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悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第一章 「幼年編」

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23/32

23.第一王子

 規則正しく隊列を組む薔薇の海。


「っ…!」


 それを掻き分け僕は走る。


 第一王子、カーネリアン。次期王となる彼が、公爵家の一人娘に危害を加えるとは考えられない。

 それなのに、どうにもざわつく心臓を説き伏せられない。


 走るうち、花の種類も変わっていく。真ん丸な太陽のような八重咲きの花を乗り越え、本物の太陽が僕を見つける。


 ――バチンッ!!


 乾いた破裂音が、花園に響いた。一切の淀みのない、鋭く、手本のような平手であった。


「……サーシャ?」


 僕は走った。カーネリアンが君に甘い言葉を囁き、笑みを向け…。

 君が、カーネリアンに奪われるんじゃないかと思ったから。


「えっ、レ、レクシー様…?!」


 視界の先。陽光の差し込む茶会の場で、サーシャが、カーネリアンの頬を打っていた。

 白い手が、振り抜いた形のまま空中に残っている。


「あっ、」


 視線に気付いたサーシャが自分の手を胸に抱える。

 しまった、という顔だった。 珍しく、はっきりと狼狽が浮かんでいる。


 見開いた目に映った全ての情報が、理解へ昇華する。


「カーネリアン…‼」


 怒鳴るような声を上げながら、僕はカーネリアンの前に立ち、サーシャを背に庇った。


「えっ?!ち、違います!

 私です!私が手を上げてしまったんです!」


 サーシャの言う通り、眼前の男の片頬には、赤みが宿りつつある。


「分かっている。」


 思わず舌打ちが溢れた。

 一刻も早く手当しなければ。殴り方もろくに知らないサーシャのことだ。手を痛めているかもしれない。


「酷いんじゃないか、アレクサンダー?

 被害者は私の方なのに。」


 向けられた敵意に、平気で笑みを返す。端から見ても、誰がコイツを弱者だなんて思うだろうか。


「殿下が、サーシャに手を上げ"させた"んでしょう。」


 サーシャから手を上げたんじゃない。まず最初に、この男が、越えてはいけない線を越えた。状況を見れば解ることだ。


「…ふーん。」


 カーネリアンから笑みが失せ、代わりに怒りを覗かせる。

 明らかな敵意を向けても、どこかに居るはずのカーネリアンの護衛が手を出してこないのは、ディア公爵が城内に居る影響か、僕の護衛(隠)に気付いているからか。


「挑発のおつもりですか?

 幾度か警告したはずだったけれど。」


 カーネリアンが差し向ける、毒も、刺客も、政略も、すべて丁重に歓迎してきた。

 君が僕の死を望むにしても、膿を排除したいとしても、どちらもどうでもいいから。


 越えてはいけないラインは一つだけと、示してきたつもりだったが。


「さて?

 …私は弟の婚約者を紹介すらされてないからな。」


 音が沈む。視界の彩度も落ち、僕も視界が鋭利になる。


 カーネリアンは、意図して僕の警告を無視した。これはつまり宣戦布告だ。僕を徹底的に排除するために、僕の味方と成り得る全てを廃するという。


「良いだろう。」


 心臓がゆっくりと、なのに力強くなり、指先にまで魔力が巡る。


 王位に興味はない。地位も不要だ。財も栄誉も。好きにしたら良い。

 サーシャだけはいけない。

 僕の復讐だけ。道の端に立つことも許さない。


 それを、解って貰わなければ。


「…ア」


「レクシー様!!!」


 引っ張られる腕に重心がブレ、魔力が霧散する。ハッと我に返り、サーシャに体を向ける。


「すまない…!驚かせたか?」


 僕の腕を握る手が震えている。顔も少し青く、冷や汗が滲んでる。


 怯えさせてしまった。行動を間違えた。サーシャの前で怒りを露にすべきではなかったのに…!


「誤解です…っ、レクシー様、私は」


 呼吸が荒い。焦点もブレいている。これは魔力酔いか?

