14.娘だった頃もぶったことないのに!
カチャリと小さな音を立て、公爵は立ちたがった。
「予防は十全だろう。
レクシー殿下、後日改めて礼をさせていただきます。」
見れば、あれほど苦戦していたはずのカタツムリはしっかり完食されていた。
予想外の早さに、僕は慌てて立ち上がる。
「お待ちください…!」
「まだ何か?先を急ぐのですが。」
睨むような公爵の視線に思わず黙ってしまう。その威圧感。有無を言わせぬ気迫。魂が遠い過去を思い出す。
僕は…、今、なぜ黙った?まさか驚いたのか?冷たくされて、睨まれて?
それはおかしい。この人は元々こういう人だじゃないか。これが本来。元父はずっとこういう人だった。
「…いえ、失礼しました。」
僕としたことが、サーシャとのおままごとに熱中しすぎていたらしい。わざわざ引き留める理由はないはずだ。
公爵は倒れるだろう。夫人も。
患者はあまりに多く、治療できるものは世界に3人しかいない。治療テントは我先にと混乱を極め、けれどサーシャたちは目の前の患者を治療するしかない。
少なくとも回帰前はそうだった。
「…。」
だが、どうせ死にはしない。
間違えるな。目的は一つ。サーシャを堕とすことのみ。後はどうでも…。
「こら公爵様!
またそんな言い方をして…!怒りますよ!」
思いがけず、後ろから声が飛んできてビックリする。
「な…、い、言い方…?サーシャには何も」
「約束しましたよね!私を大事にしてくれるって!」
立ち上がり、サーシャに詰め寄られた公爵はさっきまでの威厳はどこへやら…、顔を青くして全力で首を降っている。
「も、もも、勿論だ!!!!違えない!!!」
本当に…、僕は何故こんな人に気圧されてしまったんだ…?自分が情けなるから心底やめて欲しい。
「だったら私の周りの人も大事にしてください!」
サーシャに言われ、公爵は普段はつり上がってる眉毛をビックリするほど下げた。
な…、なんだ…?今、耳が見えたか…?やめろ!気持ち悪い!
「公爵様が一輪のお花だとしますよ!」
「は、花…?」
…花はないと思うよ、サーシャ。身長190cmオーバーだよ、その人。熊が似合うよ。熊畑の一匹の熊にしよう。
「仮に!」
あっ、すみません。
…でも、この場にいる全員が似たようなことを考えていたと思う。ほら見てよ、夫人なんてちょっと笑ってるよ。
「公爵様は花壇のお花です!
どんなに自分は大切にされてても、周りのお花が踏み荒らされてたら安心できますか?!私は出来ないと思います!」
ああ…、サーシャが花と言う話だったか。なるほど。それなら納得するしかない。君はきっとそう言う人間だ。
「一輪の花を幸せにしたいなら、その周り全部、庭園まるごと笑顔でいっぱいにしなきゃ駄目なんです!!!!」
と、思ったが、何処と無く言い慣れてる様子に、ふと思い出した。
回帰前にも、ヴェルスペードの次男坊に対して言っていた。
『特別扱いとか嬉しくも何ともないから!!!!
私を守るなら、私の周りの人もちゃんと尊重して!!』
令嬢たちに取り囲まれるサーシャを見た次男坊が、サーシャを守ろうと躍起になって、令嬢たちを突き飛ばしたのだったか。
そんなことをすれば、サーシャはより孤立するに決まってるのに。
似たような意味な気がする。向こうの世界の教訓か何かだろうか。
「夫人も!こういう時はちゃんと叱ってください!
私は怒っています!
帰ったらまた講座会ですからね!!!必ず時間を作ってください!!」
「しょ、承知した!」
「楽しみね。」
未だ青い顔のままの公爵。そして何故か楽しそうな夫人。サーシャは少し不安げに、もー!と声を漏らす。
…本当に、生で見ても未だ信じられないほど、理想的な家庭だと思う。
変わったのは娘の魂だけ。体も、魔力も、夫人も、公爵も、何一つ変わっていないのに。
「あっ、ごめんなさい、お話遮っちゃって…?
