水の記憶51
ルルと出会う少し前、
気がつくとサラシアナは、霧に囲まれて小屋の中に倒れていた。
赤紫色の黒に近い霧の中で、
ー私、どうしたんだろ?
「あっ、気がついた?」
まだ声変わりしていない少年の声に、顔をあげると、目の前には、緑色の帽子を深く被ってうつむいたマハトよりいくつか年上らしき少年がいた。
「あなたは〜」
なに?ときこうとして、サラシアナは声が音にならないことに気がついた。
「あー、いま王女様は、魂だけの危うい状態なんだよ。光の王様の守護がなかったら、とっくにあいつらに引きづりこまれていたよ」
自分の両手をみてらごらんよ?と言われ気がついた。
目の前にかざした手は透明で、うっすらとした金色の光越しに手の向こう側が透けてみえた。
いや、手だけでなく、全身である。
左手のくすり指で黄金に輝く指輪から放たれる光がサラシアナを守っているのだと、目の前の少年はいった。
穏やかで知性を持つものの話し方だけど、サラシアナは反射的に身構えてしまう。
だって、この少年は…。
「僕はカーグ。「彼の地」から狭間の海をこえて、今回はじめて嫁取りに参加したオークだよ」
そう悲しげにいうとカーグは被っていた帽子をぬいだ。
その耳は鋭くとがり、口には牙がある。
けれど、顔立ちは人間の造作に近かった。
ズボンからでている丸まった短い尾がオークであることをしめしている。
そして暗闇に光る金色の目は、とても悲しい色をおびていた。
つい自然とマハトにしたように頭をなでようとして、手は空をきる。
魂だけというのは、本当らしいとようやくサラシアナは理解した。
サラシアナの行動が予想外だったらしく、カーグは目を瞬いて、嬉しそうに笑った。
「ありがとう、水の王女様は、優しいね。ほんとは僕のこと怖いのに、慰めてくれようとしたんだよね?」
「ごめんさい。怖がりで」
今度はサラシアナがしょげる番だった。
カーグに触れようとした手は震えていた。
いまも指先は小さく震えていて、半透明な身体では隠しようがなかった。
「しょうがないよ。僕も嫁取りがこんなに残酷なものだなんて知らなかったんだ。まさか、あんな小さな子まで巻き込むなんて」
そういうとカーグはぎゅっと拳をにぎりしめる。
「カーグは至福の森の出身なの?」
以前、ヒズからファシル・アルド・バードにある至福の森には、人ならぬオークの住まう村があると教わったことがある。
至福の森のオークは穏やかな性格で、ファシル・アルド・バードの国民は彼らを友とよんでいると。
アクア・フィールの聖域に逃げ込むたびに、あきれ、諭しながらもサラシアナにたくさん不思議な国の話をしてくれた、ヒズ。
けれど、何度も城を騒がすオークの辺境の地での乱暴な事件のおかげで、すぐにサラシアナにとってオークは怖い存在になっていたのだけど、
「あなたから争い事の気配は感じられないわ」
「僕の父とファシル・アルド・バードのオーク達は始祖が同じだと聞いてるよ。父は穏やかなオークで人間の母と愛し合って僕が生まれだけど。「彼の地」のオークとしては珍しく、僕は愛されて育ったんだ」
だから、知らなかった。嫁取りがこんな略奪や殺戮をともなうモノだったなんて。
てっきり、人間の女の奴隷を闇の商人から買うのだと思っていた。
どうりで嫁取りに参加する事を母が泣いて、反対したはずだ。
僕も可愛いお嫁さんもらってくるよと笑った時の父の何かを飲み込んだような苦い表情。
そしてなにより、いまカーグの心を後悔でいっぱいにさせているのは、
また、幼女の叫び声が狭間の海の闇に響きわたる。
その声にピクリとサラシアナが反応した。
ー悲しいけど、きっとこれが1番いいんだ。
カーグはサラシアナのアクアマリンの瞳をしっかりみつめると、口を開く。
「水の王女様、お願いします。ルルを、僕の大切な番を助けて下さい。家族に返してあげたいんだ!お願いだよ」
頭を深く下げ懇願するカーグにサラシアナは戸惑った。
そもそも、どうしてファンと離れているんだろう?
サラシアナは頭をさげるオークの少年と、半透明な身体、左手の指輪をなんども繰り返し順番にみる。
ファンの光にかこまれて、ひとりぼっちじゃないとおもえた。
むしろ、自分よりー。
「ルルがいまいる場所まで私を案内してくれる?カーグ?」
マハトとの指切りがサラシアナを強くした。
あけましておめでとうございます。今年中にはおわらせます。
いつもありがとうございます




