15.同じ顔
「…サーシャ、入っても良いだろうか。」
「…レクシー様。」
部屋には入れてくれたが…、やはりサーシャは目を合わせてくれない。
当然と言えば当然だ。ジェイドの手を強く握っただけで怒ったサーシャが、父親を殴られて平気なはずがない。
「サーシャ…、その、…すまなかった。
お父上を殴ったりして…。」
頭をふかぁ…く下げた。最上級。"土下座"なるものがあるのは知ってるけど、見たことがないから解らない。でも教えてくれたらやるくらいには後悔してる。
浅はかだった。つい、殴り甲斐のありそうな頭が、殴れそうな位置に来たものだから…。
「…解りません。」
そっと、サーシャの手が頬に触れる。
上げさせられた視界の先。見えたサーシャは…、どうも怒ってはいない…?
「私は怒るべきです。なのに…、どうして…。」
ジッとその顔を見ていると、手を包み込むように握られる。公爵を殴った方の手を。
「痛かったでしょう、レクシー様。」
ああ、やはり、と思う。
君はどこまでも善人だ。
君だから、公爵は愛したのだろう。君だから、全てうまくいった。君だから、ハッピーエンドへ辿り着いた。君だから、僕が一つだって得られなかったものをすべて…
「どうして?」
「え?」
気付けば…、君は酷く辛そうな顔をしていた。さっきまで、怒りとも無表情とも取れないような顔だったのに。
「どうして、レクシー様がその顔をするんですか?
何が貴方をそんなに傷つけたの?
なんで…、同じ顔をするの。」
少しずつ詰め寄られ、動揺してしまう。
"そんな"と言われても、自分ではどんな顔をしているのか分からない。むしろ酷い顔をしてるのは君の方で…。
「サーシャ、」
「それとも、だから、だったの?」
踵が何かに当たる。気付けばソファーの前まで追い詰められていた。
「どういう意味…?」
更に歩み寄るサーシャに押されるように、僕はソファーへ座り込む。
「…。」
見下ろすサーシャの顔は、照明の逆光で見えづらい。
「…本当は、憎かった。一目見た時から。」
逆光のなかで、その紅い目だけは輝き、僕を射貫いている。
ああ…、ジェイド。君の言う通りだ。サーシャは怒っていた。それも果てしなく。
「はっ倒してやりたかった。ほっぺを思いっきり引っ張って、耳元で力いっぱい叫んで、それで…、出来ることなら…、私はきっと…、きっと…、貴方を…、」
座り込む僕へ、サーシャは両手を伸ばす。顔へ…、いやきっと首へ…。そしてそのまま通りすぎて僕へ倒れ混む。
「ごめんなさい。ごめんね…。頭では解ってる。貴方は子供で…、何にもしてない。何も起きてない。貴方が悪いんじゃない。」
しがみつくように、僕を抱き締めるサーシャ。その体は僕より軽く、そして震えていた。きっとこれは怒りでも悲しみでもなく…、それらすべてを堪えているせい。
「解ってるよ。解ってても…!私は一つだって許せない…!
この世界の全てが嫌いよ。
みんな嫌い!!!
ほんとは治したくなんかなかった…!
許せない…。許したくない…!」
一つ理解する。回帰前の、あの無謀な治療は…、少なくとも領民のための自己犠牲ではなかった。
サーシャが少し離れ、僕の頬に触れる。
「…だから、泣かないで。そんな顔しないで。
私の目の前でその顔をしないで!
その顔を見ると…、私、どうしていいか解らなくなっちゃうから…!」
口角を上げながら叫ぶように言うサーシャの目には涙が浮かんでいた。
普段の無邪気な笑みとは似ても似つかない…、むしろ僕にそっくりな…気の振れた女がそこに居た。
「そう。」
寒い部屋。たった一人。母が死に、町が飢餓で溢れることを聞いた時と同じ感じがする。
「僕たちお揃いだね。」
今は鳴らない腹に、教えて上げなくては。お友だちが増えたのだと。




