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ジョブチェン!悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第一章 「幼年編」

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20/21

20.王宮

 揺れる馬車の、窓の向こう。

 雲一つない快晴の青空の下、美しい空を祝うように、桃色の花弁が舞う。


 季節は春となった。


 まだ肌寒さの残している我が国は、笑えるほど平和だ。


 こんな絶好の茶会日和、サーシャを誘わない手はない。なんならジェイドが来るのも許してやれる。それくらいの、心地好い日に………。


 なぜかこの馬車は重苦しい空気に包まれていた。


「王は一体何をお考えなのか…。」


 原因は一つ。目の前に座るディア公爵のせいだ。ただでさえ、狭い馬車でしかめっ面をしたり、溜め息を吐いたり…。

 溜め息を吐きたいのはこちらの方だ。本当ならサーシャと二人きりの馬車だったのだから。


 とはいえ、公爵を責める気にはならない。


「あの方はいつも急すぎるのだ…!」


 窓の向こうの景色が止まる。

 先に降りた公爵を追って、最後に降りるサーシャへ手を差し出した。


「ありがとう、レクシー様。」


 つい、笑みが溢れる。


「まったく…!」


 ハッといくつかの咳で笑みを誤魔化した。


「まだ礼儀作法も満足に身に付いていないサーシャに、一人での謁見を望まれるなど…。」


 公爵の睨む先にあるのは、王の居わす宮殿。


 …サーシャと、ついでに僕は、黒蛇病解決についての報奨のため王に呼ばれた。


 公爵の怒りはもっともだ。


 魔力覚醒済みとはいえ…、デビュタントどころか、まだ8つの幼子を王宮へ呼ぶなど、ハッキリ言って狂っている。


「む…。私はちゃんと頑張ってます!

 先生方だって褒めてくださいますよ!」


 頬を膨らませ、サーシャは怒っているかのように公爵を睨んだ。

 見ない間に、リスの物真似がさらに上手くなったね。


「ち、ちがうサーシャ!私の言い方が間違っていた!

 つまり…、まだ子供のお前には負担が大きいと…。」


 その子供に慌てふためく公爵は、見てて面白い。


「ちゃんと褒めてください!」


 サーシャはまだ不服の様子で、頬を膨らませたままにしている。


 潰してみたら、本当に怒るだろうか?


「す、凄いぞ!いつもよく努力している!」


 あまりに稚拙な言葉。

 サーシャは公爵の手を促し、自らの頭に乗せる。そこまでされて、公爵はやっと遠慮がちに、彼女の頭を撫で出した。


 相変わらず、態とかと思うほどぎこちない。なぜカクカクとした動きになるんだ…?


「ふふ…」


 なのに、サーシャは満足気だ。君が嬉しいのなら、それは善いことだ。

 良かったね、サーシャ。わざわざ大袈裟に怒ったように見せた甲斐があったじゃないか。


「本当に…。」


 唐突に、公爵がサーシャを抱き上げる。


「私がお前くらいの頃は、もっと遊び呆けていたのだがな…。

 大きくなってしまって。」


 さっきまですぐ横にいたサーシャが、すっかり見上げる高さまで行ってしまった。

 ちょうど僕の頭に、サーシャの足がある。…僕では、まるで届かない。


 前言撤回だ…!公爵め。悪意のない分、ジェイドの何倍も嫌みな男だ。


「お、お父様…!降ろして!」


 バシバシと腕を叩かれているのに、公爵は気付いてすらいないのか、サーシャを下ろすことはない。それどころか、片腕に抱いたまま歩き出した。


「あと何年、こうさせてくれるだろうか…。」


「今もダメです!恥ずかしい!!」


 勝手に一人の世界に閉じ籠った公爵に、もはやサーシャの声は届かない。


 最近気付いたが、この人もバカなんだな。認めがたいが。


 この人の娘じゃなくて良かった…、と今日ほど思ったことはない。僕なら恥死する。


 すれ違うすべての人間から視線を向けられる。ニコニコと嫌になるほど好意的な視線を…。それは、すぐ横を並んで歩く僕にまで…。


 はじめは抵抗していたサーシャも、今では遠い目をして、時折「オハナ キレイ…」と声を漏らすばかり。


 僕もまた…、王国に呪いあれ…!と恨み言を吐きながら、生暖かい視線に耐えるしかなかった。


 ふと、前から女性が2名、歩いてくるのが見えた。


 その視線には、気色悪い温度はない。

 隅に避けないことを見るに、僕に用があるらしい。


「アレクサンダー王子殿下。」


 僕たちの前で止まった2人は、うやうやしく頭を下げる。

 侍女長と、その補佐の侍女だ。


 さすがは王宮の統括を任されてる侍女の長。暖かさは元より、その目には動揺すらなく、平常心を保っている。


「父上からか?」


 おかげで、僕も正気を取り戻せた。


「左様にございます。」


 王からの伝言。送り先は僕ではないらしい。察するに、サーシャ宛だろう。

 しかし…、わざわざ謁見前に?


