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ジョブチェン!悪役令嬢は転生ヒロインを堕としたい  作者: 三古谷
第一章 「幼年編」

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12.蛇は蝸が好き

 帝国歴466年。

 王国の第二子アレクサンダー・ヴァン・フェルハートが10歳となり王族として叙任式が行われた年。

 民の三分の一が死んだ。


『これのせいで、僕は呪われた蛇王子と呼ばれるようになった。』


 アレックスは相変わらずの笑みのまま言うけれど、私は今も、あの日々が耳にこびりついている。


「私は…、魔女と。」


 ディア領は黒蛇病が最初に起こった領だった。その上…、私は闇の力を覚醒してしまったばかりで…。母も亡くなり…、屋敷には毎日領民が詰め掛け…、やがて一人、一人と声を失っていった。

 民は最後まで、私を呼んでいた。


『だけど、黒蛇病は…別にそれほど怖い病気じゃない。』


 言いながら、アレックスは私に紅茶を淹れる。ふわふわと立つ湯気の中から、紅い瞳の魔女がこちらを見つめてくる。


『"飛沫感染"もしないし、致死率も高くない。』


 民を殺したのは、病ではなく飢餓だった。

 呪いか病かすら判別のつかないそれを撲滅するため、王はすべての畑を焼き尽くした。野菜が原因らしいとの情報だけを頼りに。


『大正解!さすがは一国の王と見直したものだよ。』


 飢餓で多くの死者を出したものの、あの時点では、もはやそれが唯一の根絶方法。王の判断は最適解だった。

 あの病は我が国にとって致命的だったから。


 事実、サーシャすら、回帰前の世界で焼き畑を選んでいた。

 罹患者の数が寛解者の1.5倍になった頃、海岸領と、その近隣すべての畑を、森を、焼き尽くした。


『公爵も大胆な判断をしたものだよね。』


 焼き払う範囲が小さく済んだこと、ディア家の資産がそれなりにあったこと、そしてサーシャがお茶会で有力な人脈を掴んでいたこと、焼き畑の後に最適な作物を知っていたこと。

 それらが幸いし、領民が飢えるのは防がれ、回帰前の世界で黒蛇病は、王国中へ広がる前に撲滅された。


『黒蛇病の原因、よく探り当てたね。

 ご明察だよ。

 原因はカタツムリ!こーんなちっちゃくて可愛いの。』


 アレックスが言うと、机の上に茶色い殻のカタツムリが現れる。

 小さいとは言うけれど、私が知っているものよりずっと大きいし…、何より見たくない。


 私が目を閉じ、またゆっくり開くとそこにはもう紅茶とスイーツしかなかった。


『南の国から来ちゃったんだよね。

 アボカドや、他の輸入品と一緒に。』


 "外来種"というらしい。人間の手によって、別の地域から持ち込まれた生き物。


 ゲーム内でも、回帰前の世界でも、原因は語られなかった。

 だから目覚めた直後の2年前から、研究を続け解明したのに、やはりアレックスは知っていたらしい。


 まあ、当然よね。数年後、アレックスはこの病を使うんだから。


『本当に、都合が良いよ。』


 肉とは違い、野菜は平民も食べられる食材だ。その中でも葉野菜は太陽に向かって伸びることから、貴族すら口にしている。


『弱った体には、畑の朝露を食べさせろ…ってね。』


 体調を崩したのなら、生で食べられるほど新鮮な野菜を…という意味。


 今回は、その風習が裏目に出た。


 黒蛇病は、あのカタツムリが這った野菜を生で食べることで罹患する。

 粘液に毒があるのか…、そこまでは解らない。


『罹ると、魔力回路が詰まって、魔力が腐っちゃって、そのうち魔力回路が完全に失われ…、運が悪いと死ぬ。』


 生活の至るところに魔法が根付いた我が国において、魔力回路の損失は両手を失うも同然。

 だからこそ、餓死者が出ると解っていても、強行せざるを得なかった。


 カチャリと、紅茶を置いたアレックスを見つめる。


「だから私は罹患しなかったのね。」


 なんの皮肉か。私に与えられた食事が乾いたパンのみだった。それ故に、一番被害が深刻だったディア領に居ながら、一度も黒蛇病にならなかった。


 私を殺しかけた乳母は、私を黒蛇病から救っていた。


『それで、どうするの?畑を焼く?それとも生で食べないよう厳命する?』


 アレックスがそういうと、目の前に暖かな野菜のスープが現れ、中にはロールキャベツ(サルマーレ)が浮いている。


「…それも悪くないわ。」


 サーシャに聞けば、そういったレシピはいくつか思い付くだろう。

 どうせ原因がカタツムリだなんて、9年経っても解明されないのだから、これを食べれば黒蛇病が治る!と吹聴し店舗を拡大するのも悪くない。


「けれど私、褒められてみたいの。」


 ロールキャベツを一口食べてみる。

 野菜の甘さと肉の旨味が口に広がる。暖かくて、それにハーブか何かの爽やかな香りも。

 悪くないわ。見た目も華やかで…。きっとサーシャに作らせれば更に美味しくなる。


『あぁ、なるほど。

 だから解ってて見過ごしたんだ。』


 アレックスの笑みに、私も笑みを返し、もう一口、ロールキャベツを頬張る。


 黒蛇病が始まる領も、野菜が原因だろうということも、聖女の生家も、すべて、スマホ越しのサーシャの行動を通じて知っていた。


「心外だわ。

 外来種のカタツムリが原因とまでは知らなかったもの。」


 2年前、黒蛇病のような症状の人間を見つけた時点で、すぐさま畑を焼くよう命じれば被害は減ったかもしれないけれど…。


「私が叱られるだけだわ。メリットがない。」


 被害が小さく、損害ばかりが大きければ、むしろ責められる。起きなかった被害の大きさなんて、誰にも解らないのだから。


 その上、蓋を開けてみれば原因は輸入品だったのだから、あの時点で撲滅したところで繰り返すだけ。


 何より


「私、エビアボカドが好きなんですの。」


 私はこれから畑に毒を撒く。


『魔女め。』

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