21.ルーティン
赤い薔薇。黒い薔薇。その二色だけで統一された庭園。その花弁の向き一つさえ定められているような、手入れされ尽くした庭。余りある洗練さは、訪れた相手を気後れさせるほどだ。
「うわぁ…すご………」
王が余計な贈り物のせいで、再び馬車に乗ることになってしまった。王宮は無駄に広すぎる…。とはいえ、侍女長の粋な計らいで、今度こそサーシャと二人きりで馬車に乗れた。
良いことはするものだね。
「ありがとう、レクシー様。」
馬車を降りるサーシャへ、再び手を差し出す。
三年の月日の甲斐あって、サーシャは随分と僕の手に慣れた。
望ましい進歩だ。サーシャは必ず、僕の手を取る。ディア公爵が居ようが、または騎士が居ようが、もちろんジェイドが居ようが…、例外なく僕の手を。
「ふっ…。」
ついまた笑ってしまう。
「ふふっ、上機嫌ですね、レクシー様。」
不思議と、そう言うサーシャこそ嬉しそうに笑っていた。
さっきまでは緊張した風だったのに、この数秒で落ち着きを取り戻したらしい。
「エスコートに、かなり慣れてきたみたいだと思ってね。
あとはお礼を忘れてくれれば、僕は満足なのだけど?」
微笑み、預かっていた手に口付ける。騎士や従者の目があるからフリだけれどね。
「ぅぇ?!ぁ、そっち?!」
ちゃんとフリに留めたのに、やっぱりサーシャは手を引っ込めてしまった。
不満だ。
ジェイドとの練習では、にこにこ楽しそうに笑っていたのに、なぜ僕はダメなのか…。
やはり、顔のせいか?
「じゃなくて、国王陛下です!
黒蛇病での成果を讃えて正式に叙任式?があるんでしょ?!」
王宮のなか、僕に割り当てられた金緑宮に立ち入る。
「惜しい。」
微妙に間違ってる。今回の報奨と、僕が正式な王族として認められる叙任式は関係ない。
見慣れた宮も、サーシャが居ると少しだけ新鮮に感じる。
「陛下と…、お父様とゆっくり話せる機会じゃないですか。」
部屋に入ったところで、サーシャに手を握られた。
君から離れたくせに、また君から僕の側に来る。喜ばしいことだ。君の言葉の意味は解らないけれど。
「下賜されるだけだよ?
言葉を交わすような場じゃない。」
恐らく、さっき言ってた"そっち"。サーシャは、僕が国王と会えることに喜ぶと思ったのだろう。
的外れも良いところだ。
僕は君以外、興味ない。君を堕とすのに必要なこと以外。君にさえ復讐できるのなら、究極…他の攻略者共はどうでも良い。
まして国王など、少し大きな石程度だ。
「でも、きっと褒めてくださいます。」
手を握るサーシャの力が少し強くなる。
…僕が逃げると思ってるのだろうか?まるで、逃すまいとする手だった。
不理解は逃げだろうか?否。この世すべてを理解する時間はない。
理解しないことは逃げではなく、ただの選択肢の一つだ。
だから少し大きな石程度のこと、わざわざ思考する必要はない。
「…サーシャ。」
けれど、だからこそ、僕はちゃんとサーシャのことは理解しなければ。
「国王に褒められたいとは…、考えたことないかな。」
深紅の目をまっすぐ見つめる。
僕は君に嘘を吐かない。だから、その手を握り返し、ただ見つめる。
君を堕としたいことも、この世のすべてから独占したいことも、君にだけ唯一の感情を抱くことも、すべて真実だと伝わるように。
「僕にとって、陛下は陛下で、
陛下にとって、僕は家臣の一人だ。」
次期王たる第一王子ならまだしも…。
仮に第二王子の僕が王に関心を望めば、反逆の意思ありと難癖をつけられても不思議じゃない。
たぶん、アレックスも同じように考えた。
だからはじめから期待しない。望まない。興味がない。
「僕ね、もう疲れたんだ。」
ちょっと驚く。自分で放った言葉に。不思議だけど驚いてしまった。だって、口にしてみると…、本当にピッタリ僕の心境に合っていたから。