 ふと気付いて、頭を下げたままの侍女長に目を細めた。


 不快だ。


 王宮に連れてくること事態、良い気分ではなかったのだ。

 側妃やら皇后、第一王子、王族派も貴族派も、何もかも、どれ一つとして、サーシャの目に映したくない。

 それは王とて同じこと。


「はぁ…。」


 敢えて聞かせるよう、強く溜め息を吐く。


 最も信頼する侍女長を介したのは…、王なりの最大限の配慮だろう。

 悪意はない。


 …良いだろう。貿易規制の恩がある。だが2度はない。


「ディア公爵、令嬢、こちらは侍女長のルイザだ。」


 侍女長へ背を向け、2人に紹介する。…というか、公爵はいつまでサーシャを抱き上げてるんだ?


「久しいな、ルイザ。」


 顔を上げた侍女長と公爵が顔を見合わ…、いや睨んでないか?


「久しいようには感じませんわ。何分日々奔走しておりまして…。」


 これは…、あれか。あれだよサーシャ。"京言葉"だ、これ。


久しい(何が)ようには(久しぶ)感じませんわ(りじゃワレェ。)何分(こちとら)日々(おどれの)奔走(お陰で)しており(忙しいっ)まして…(ちゅうねん)。』


そうか?(そうでしょうか?)

 王宮の時間は(それにしては)随分と(随分と)穏やかに(暇そうに)流れるものだと(見えますよ。)感心していた(仕事が)ところだったが(遅いんですね)。」


過分な(何抜かし)お言葉ですわ(とんねんボケ)

 私共も(わしらが)ほんの少しは(トロいんやったら)公爵様を(おどれの)見習えた(仕事は)ようですわね(カタツムリ以下じゃ)。」


 これ見ててちょっとおもしろ…、いやいや。


「コホンッ」


 咳払いをして競技(リング)場…ではなく場を整える。


「ルイザ、用件を。」


 侍女長にはいつも世話になっている。公爵には悪いが、今回は侍女長に譲ってもらおう。

 どうせ、公爵がジェイドの家の傍系関連の何かしらを、侍女長に依頼してるんだろう。そっちで勝手につつがなく済ませてくれ。


「失礼致しました。」


 ある程度満足したのか、侍女長は僕へ感謝の笑みを向ける。

 そして再び、優雅に、けれど深く頭を下げる。


「恐れながら、王より令嬢へ贈り物にございます。」


 だろうな。

 王の発想力じゃ、どうせドレスとか装飾品が関の山だろう。


「サーシャに?」


 解りきったことを敢えて聞く。これは圧だ。侍女長とか王に対してでなく…、公爵に対して。


「ええ。」


 侍女長も僕もまったく同じ声音で聞き返す。

 これもきっと"京言葉"だよ。言ってる内容は一つ。『とっとと、サーシャを降ろせ。』


 ハッと我に返ったのはサーシャの方。

 可哀想に。公爵が意図的に降ろさなかっただけなのに、サーシャの方が慌てている。

 そういうところだぞ、元父上。いやお義父様。


「ご挨拶申し上げます。」


 やっと降ろしてもらったサーシャが、ドレスの裾をつまむ。


「ディア公爵の娘、アレクサンドラです。」


 上出来だ。ディア家の名前に相応しい、立派なカーテシーだ。


「あら、まあ…。」


 手で口を覆い、侍女長がほとんど溜め息のような声を漏らした。

 何も言っていないのに、サーシャを可愛いと思ってるのが伝わってくる。


 これは、あれか。"ロリコン"というやつか…?


「ン"ンッ…。

 陛下より、何着かドレスを賜っておりますの。」


 だろうとおもっ…、聞き間違えかな。人体から聞かない音が聞こえたよ。


「お気に召すかは解りませんが…。」


 侍女長は一瞬でいつも通りの姿に戻る。ピンと背筋を伸ばし、胸に手を当て伺いを立てる様は、騎士を彷彿とさせるほど洗練されている。


「ご不快でなければ、どうか陛下のわがままを聞いていただけませんか?」


 あまりの変わり身の早さに、さっきまでのは幻覚かな?とこっちの頭を疑ってしまう。


「ふ、不快だなんて…、どうして私に…。」


 あくまで姿勢は正したまま、侍女長は顔をほころばせる。


「笑ってやってくださいまし。

 陛下はずっと姫君を望んでらしたのです。」

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