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水の記憶 55


レディ・ミアの案内で、狭間の海の民を統べる長の家を、サラシアナを腕に抱いたファンとアーゼルが訪れると、里長は露骨に不機嫌なオーラを醸し出した。


不満に満ちたしわがれた声がする。


その声だけでは、レディ・ミアと同じく男女の判別は難しい。


王族を前に礼もなく、名乗りもしない。


「狭間の海が荒れている。なぜ、古の精霊たちを呼び起こした?古き光の国の若き王よ?」


レディ・ミアと同じくフードを深くかぶり、その顔はわからない。


「申し訳ない。私の弟がー」


口を開いたアーゼルをレディ・ミアが静止する。


「我が長の問いを邪魔することは許さない、黙りなさい、第二王子よ」


「おいおい、アーゼル王子はこの国の第二王子だぞ?その扱いはないだろう?」


あきれたようにファンが言うと、今度は里長が口を開いた。


「我らが従うのは水の女神アクア・フィール様と水の子のみ。王族に従う必要はない」


「その水の子であるサラシアナ王女の血をわけた兄君だぞ?」


「我らには意味のない存在じゃ。むしろ、なんども辺境には村を作るなと助言しても、聞かぬ。愚かな一族だ。お前たちの政治が『彼の地』からオークを呼び、悲劇を招く」


「流石にそれはないのでは?オークを狭間の民が受け入れなければいい」


アーゼルが苛立たしげに言うと、今度ははっきりした侮蔑を里親は表した。


「かくもヒトとは愚かな。我らには我らの理がある。他の人間どもは守るに値せず」


「だが、サラは違うはずだが?」


ファンの言葉に、今度こそ里長は舌打ちをした。


「なぜに我らが敬愛すべきサラシアナ王女様が、我が里を訪れた?古き光の国の若き王よ?」


「私はゾドの女性たちを救いにきた。それがサラシアナ王女の願いでもある」


ふたりの間にしばし沈黙がおちる。



「とりあえずサラシアナ様をこちらに」


居間の片隅に簡単な寝具を整えて、レディ・ミアがファンを促す。


寝台でなく粗末な床に敷かれただけの寝具に、異母妹を、一国の王女を、しかも国宝とも呼べるサラシアナを寝かすだと?


先ほどの発言といい、アーゼルは怒りを覚えたが、ファンはあっさり頷いた。


「ああ。ありがとう、レディ・ミア。サラは軽いがこのままじゃ私が身動きとれない。助かった」


「ファン殿!?」


「ん?なにか問題があるか?アーゼル王子」


逆に不思議そうに見返されて、アーゼルはなにも言えなくなる。


レディ・ミアが苦笑した。


「光の国の国王は、古よりヒトの理が通用しない。意思の疎通は難しい。諦めなさい、第二王子よ」


「なにげに失礼な発言だな、おい。私は単にファシル・アルド・バードの国王なだけだ」


「まあ。それしか価値のない存在だわ」


「なんか失礼さが増したぞ?」


じゃれあいのような言葉を交わしながら、ファンはとても丁寧に、優しくサラシアナの身体を寝具に預ける。


そして両腕をぶらぶらと振った。


意識を失うと赤子ですら重くなる。


ぐったりと全員から力の抜けたサラシアナは、正直に重かった。


結構な時間抱き上げていたので、腕がしびれている。


ドワーフの守護魔法が作用してるので、身体を軽くする魔法が使えなかったのだ。


いくら鍛えていても人間には限度がある。


我知らず大きく息を吐き出すと、ファンは里長に視線をむける。


銀緑光を宿す獣のように鋭い瞳が、真っ正面から狭間の海の里長をとらえる。


「まず、オークたちからゾドの女性たちをどうしたら解放できる?」


口からでた言葉は、その場にいた3人の予想外の言葉だった。





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