「…。」
すぐ側で息を呑む声がする。
素直に話しすぎたのだろうか?嘘は吐かないけど、別に真実を話す必要もなかったのに。
…少し、アレックスとお茶を飲み過ぎたかな。
紡がれることのない言葉。だけど手は握ったまま。視線も逸らされない。
サーシャの目には、いつも僕の目が写ってる。
「だからね、僕は幸運なんだ。」
握られた手を引き寄せ、離さぬよう腰を抱く。
視界を君だけに染めるため。
…斯くも、アレックスの人生は苦痛だったろう。絶望まみれだったろう。空虚であったろう。
望むものはなく、望まれるものもなく。
けれど僕は違う。
「褒められたいよ、君に。」
君への憎悪がある。
道すらない、この先で、きっとすべての人々はただ息をする。いつか見つける意義のために。
違うのは、それが見つかる前に心臓を失くすか、それとも間に合うかだけ。
「僕は君に愛してもらうため、生まれてきたんだから。」
これは紛れもない幸運だ。意義を、生まれる前から持っているのだから。
道が見える。坂も障害もゴールも、何もかも君への憎悪が照らしてくれている。
迷うことなど少しもない。
「…本当に、」
手が離れてしまう。サーシャが離すから。でも僕は君を離さないから、この距離は変わらない。
君が逃れたいと懇願しても、策を尽くしても、運命を捩じ伏せても、僕は君を逃さない。
いつ、君は理解するだろうか。
「私はあなたが解りません。」
サーシャが僕の頬に触れる。
「…サーシャ?」
離した手は逃れるためでなく、僕に触れるためだった。
君の額が、僕の額に触れる。
どうしてか君の目は、何かを耐えるように、祈るように閉じていて、その紅が見えない。
「また…、そんな顔をして……。」
さっきまでの良い気分が、一瞬で萎える。
「悲しい顔なんてしてないけれど。」
やはりこの顔だ。この顔のせいなのだ。このアレックスの顔は…、本当にサーシャの初恋と似ているのだろう。
「ふふっ…。そうですね、ビックリしました。」
目を閉じたまま、サーシャは笑う。頭をぐりぐりと押し付ける君は、どこか満足気だ。
きっと嫌がらせなんだろう。だけど痛くも何ともない。ただ、君の香りが咲くだけ。
「サーシャ。」
いっそ、この顔にナイフでも突き立てれば、君は僕だけを見るだろうか。
「なんですか?レクシー様。」
笑う君に、どうしようもなく望郷が透けて見える。
とっくに埋まってしまった一番を落とすのは、なかなかに難儀だろう。
なればこそ、きっと君はこの世界をハッピーエンドへ導いた。
むしろ上等だ。そうでなくては困るだろう。
「期待してるね、君のドレス。」
華奢な両手を奪って、その頬へ口付ける。
いいとも。この顔だって利用するさ。君の初恋を手繰り寄せ、上書きしてしまおう。
「なぁっ?!!」
奇っ怪な声を上げながら飛び跳ねたサーシャに、仕方がないから手を離してやる。
あの距離で口にしなかっただけ、紳士過ぎるくらいだと思うのだけどね。
あまり攻めて避けられたら、それこそ本末転倒だし。
「な…なん」
両手で自分の頬を抑え、ぷるぷると震えるサーシャは珍しく顔を赤らめている。眉を曲げ、これでもかと見開いた目には、うっすら涙が浮かんでいる。
…うーん、これは。
「僕以外に近付きすぎないでね?」
とても良くない。気があると誤解される。変だな、こんなに隙のある子だったか?
「レクシー様にも近付きません!!!バカ!」
跳ねるように遠ざかる君は、ちょっと大きめの音を立てて隣の部屋へ逃げてしまった。
「相変わらず、わからない子だなぁ。」
苦笑しながら、侍女たちへサーシャの着替えを手伝うよう指示する。それと僕が居ない間の護衛と軽食も。
踵を返し、僕もまた部屋を後にする。とっとと、王の 謁見を終わらせるために。