 僕のせいだ。サーシャがすぐ後ろにいることを解っていながら、魔力コントロールを怠った。


「良いんだ、もう帰ろう。

 ディア公爵には僕から伝える。金輪際、登城する必要はない。」


 僕を掴んでいた手をそのまま握り返し、花園に背を向ける。


 つい先ほど、晴れて王族以外の地位を手に入れたところだ。僕がカーネリアンを殴ったことにして、王族から除籍になれば、僕もこの城に居る必要がなくなる。


「アレクサンダー‼」


 そうだ。どさくさに紛れてディア公爵に取り入れば、ジェイドよろしく公爵家に住み着けるかもしれない。全くもって悪くない。悪くない案だ。


「レクシー様!」


 存外に怪力なサーシャは、なかなかの力で僕を花園に連れ戻そうとする。

 それ以上の力を加えれば良いだけだが、サーシャにケガをさせるわけにはいかない。


「お義母上はどうするつもりだ!!

 あっ…。…っ、アレクサンダー!」


 けれども、今回はサーシャの言う通りにしてあげることも出来ない。


「すまないが、馬車のなかで聞かせてくれ。

 雑音が酷い。」


 きっとサーシャは、カーネリアンを庇うつもりなのだろう。話くらいはもちろん聞くけれど、ここではムリだ。


「こ、ちが、もう、あぁ…!」


 まずサーシャの治療をしなければ。それからディア公爵を呼んで、問題を大きくしよう。王も、今問題は起こしたくはないはず…。


「うぁ…、も、っ…!レクシー様!」


 ふと強く手を引っ張られた。倒れそうになるけど、下手に耐えてサーシャの手が悪化しても困る。

 ここはサーシャの望み通り倒れて…、その後、多少無理矢理にでも隠に運ばせるか…。


「………えっ」


 ふに、と柔らかな感触が頬に当たる。何が当たったのか、その正体を探す。サーシャとの顔の距離、温度、匂い、何より


「さー、しゃ…?」


 顔が真っ赤に歪んでいる。わなわなと震える唇に、目は羞恥に潤む。

 その目をぎゅっと閉じ、サーシャは大きく息を吸う。あ、耳まで赤い。

 思わず伸ばした手を、サーシャに捕まれる。


「カーネリアン様は重度のブラコンなんです!!!!」


 ……………"ブラコン"。


「は…?」


 不本意ではあるが、恐らく、カーネリアンと僕の思考は同じだ。"ブラコン"という言葉の意味が解らない。

 思えば、回帰前の世界でもカーネリアンに対して言っていたことがあったか…?

 …今、耳を触ったらさすがに怒るだろうか。


「カーネリアン様!

 レクシー様は何度も命を狙われています!」


 一瞬、ぐにゃりと空間が歪む。目眩かとも思ったがすぐに違うのだと解る。


「…何だと?」


 今のは、カーネリアンに相伝された空間魔法だ。


「レクシー様。

 これは、ただのお願いです。」


 サーシャが柔らかく、でも確かに、僕の手を握る。

 きっと、切望はされていない。もっとずっと軽い…。ただ、明日は晴れだったら嬉しいなという…、その程度の願いだ。


「ちゃんと話してみてくださいませんか?

 私にしてくれたみたいに。」


 でも君が手を握って、僕を引き留め、言葉にするほどの願いだ。


「………。」


 サーシャの後ろ、金髪の少年へ視線を向ける。僕より2ヶ月だけ先に生まれただけの、10歳の子供。


 察するに、僕への刺客について何も知らないのだろう。王妃様の単独か、もしくは臣下の暴走か。それならそれで、なおのこと話すことはないのだが…。


 また視線をサーシャへ戻す。

 目を離した隙に、赤らんだ耳はすっかり元通りになってしまっていた。

 惜しいことをしたな、まったく。


「良いよ。

 君が治療を受けてる間だけね。」


 君の願いは、なんであろうと聞くしかない。

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