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水の記憶52


小屋を出る前にカーグに言われて、紫色の霧に自らの意思で触れようとすると、ほのかな光を嫌うようにそれらは文字通り霧散した。


「一時的なものだよ。アイツらは王女さまから光の加護がなくなるのを狙っているんだ。でも、安心していいよ。その指輪はファシル・アルド・バードの花嫁の指輪でしょ?」


「花嫁の指輪?」


「しらないの?ファシル・アルド・バードの光の王様にもらったんだよね?」


「この旅に出る時に御守りとしてお預かりしたものなの」


「ふーん、お守り、としてね」


「違うの?」


不思議そうなサラシアナにカーグは軽くため息をつくと首を左右に振った。


「僕がする話じゃないよ。それより、ルルをお願い。怖い思いをしてるだろうから」


ついて来て、とカーグに促されあとにつづこうとして思い出した。


「ちょっと待って。ここはどこでファン様やお兄様たちは?カインお兄様はご無事なの?」


サラシアナがこうなってしまったのは、霧に捕らえられたカインたちを救うためだ。


そのことを思い出してカーグをひきとめる。


オークの少年は無表情にもう一度、首を左右に振った。


「僕にはわからないよ。そもそも僕がこの小屋にいたらいきなりお姫様が現れたんだし」


僕だって驚いたんだとオークの少年は説明する。


「他のオークはみんな血の匂いがついてるから、狭間の民に身を清めるように言われてここにはいない。僕は人を殺めていないから、里に入れた。リーダーから、さらった人間の監視を任されたんだ。だけどリーダーがもう狭間の海の長と話をつけてるから、みんな逃げ出せないように閉じ込めてあるし、僕の存在は悪戯に怖がらせちゃうだろ?存在が見えないように、この小屋から監視していたんだ。そうしたら、いきなり王女様が現れたんだよ」


カーグにわかることはなにもない。


「僕は『彼の地』のオークだから。光の大陸のことなんてほとんどわからないんだよ。ただ、ファシル・アルド・バードは宿敵として語り継がれているし、水の子はやっぱり有名なんだ」


だから王女様のことは知っていたと続ける。


「あと、たぶんいまの王女様の姿が見える人間は、あまりいないんじゃないかな。さっき、王女様がまだ寝ている時に、王女様の事を狭間の民が探しに来たけど気づかなかったし」


「なぜカーグには見えるの?」


「たまに、ふつうの人間でも精霊がみえる人たちがいるでしょ?それと同じだと思う。僕の母方の祖母はファシル・アルド・バード出身だって母さんが言ってた。母さん自身はシャンフィールの辺境育ちで、だからオークにさらわれたんだけど、お祖母さんはあたり前に精霊たちが見えていたって。だから小さい頃から僕もみえるんだ」


ー『彼の地』にも精霊がいるの?


口にはださなかったがサラシアナの疑問は伝わったらしい。


カーグは唇をへの字にまげた。


「こっちの人間は、勝手に僕らのヴァリシオン皇子を闇皇子なんて呼んでるけどさ、僕らの大陸だと光の皇子がヴァリシオン様で、魔王がラディオンだよ?聖霊界がふたつになったのは、フィリシア様をラディオンがヴァリシオン様から奪ったからだ」


そう言いながら、カーグはうつむいた。


「そのことになるとね、仲がいい僕の両親もケンカしちゃうんだ。でも、僕には両方の血が流れてるからわからないんだ」


幼い頃からずっと考えてると話すカーグに、サラシアナは驚いた。


「カーグはいま何歳なの?」


「もうすぐ12になる」


「私より二つも下なのに、すごいのね」


「なにが?」


怪訝そうに暗闇に光る金色の目は、獣の血をうかがわせるものだけど、


「あなたは凄いわ、カーグ」


もう一度、サラシアナはつぶやくように言うとうつむいた。


サラシアナにとってオークは、怪物以外何者でもなかった。


『彼の地』についても深く考えたことなどない。


知っているのはー?


ーキミは自分の国についてもっと学ぶべきだ。


ファンの厳しい声が耳についていた。


ーそれは、逃げ、じゃぞ?姫よ。


あきれる魔女の声。


ほんとうにサラシアナは世界をなにも知らずに生きてきた。


けれど、ここにその発言をした、ファンやヒズがいたなら、それがサラシアナの強みにもなると言ってくれただろう。


素直な王女は偏見に惑わされる事なく、自分の目で見て、聞いて、判断する時がくる。


それは何よりも得難い彼女の資質となる。


「まあ、いいや。はやくルルにあってあげて?」


今度こそカーグは歩き出した。





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