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ジョブチェン!悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第一章 「幼年編」

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19/21

19.初恋

「君の…、初恋か?」


 この数年…、回帰前の世界でも、君は一度も…、誰かにそんな顔を見せはしなかった…。


「へっ?、いえ、そんな、まさか!?」


 僕の目の前で…、僕以外の誰かを思い浮かべた。


「………ぁ…、うぅん…、でも……、そうかも。そうですね。」


 僕は知らない。君を何も知らない。君の世界を知らない。

 なんという国で生まれたのか。学校には通っていたのか。本当は何歳なのか。仕事はしていたのか?家族は?同僚は?友人は?


 …恋人は?


「最初で最後の人です。

 私の神様みたいな人。」


 サーシャに背を向け、テーブルの上で拳を握った。冷静になれと何度も唱える。


 だから…。これだから嫌だったんだ。手紙なんて読みたくなかった…。

 知らなければ…。知りさえしなければ…。


「妬けるな…。僕は君と結ばれるために生まれてきたのに。」


 こんな気持ちにならなかったのに。


「ふふっ、ご冗談を!私の好きな食べ物すらご存知ない癖に!」


 ああ…、君も、僕を何も知らないのだね。


「卵と海鮮が好きで、トマトとパプリカと…、あとカタツムリが苦手なんだろう?」


 カタツムリだけは最近知ったこと。こうしてレクシーとなってから、はじめて知れたこと。


「いやそれは私の…。え、はい。そうです…。合ってます。それは"私"の好き嫌いです。

 …なんで?」


「何でなんてことはないだろう。」


 ローテーブルに、君の好きな茶菓子を並べる。


(あーあ。)


 なんとも形容し難い感情だ。

 君の初恋は、僕が生まれる前からとっくに奪われてしまっていた。

 きっと、君のはじめては一つも手に入らない。


 何とも、残念だ。この上なく。


「君が雨のなか泣いてた日から、毎週お茶会をしてるじゃないか。」


 だけれど、今の君の瞳に、その初恋の誰かはいない。


「あ、そ、そっか…。確かに…?」


 その百面相も、涙も、恨み言も、触れる温度も、すべて僕だけに与えられている。


「毎週、楽しいよ。」


 僕が君のはじめてを持っていなくとも…、君が僕の唯一を持ってる。

 驚きも、恨みも、絶望も、憎悪も、すべて…。君がくれたはじめて。君が唯一だ。


「それに君の作るものは何でも美味しい。」


 味覚だってそうさ。生まれる前から、君に胃袋を捕まれてる。


 向かいのソファーに座り、少し温くなった紅茶をすする。


 ああ…、やっぱり、君の緑茶が飲みたい。


「…あの日、」


 静かに、サーシャがカップを置く。


「どうしていらしたんですか?

