17.墓穴
市場は食材でカラフルに彩られ、そこかしこで収穫を祝う乾杯の声が聞こえてくる。
秋。領地が最も活気付く季節。
けれど今年は、今までのそれとは比べ物にならないほど、
「うるさいなぁ?‼」
自室に引っ込んで、堪らず耳を覆う。
やっと気付いた!側妃様の癇癪のせいとか関係無い‼単純にこの体、耳が良すぎるんだ!?
グラスの触れ合う高い音。
値を張り上げる商人の声。
子どもたちの独創的な歌声。
単純に耳が良いだけじゃなく、如何せん頭の良さまで兼ね備えているせいで、会話内容や感情の機微まで無意識に理解できてしまう。
窓際へ寄り掛かり、ガラスの冷たさで額を冷やす。
「まぁ…、理想通りではあるけどね…。」
窓越しの領地は、とっくに沈んだ太陽などお構いなしに、昼以上の明るさを灯している。
目玉の大会は終わったというのに、騒がしさは増すばかり…。この声すべてが金の流れと思えば…、本当にありがたい限りだ。
「レク兄、入りますよー。」
了承もなしに入る無礼な坊ちゃんに、僕は軽く睨みを効かせる。
礼儀を知らないふてぶてしい態度はそのままだが、言われてみれば確かに、ジェイドは僕を兄と呼んでいた。
「寒くないんですか?
もう少し焚べたらいいのに。」
僕に睨まれてると気付いてるだろうに、ジェイドはまるで気にする様子もなく暖炉に薪を加える。
僕を兄と呼ぶのは、おそらくサーシャの婚約者として認めたという意思表示なのだろう。
何がジェイドの琴線に触れたのか解らないし、そもそも認めてもらうまでもなく僕はサーシャの婚約者なのだが…。
「あ、そうそう…、これ。手紙預かってきましたから。早い方がいいでしょ?」
「ああ、ありがとう。」
祭りの最中でも関係無く、迅速に手紙を届けてくれる手腕…、大いに気に入っている。
(…取り入られたのは僕の方か?)
受け取った2通の手紙。その両方の封蝋に嫌な予感がしつつ、ナイフで封を開ける。
正直、中身を見るまでもないのだが…、届けてくれたジェイドの手前、読むポーズくらいはしておく。
「レク兄ってさ…、王室が嫌いなの?それとも…」
「それとも?」
内容は予想通り。王宮からいくつかの報告と状況確認…、それと春になれば正式に報奨を与えるという王様からのありがたい施しの言葉だ。
もう1通は読みたくもないので、封を開けずにまとめて暖炉へ放り投げる。
「第一王子が、なのかなって…」
しまった、と少し後悔をした。ジェイドの声音に怯えが含まれている。さすがに目の前で燃やすのは避けるべきだったか…?
「あー、やっぱ言いたくないですよね…?」
そう思ったが、ジェイドはあっけらかんとした態度のまま。
どうやらさっきの怯えは、僕の行動ではなく、話題そのものに対するものだったらしい。
ジェイドは本当に勘が良すぎる。僕の後悔を読み取って、言外に僕自身には怯えてないのだと伝えてきた。
(さて……、どう答えたものか?)
暖炉のなかで燃える手紙を眺めながら、腕を組む。
「特に困るような話題ではないのだけどね?」
そこだけは先に伝えておく。
少なくとも、サーシャの義弟である君が、僕に質問をしてはいけないことなど一つもない。
ただ…、返答に困るのだ。
目の前で燃やしてしまったので、嫌ってない…、というのは無理があるのだが、特段嫌っている自覚はない。
王室について…、僕の全ての末路において、間違いなく最終決定は国王の手にあったのだろう。
だが…、如何せん印象がない。
「カーネリアンは…、嫌いだね。」
回帰前、第一王子は散々サーシャにすり寄っていた。それにゲーム本編でも、多くの末路において審判を下してきたのは奴だ。嫌わない理由がない。
「皇太子だから…?たった2ヶ月違うだけの」
「それは違う。」
これらは全て僕から奴への印象であって、僕から彼への印象は一つもない。だって会ってないから。
「そもそも数ヵ月の差以前に、僕の母は側妃で、向こうの母は皇后なんだから今更というか…。」
むしろ、その数ヵ月のせいで側妃は貴族派から過剰な期待を向けられ、心を病んだ。
向こうとしても本来、2、3歳差であれば得られたはずの便利なスペア兼従僕が敵かのような様相になってしまったのだ。
「むしろ不運だよね。」
これで得をするのは妃たちや王子たちではないし、僕は不義の子ではない。であれば恨むべくは王だろう。
生まれてきただけのカーネリアンに、何か思うはずがない。
「ま、良い王様になるんじゃない?
