水の記憶40
先ほどまでとは違う安らいだら顔でふたたび眠りについたサラシアナのさらさらの髪を手櫛ですいてやりながら、どうしたものかとファンは考える。
せっかく穏やかな眠りについたのに起こすのはかわいそうだ。
かと言って、これ以上の休憩をとる余裕はない。
可哀想だろうが、このまままた抱き上げて馬を走らせるしかないだろう。
(なにより時間がないな)
オークたちが狭間の海を渡ってしまったらもう女子供を取り返せなくなる。
ファンは鋭い瞳で迷いを捨てるとアーゼルをみた。
「用意は出来ています」
「ああ、妹君にはいましばらく苦労をかけるが,気を失ってるうちに着いた方がいいかもな」
狭間の海につく前には起こさないといけないだろうが。
ファシル・アルド・バードの民であり、その国王である自分は彼らに嫌われている。
黒馬に乗ったファンにアーゼルが注意深くサラシアナを抱き上げて渡してくる。
こんなふうに異母兄に抱き上げられても身動きすらしない。
よほど疲れているのか、ファンのかけた浄化魔法の効力がまだあるのか。
はじめて抱き上げた妹の身体は驚くほど軽かった。
正直、軽すぎる。
「なんだか、本当に私達はサラシアナの何をみてきたのだろうと思いますね」
「それでも君やアイオン王子、王女がたは妹としてみてるだろう。カインはちがうが」
「ちゃんと反省したでしょ、私は」
苦い顔をするカインにファンは笑う。単純なカインは反省したら、扱いやすい。
実直な性格も腹の探り合いのような王族同士の会話で、癒しになる。
「シャンフィールの国王は優秀な子供にめぐまれているなあ」
「ファンは一人っ子だよな?一人っ子ってどんなかんじなんだ?」
「おい、カイン。陛下だぞ」
反省したと思えばこれだ。嗜めるアーゼルに馬を走らせながら、ファンは構わないと笑う。
「私は生まれた時に相当な難産だったらしく、と言っても、母上は初産だったからそう珍しくなかったようなんだが、とにかく苦しむ母上の声にもう父は、子供をいらないってなったらしい。私が息子で、母上が息子とはいえ、他の男に気をやるのが気に食わなかったようだ。結果、子供は私ひとりでいいとなったらしい」
「そんな理由で?」
「我がファシル・アルド・バードの王家にはよくある話だ」
肩をすくめてみせるファンに、アーゼルはそういえばファシル・アルド・バードの王家の血を引くものは少なかったな、と思いだす。
前国王も星の国、アンソムリアに嫁いだ姉と2人だけだったはず。
「私たちはサラシアナの母上である正妃様のおかげで、腹違いとはいえ、とても、仲良く争いもありません」
「ああ、君たちをみてると羨ましいと感じるよ。だが、私も1人目が王子だったらやっぱり一人っ子かもな」
何気なく言われたその言葉に、アーゼルはぎくりとする。
ファンとサラシアナが出会ったときに、王家の血を引くもの全員に聴こえた言葉
ーワレラカヒカリノオウジノタンジュウニ、
ーソノ リョウシンニ。
そう祝福していた精霊達。
この世に聖王ラディオンの血を受け継ぐ王子が生まれる時、
闇王子ヴァリシオンが目を覚ます。
ー世界を巻き込んで戦いが始まる。
「ヴァリシオンか…。もし、私とサラシアナの子が光の子なら…」
小さく続けられた声は、ファンにしては独り言のようで、小さすぎてカインにもアーゼルにも聞こえなかった。
ーヴァリシオンも自分達の子供ではないのか、
と。