 誕生日を祝ってくれたことなんて…、1度も。」


 毎年の雨の日。6月5日。(アレクサンドラ)の誕生日であり、そして(アレクサンダー)の誕生日でもある。

 側妃様が嵐となる日。


「どうして、か…。」


 アレックスは、(サンドラ)の誕生日を祝ってくれていた。でもそれは(サンドラ)が寄宿学校に入ってから。

 ゲームと違う展開を疑問に思うのは当然だ。


 カップに映る自分の顔を見つめる。いつの間にか随分と見慣れた、僕の顔。


「素敵な王子さまになってみたかったから…、かな。

 君が泣いているような気がしたから。」


 レクシーとして目覚めた直後…、君を堕とすため、君だけの王子になると決めた。君の涙の側にあると決めた。

 君に喜びを振り撒いて、そして裏切るのだと。


 微笑んだのに、サーシャはジッと僕を睨むように見てくる。


「あれ、疑ってる?」


 それは心外だ。

 発した言葉に、嘘は一つもない。僕はいつだって君からの問いに真摯に答えている。


「信じられなくて…。」


 なおも続くサーシャからの疑いの目。

 つい、笑ってしまう。

 思えば、サーシャから疑われる、だなんて、僕だけの特権だと気付いたから。


 そうだとも。過去の影は、今の君を殺せない。


「君は?」


 今、君の目に映るのは、僕だけだ。


「え?」


「君はあの日、どうしてわざわざ雨に濡れてたの?そして泣いてた。」


 僕は18年、君を見続けた。言葉を、行動を、その顛末を見届けた。

 けれど君の胸中は誰も知らない。僕でさえ。


「私は…」


 それを、知りたい。


 今なら、それを聞けるから。


「ラベンダーをお守りしたかったんです。

 でも雨は冷たくて、お腹は空いてるし、お屋敷はあんまりにも広いし、花は流れていくし…。

 ずっと一人…。」


 そりゃ、(アレクサンドラ)はラベンダーが好きだけれど。


「解らないな。君、ラベンダー好きだっけ?」


 それは君の体(サンドラ)の趣向であって、(サーシャ)のものではない。


「…はい。私は確かに…。」


 君が好きなのは、チューリップとかガーベラとか、一輪の大きな花だ。というか、花事態にそこまでの関心がないだろうに。


「どうして?」


「…う、うぅん…………。」


 悩んでくれ。苦しんで。考えてほしい。聞いてみたいんだ。答えは何でもいい。

 それがサンドラへの同情でも、模倣でも、何となくでも…。そのすべてが欲しい。


「…あっ!」


 それは(サンドラ)のためだけの感情だから。


「ふふっ、かみさまが好きだからっ!」


 また、君の頬が赤らんだ。


「…………神、ね。」


 絶望的に見当違いな理由だった。そこにサンドラは影もなかった。


 君が幸せそうな顔をしている。僕が必死に引き出そうとしてきた顔だ。それが今は、あまりにも簡単に…。思い出す…、たったそれだけで。


「この世界のこと、私はまだ知りません。

 嫌なところばっかり知ってます。

 きっと、どんな世界でも、生まれてしまったら…、私は嫌なところばかり見つけてしまうのでしょう。」


 きっと君の世界も、完璧な楽園ではないのだろう。だってそうじゃなきゃ遊戯(乙女ゲーム)なんて生まれないから。


「妬み、欲深さ、理不尽や、恐れ、それに裏切り…。

 数えたらキリがない。」


 君は、君の世界で裏切られたのだろうか?ほんの僅かでも(サンドラ)に共感した夜があった?


 僕は、君の苦痛を、ちゃんと苦痛と呼べるだろうか?


「だけど、私はかみさまが好きです。」


 その唯一の人と、楽園のような日々を得た君に。


「なので精一杯生きることにしました。」


 そうか。そうなのだね…。

 君の優しさの所以。その強さの原因。それはきっと、その人との思い出なのだろう。


「素晴らしい方なのだろうね。」


 君のすべてに、その人が息づいている。


 目を閉じる。堪えるように。祈るように。頭に浮かんでは消えていく考えや感情。それらすべてに一つも名前を付けず…、ただ眺める。


「あの日、レクシー様が迎えに来てくれたお陰です。」


 君が僕を呼ぶ。


「…僕の?」


 アレックスでも、他の攻略者でも、サンドラでもなく。


「ええ、貴方があんまりにも素敵に笑うから。

 憎ったらしくて、腹が立って、絶対幸せを掴むぞーって思ったんです!」


 僕が君を見ている。


「知らなかったなぁ。僕、そんなに嫌われてたのか。」


 憎ったらしいと、僕に言う。万人に優しく、全てを慈しむかのような君が、(レクシー)にだけ違う顔を見せる。


「あ…、いえ、そんな…。む…、うん!そうです!

 だって誕生日を祝っていただいてません!

 婚約者として有り得ませんよ!」


 立ち上がり、サーシャの隣へ座り直す。

 君は相変わらず、どんなに近付いてもピクリとも動揺しないけれど。


「それに…、それに…………?」


 でも、頬は少しは赤くなった。怒り由来だし、それもすぐに冷めてしまったけれど。


「そうだなぁ。誕生日かぁ。」


 祝う習慣がなかった。贈られることが嬉しいという考えがなかった。


 見慣れた黒髪を一束持ち上げ、口づけを落とす。


 君が喜ぶものはなんだろう。欲しているものはいくつも思い付く。冷蔵庫とかディッシャーとか大豆とか。

 でもそういう役立つものじゃなく…、君自身が嬉しいもの…。


「あの…、レクシー様ってもしかして理想の婚約者さま…?」


 手から黒髪が逃げてしまう。視線で追うと、サーシャがこれでもかと目を見開き、己の髪を握りしめていた。


 表情から嫌悪は感じない。怒りも。あるのは動揺だけ…。


「ふっ…、あははははっ。なんだい急に。褒めてくれるの?」


 照れてる?髪に少し触れたくらいで?ウソだろ君。君の方が凄いことしてたのに。


「いやだって思い返してみると、非の打ち所がないどころか加点が多すぎる…。

 ぐぬぅ…!」


 ぎゅっと目を閉じ、ぷるぷると小刻みに震え出す。


 えぇ?何?小鹿の物真似?何がどういう思考回路で悔しがってるんだい?


「ふふっ…。君に好いて貰えないんじゃ意味がないんだからね?」


 髪を握ったままの君の手に、また口付けしてみる。


「ぐわっ…?!」


 良く解らない鳴き声を上げながら、サーシャは飛び退いて、ソファーから離れてしまった。

 これは、あれか、リスの物真似かなぁ?


「っ…、さすが"裏ボス"…っ!攻略ルートすら存在しない癖に人気だけはあるんだから…!」


「ははっ!さては君、本当に僕のこと嫌いだなぁ?」


 敵意満載の瞳だ。睨み付け、ぷるぷる震えて…、顔がぎゅっと中央に寄って、物凄く面白い顔になっている。


 ああ、今までで一番マシな顔じゃないか。


「っ…、もー!!悔しいー!!!その顔禁止だってば!!!」


「どの顔か解らないったら!」


 吹き出してしまった僕に、サーシャはなおさら怒っていた。

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