レクシー様?」
呼ばれて、サーシャへ視線を返す。にっこり笑みを浮かべながら、薄い視界でその顔を凝視する。
「…すまない。驚いていた。」
素直で、心優しくて、時々頑固で、すばらしいアイディアをたくさん持っていて…、よく笑う。
確かに、理想的な娘に違いない。
改めて公爵へ向き直り、視線より遥か高くの顔を見上げる。
「治療についてご提案があります。
その前に公爵、一言よろしいでしょうか。」
公爵へ手招きをして、屈んでくれと頼む。
サーシャに言われた手前か、公爵は眉を潜めながらも、身を屈め、僕へ耳を貸してくれる。
僕はクスッと笑ってから、その耳目掛け、思いっきり拳をぶつけた。
「ぐっぁ…?!」
魔力で威力を上げた"パンチ"は、いくら子供のものと言えど、ちゃんと公爵へ痛みを与えてくれたらしい。よかったよかった。
「失礼、一発の間違いでした。」
僕も痛いよ、元御父様。きっとその何万倍もね。
「先日の件、お受けしましょう。」
そう飽くまで優雅にお辞儀した。一発への謝罪ではない。笑ってしまう顔を整えるための時間稼ぎだ。
「"三枚目"としてのお立ち回り、期待しています。」
サーシャの世界で、道化や可笑しな人を指す言葉らしい。これ以上ないほど、公爵にぴったりの役目じゃないか。
償い?抱き締める?言葉にする?
あまりの可笑しさに、正気に戻ってしまうところだった…!
何たる道化!何たる笑話!
「レ、クシー様…?」
だってそうだろう、サーシャ。
娘を大事にすると言ったその口が、よりにもよって、この僕に君を奪って欲しいだなんて宣ったのだから!
貴方が殺したこの私に…!サーシャを殺すこの僕に…!
僕は、貴殿方の理想の娘を奪い取るよ。
「階級に依らない治療の優先順位か…」
公爵の言葉が若干舌足らずを感じるのは、たぶん僕が殴ったところが腫れてるんだろう。
耳を狙ったんだけどなぁ。
回復魔法を使える魔法使いも、そもそも夫人が側に居るのに、治療もせず冷やしてるだけ。
僕への当て付けなのか、それともサーシャへの"アピール"なのか。まあ、そんなに興味がない。
「………で、でも……。
ぁ…、もし、その間に手遅れになったら…。」
公爵達へ提案したのは、治療の優先順位についてだ。患者を三段階にわけ、それぞれ1日の治療制限を儲けること。
「解るけれどね。むしろ倒れた方が治療が遅れると思わない?
魔力は気合いで湧いてくるものではないよ。」
共感はまるで出来ないけど、君ならそう言うだろうと思っていた。
やけに自己犠牲心の高い君は、治療を求める患者を前にすると、気絶するまで休むことが出来ない。回帰前に散々見た。
非常に非効率的だ。"ナンセンス"。手柄を認識するのは目の前の市民ではなく、王宮で数を見つめる文官なのだから。
「重傷患者は5点、中傷患者は3点、軽傷患者は1点。1日辺り合計100点以下にするのが宜しいかと。」
またサーシャの管轄については、重傷以上の助かる見込みのない患者はサーシャに知られる前に処理する。
きっとサーシャはその何倍の人間を救っていたとしても傷つくのだろうから。
「重傷者の治療は1日20人までか…。妥当だな。」
倒れて欲しくはないが、治療もしっかり行って貰わなければならない。
重傷者20人、及び軽傷者100人。回帰前のサーシャを観測していて、そこらで止めておけば良いのに…と思っていた数。
…公爵の言う通り、妥当…、なはずなんだが…?
「どうだろうか、サーシャ?」
まるで返答がないものだから心配になってしまう。無理をしない方がいいと言うのは、さっきの話で納得してくれたと思うが…?
「えっ、あ、素晴らしいと思います!
"トリアージ"ですよね!知ってたのに、思い付きませんでした…。」
またしても知らない言葉だ。これは向こうの世界では"トリアージ"と呼ばれてるらしい。
どうやら転生者から見ても悪くない案のようだが…。
それなら、なぜ…?
「サーシャ?」
「な、なんでしょう、レクシー様。」
何故だ、サーシャ。どうしてさっきから、僕の目を見ない…?今思いっきり逸らしたよね…?なんで…??
すると、ジェイドが僕のすぐ側まで来て耳打ちしてきた。
「レク兄。姉さん、見たことないくらい…、なんだろう、怒って…?ますよ?」
その言葉…、というより行動に、すぐさま原因に思い至る。
お義父さん殴っちゃった…!!




