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ジョブチェン!悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第一章 「幼年編」

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18.思量、または考えすぎ

「あんまり怒らないでね、姉さん。」


「…ありがとね、ジェイディ。」


 入る余地のない姉弟のやり取り。そのあとで、扉がゆっくりと閉められる。

 閉まる間際、扉の向こうのジェイドと目が合う。グッと握りしめた拳を顔の前に掲げ、何か伝えるように揺らしていた。


 …なんだろう。下手なことしたら殴る、とかかな。


 それにしては何とも言えない、誇らし気な顔をしていた。


「…お久しぶり、ですね。レクシー様。」


 ハッと我に返り、サーシャへ視線を返す。


「あ…、あぁ。元気、だったかい…?」


 あくまで平常心で返そうと思っていたのに、自分でも気持ち悪いほど動揺した返事になってしまった。


「あら、近況なら手紙でお伝えしてますが?」


 ぐっ、と喉の奥で聞きなれない音がした。

 怒っているだろうか?それとも呆れ…?どんな感情を示されても当然だ。


「す…、すまない。返す言葉もない。」


 文字通り合わせる顔がなく…、方手で頭を抱える。

 手紙を無視する…、なんて一番の悪手だ。誰がどう考えても分かりきっていたのに…。


「ふふっ…。」


 驚いて顔を上げると、サーシャは微笑んでいた。なぜかいつも以上の上機嫌だ。


 目が合うと、サーシャは笑みをそのままに頭を下げる。

 そのお辞儀は、いつの間にか優美なレディらしいものになっていた。


「魔塔主が娘、アレクサンドラ・フォン・ディア。

 ここにアレクサンダー・ヴァン・フェルハート様へ心より感謝申し上げます。」


「えっ、…な、どうしたの急に…。」


 恐怖に、一気に思考が走る。


 サーシャのこの機嫌の良さはなんだ?なぜこんなかしこまった挨拶をする?お礼とは何のことだ?まさか、これを機に婚約破棄など考えているのでは…。


「急ではございませんよ。

 ずっと伝えたかった。それだけです。」


「あ…、そうか、手紙…。」


 随分と…、馬鹿な思考の仕方をした。


 サーシャはそんな人間じゃない。機嫌が良いことに裏なんてない。ただ単純に機嫌が良いのだ。

 その理由は解らないのだが…。


「ディア公爵家は未来永劫、あなたへのご恩を忘れることはないでしょう。」


 なおも頭を下げるサーシャ。そこでやっと、黒蛇病に関する礼なのだと気付く。


「止してくれ…。」


 顔を上げて欲しい。どうか、僕に頭なんて下げないで欲しい。


「僕はこの国の王子で、君はその民の一人だ。

 何より君の婚約者だ。」


 どうか、婚約者と呼んでほしい。僕は…、君に頭を下げられるような人間じゃない。


(え…いや、そうじゃないだろう?)


 僕は君に惚れてほしいのだ。依存してほしい。負い目とか、引け目とか一番困る。


「…そう、だろう?」


 何かあった時、真っ先に僕の顔を思い浮かべて欲しい。それだけが僕の望みだ。


「………はい。」


 サーシャは頭を上げ、ふわりと柔らかに笑ってくれた。


「うん。」


 僕と婚約者であること。それに対して、少なくとも嫌悪感はなさそうな顔に、僕は安堵した。


「…」


 否。安堵している場合じゃない。

 せっかくサーシャから話を振ってくれたのだ。僕も…、僕こそ、弁明をしなければ…!

 しかし、弁明…?

 手紙が怖くて?いや紙の何が怖い?そんなの理由にならない。

 僕は今、どんな顔をしている?サーシャの嫌がった顔じゃないか?元父の前で、僕はどんな顔を?

 分からん。ダメだ。全然分からん………。

 あっ、沈黙…!

 沈黙が続いてるぞレクシー!なんでもいい!なんでもいいから喋れ、僕!!


「…お茶でも飲むかい?」


「…はい。」


 苦し紛れの言葉。それでも君は笑みを浮かべてくれる。でも、ほんの少しだけ困ったような。


「…」


 茶を淹れると、部屋に柑橘系の香りが開く。

 君の一番好きな紅茶。つい癖で淹れてしまって、それすら後悔する。一言くらい聞くべきだったか…、と。今まで一度も聞かなかったくせに。むしろ聞いてこなかったことが問題?自分の好みを把握されてるなんて普通に考えたら気持ち悪い…。


「…あれから、考えたんです。」


 声が後ろから響く。それに驚いて揺れしてしまったティーカップを、サーシャが抑えた。


「ありが…」


 サーシャの手が視界に映る。僕の手元。右に、左にも。手が机に降りている。まるで…、僕を囲むように。


「っ…」


 すぐ後ろで、サーシャの気配を感じる。少しでも身じろぎすれば触れてしまう距離。


「さ、サーシャ。」


 この距離感は…、良くない。とても良くない。幼子と言えど、君は淑女だ。僕は紳士…!

 とにかく、とても良くないんだ…!


「余計なこと言ったなぁとか、お揃いってなに?とか、レクシー様って…。」


 耳元でサーシャの声が響く。


 なぜだ…。内容が頭に入ってこない…!絶対に聞かなければいけない奴なのに…!


(アレックスめ…!!)


 発育の悪い体を心底恨む。

 なぜ1才違うのに、なんならサーシャの方が僅かに身長が高いのか…!


「とにかく…、たくさん考えました。

 考えて考えて…」


 妙にサーシャの声を息っぽく感じる。

 わかってる。絶対そんなことない。近いからそう感じるだけ…。そう、わかってるのに…!


 手が伸びる。サーシャの右手へ。考えてもない思考が浮かぶ。僕は君を…、


「飽きました!性に合いません!」


 手が消えてしまった。気配も後ろから消えてしまつ。あと少しで、


「っ?!」


(僕は何を…‼?)


 慌てて手を引っ込める。胸元で己の手を抱き、やかましい心臓ごと叱咤する。


 振り向き、サーシャの様子を確認する。

 特に変化は見られない…。いつも通りだ。いつも通り…。その頬は、紅潮の影すらない。


「考えて解らないので、たぶん私は貴方のことを何も知らないのだと解りました。」


 サーシャはいつの間にかティーセットを持っていた。それをローテーブルへ置き、サーシャはソファーへ座る。


「なので監視することにします。」


 一口紅茶を飲んだサーシャは、やはり上機嫌なまま…。酷く晴れやかな顔で僕を見る。


「私の目の黒いうちは、レクシー様にあんな顔させません!

 …ので、どーんと大船に乗ったつもりでお任せください!」


 君は僕を解らないというけれど…、それは僕の方だ。君がこんなにも上機嫌な理由も、あの日の涙も、君の幸福も在処も…。


「あんな顔というけど…。」


 同じものを見ているはずなのに、君の考えが一つも解らない。

 それが…、酷く歯がゆい。


「泣きそうな顔。」


 君の視線が、窓の、その向こうへ注がれる。遠い目だ。きっと本当はその窓の向こうすら見ていない。ここでない何処かを見ている。


「自分が悲しいとすら気付いてない…。私が何より、手を伸ばしたかった顔。」


 目を見開く。信じられなくて。否、信じたなくて。僕は目の前の光景を疑った。


「同じだったんです。」


 はじめて君が頬を赤らめた。


「君の…、初恋か?」

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