼んでみる。

 すると険しかった目は一瞬で大きく見開かれ、


 ――え、こわ。


 瞬きの間に、満面の笑みになった。


「お兄様だ!リア兄なら尚良い!」


 コイツ…、急に要求してきたな…。


「ムリです。」


「にぃにでも構わない!」


「うわ、キモッ!」


 いや本当に気持ち悪い。

 アレックス、お前の兄はどうなってる。なんでキモッ!と言われてさらに笑顔になるんだ、この人。どうなるんだ、これが国王となる我が国。


「私も、レクシーって呼んでいい?」


「え、嫌です。」


「わかったよ、レクシー!」


 目眩がした。

 覚えておけよアレックス…。不良品の顔だけで飽き足らず、とんでもない兄を押し付けてくれたものだな…。


「わはははっ。サーシャ嬢に感謝しなくては。」


 そうだ。


「サーシャに何を言ったんです?」


 カーネリアンが、まるで僕の考えていた人間ではないのはわかった。これが演技とは思えないし、それならそれで気持ちが悪い

 だが、だとすれば、なぜサーシャは手を上げるほど怒ったのか?


「ん?お前の悪口。」


「……そうですか。」


 予想通り過ぎて予想外だ。

 それを満面の笑みのまま僕に言う神経も知れない。ちょっと本格的に国外逃亡も視野に入れようか、サーシャ。


「わぁ!レクシー様の好物ばっかり!

 あっ、さくらんぼも!」


 いつの間にか戻っていたサーシャが、やけに上機嫌に席に着く。


「ごきげんよう、サーシャ嬢。」


「ごきげんよう、お義兄様。」


 口を挟む前に、側支えが、サーシャにも茶を出してしまう。

 席に立つチャンスを逃した…。いや、まだだ。


「サーシャ、応急処置しか済んでないだろう。

 ディア公爵も心配してるのでは?」


 今のディア公爵なら、サーシャが怪我したと知ればすっとんで来るはずだ。

 なのに、ここに居ないということは伝えてすらいない…。


「怪我なんてしてませんったら。

 お父様には謝罪の席だと伝えてます。」


 怪我はないと言う言葉に反し、手にはしっかり包帯が巻かれている。


 …くそ。サーシャが直接話を付けたんだな?

 もっと大事(おおごと)にするつもりだったのに…。

 いや、先にうちの従者が伝達したとしても、サーシャの証言を信頼するのが道理か…。


「殊勝な心掛けだね。」


 性懲りもなくサーシャに話しかけるカーネリアンを睨み付けながら、サーシャのすぐ隣に座り直す。

 手には触らないよう、よくよくサーシャの魔力の流れを観察するが、…どうやら、本当に怪我はない。

 案外、上手に殴ったんだな。素晴らしい。


「ふふっ。

 いつ謝っていただいても構いませんよ?」


「ははっ!とんだ跳ねっ返りだな。」


「コツは六秒以内に発散することです。」


 えっ、あ、謝罪の場って、カーネリアンがサーシャに謝るのか。

 サーシャ、本当に怒ってるな…。


「光栄です。婚約者として当然の反応かと。」


「恥知らずも良いところだね。

 僕のレクシーを言い訳に使うとは。」


 そうだろうな。単純に僕の悪口を言われたからって、サーシャがここまで怒るとは思えない。

 てっきり、側妃の話でも出したかと思ったが…。


 ふと、こちらを見たサーシャと目があったが、すぐまたその視線はカーネリアンに向けられる。


「あら、私の婚約者です。

 …それとも、お眼鏡に叶わないと?」


 なんかサーシャが僕を取られまいとしてるみたいで気分がいいな。

 よくやった!カーネリアン!


 サーシャがカーネリアンをコテンパンにしたいと言うのなら、もちろん手を貸す。けれど察するに、そう言うことではない。


「さて。だとしても随分と手遅れのようでね。」


 色々諦め、紅茶を啜る。

 僕がここにいる必要もなさそうだけど…、かといって、この変態とサーシャを二人きりにさせるわけにはいかない。…この紅茶、美味しいな。


「愚弟は、叶わぬ花に魅入られたらしい。」


「は、はい…?」


 どうせなら、タルトも食べるか。ちょっとだけシチューも食べたくなってきた。体に好みが引っ張られてるのか?


「君、どこから来た?」


 やっぱりグラタンにするか。

 視線が定まったことで侍女が僕に取り分けてくれる。主達の会話は聞こえていても、聞こえないことにする。側付きの基本だ。


「……あの…。」


 またサーシャに見られた気がしたので、笑みで返す。君が困らないように。


「…えっ…と……。」


 不愉快極まりないが、似たようなやり取りを回帰前にも見た。

 どういう思考回路か知らないが、カーネリアンはサーシャがサンドラでないと気付く。


「僕、席を外した方がいい?」


 笑顔を張り付けたまま、努めて穏やかに告げる。


 ――これだから、カーネリアンが嫌いだ。


 回帰前、サーシャはカーネリアンにだけ異世界の話をしていた。

 僕がサーシャの世界の言葉を知ってるのも、二人の会話を聞いてたから。


 サーシャが故郷の話をしたのは、カーネリアンだけだ。


「…いえ。」


 サーシャは僕の手を取ると、そのまま立ち上がる。


「すみません、殿下。

 よく聞こえませんでした。」


 つられて僕も立ち上がり、サーシャの隣に並ぶ。


 いいの?と聞こうとした。あの時間は、君にとって替え難いものだったはずだから。


「そろそろ夕食ですので、帰らせていただきます。

 ディア家に。」


 でも、君がいつも通り微笑むから、僕も笑みを返して腕を差し出す。


「うん。」


 きっと、サーシャの作ったグラタンの方が美味しい。


「ご機嫌よう、お義兄様。」


 腕を組んでくれたサーシャと、並んでお辞儀する。

 まるで僕も一緒にディア家に帰るみたいで、ちょっと面白い。


 回帰前のカーネリアンが、サーシャの正体を指摘したのは学園入学後。だから、そもそもの展開が早いのだけど…。


 それでも。


 カーネリアンに、真実を明かさなかった。

 僕を見て、戸惑って、僕より先には明かさないと選んでくれた。


 傾きだした空。太陽は直に喧しいオレンジから…、君色に染まるだろう。


「やっぱり苦手です、あの方。」


 不満気に膨らむ頬。組んだ腕にほんの少しだけ力が入る。だから僕は腕を重ねたまま、もう片手でつつく。

 するとサーシャは僕を睨み、余計に頬を膨らませた。


「ふふっ、そうだね。」


 君のことは全部知っている。もし、そう告げたら、君はどんな顔をするだろうか。

 楽しみだ。

 怒りも、それに笑みも、喜びの涙も、全てが僕だけのものなのだから。

 そして最後に手に入れる、君の絶望も。

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