過剰に公平で、適度に甘くて。」
政に向いてるようには見えないけど、人望があり余ってるから良いんだろう。
だって、僕さえ攻略キャラのなかでは一番恨んでないのだ。一番殺されたのに。
彼が僕を殺す要因は、常に公正で反論の余地がなかった。
『君を妹と呼べる日を待っていたのだけどね。』
己の黒い髪が、この呪われた目のように深紅に染まっていく。その景色の向こう…。カーネリアンはただ私を見ていた。
彼の目は他の傍観者どもとは違い…、忌まわしい魔女を見るそれでなく、愚かな罪人を見る目だった。
あと、裏切り者の第2王子もキッチリ殺してくれるし。
「でも仲良くする気は毛頭ない!
不幸たれ!」
それはそうとして普通に嫌い!
攻略キャラのなかではマシなだけで普通に恨んでるよ!
鼻持ちならない男ってのは奴のためにある言葉だね。
だから王族派からの刺客とか関係なしに、茶会の招待はフル無視するし、バレなさそうな嫌がらせは全部するよ。嫌いだから!
「…レクシー。」
「なんだい、義弟くん。」
レク兄は返品不可だよ。呪うなら、勘が良いだけで、人を見る目はない自分を呪いなさい。僕は世界を呪うので忙しい。
「サーシャ姉、外にいますよ。」
「そっ」
(それを早く言え!!!!!!)
怒鳴り付けたい喉を必死に押さえつける。これもサーシャに聴かれるのだと理解したから。
とにかく慌てて暖炉の手紙を薪の奥へ隠し、身支度を整え、迅速に優雅に扉を開ける。
「すまない…!サーシャ待たせ…」
…うん?誰もいない。
左右を見回しても廊下と花瓶があるだけ…。花瓶の後ろに目を凝らすが…、いくら幼いとはいえサーシャはそんなに小さくはない…?
「ブハハハハハッ!
レク兄、マジで騙されてやんの!!!
このボクが姉さんを扉の前で待たせるわけないでしょ!!!」
バッと振り返ろうとして、自分で開けた扉に後頭部をぶつけた。
「レク兄のバーカァ!!!!」
痛くもない頭を押さえながら、僕はゆっくりと息を吐く。
なんだっけ…、ああ、そう。"アンガーマネジメント"。6秒以内に仕留めるんだったよな?
うっかり殺し掛けてしまわないよう、開きかけの扉はそのままジェイドへ歩み寄る。
「怒った?ねえねえ怒りました?????」
どういう感情なんだそれは…。
聞くまでもなく解ってるだろうに、ジェイドはやけにキラキラと期待した視線を向けてくる。
一瞬で怒りを通り越して呆れてしまった。…が、ここで許すわけにはいかない。
僕は呆れをおくびにも出さずにジェイドの頭を鷲掴む。
「魔力覚醒というのは、命の危機に瀕すると起きるそうだよ。」
逃げ道は残してやった。そこに辿り着けるかは君の運と日頃の行い次第だ。
「我が義弟殿は、相伝魔法未だ使いこなせてないんだろう…?」
君は、どうやら僕が怒れないと勘違いしているようだ。義兄として勘違いは早いうちに正して上げなければね…?
君だって、僕を苦しめた攻略キャラの一人なんだから。
「いやボクもう魔力覚醒は済んでるんですけど…。」
君との接し方について、僕も悪かったのか…と思ったこともないでもないけど、やっぱりどう考えても君がクソガキ過ぎる。
ちょっとくらい痛い目を見てもらおうか?
「なに、遠慮することはない。
ほんの…、お礼だとも。」
そっちにだってきっと得はあるさ。
第2王子直々の魔法訓練だ。身に付けば君を助くだろうさ。生き残ってればね。
まずその身に四つすべての属性魔法を叩き込もうか…!
「うわぁー!姉さんた」
「あれ、ジェイディどうしてここに」
えっ。
考える前に体が後ろへ振り向く。つい緩めてしまった手から標的が逃れ…、扉まで辿り着く。
扉がいつのまにか完全に開かれていた。
「姉さん待ってたよ~!」
すり寄るジェイド。その顔を埋める。また性懲りもなくジェイドは影に隠れてニヤリと笑う。
(ここで本当に来るのか…!!!)
僕は心底後悔をした。1秒以内に仕留めるべきだったと。




