水の記憶38
いつもの救護活動とは違い清潔な井戸水が確保されているので思っていたより早くゾドは落ち着きをとりもどしていた。
村長のオズバンも妻子を拐われ心労ははかり知れないが冷静に指示をしている。
その息子であるマハトはファシル・アルド・バードのビルのあとをついてまわっている。
ビルの使う魔法が珍しいようだ。
(シャンフィールでは使えるものなどいないしな)
異母妹のロレーヌが使うのは魔術で魔法とは少し異なる。
とはいえ、数多くいる兄妹のなかでも魔術を学べるほど魔力を持っているのもロレーヌひとりだ。
アイオンもアイリスも魔力はない。
それに、アイオンには剣技の才もなかった。アーゼルやカインのようにはなれないから医術を極めることにしたのだ。
アイリスも似たようなものだろう。
狭間の海があるシャンフィールにはよくオークや化け物が彼の地からやってきては、ゾドのような辺境の村や町を襲う。
襲われた国民たちのために自分たちができることをそれぞれが目指した結果だ。
「ひととおり治療は終わりましたわ。お兄様」
薬箱を兵士に渡してアイリスが言った。
「そうだね、あとはアーゼル達が戻ってくるのを待つしかないかな。足りない物資もビル殿とロレーヌのおかげでだいぶ集まってるし」
「本当にファシル・アルド・バードの民は便利なお方ですわね。私の部下にもひとりくらい欲しいわ」
率直なものいいにアイオンは苦笑する。
確かにとても便利だけれど。
「彼らはファシル・アルド・バードを離れてしまうと魔法が使えなくなるらしいから、無理じゃないか。もともとすべてのファシル・アルド・バードの民が使えるものではないらしいし」
「まあ、そうですわね。陛下もビル様も古き光の血筋だとおっしゃってましたし,.でもファシル・アルド・バードの民の金髪と緑の瞳は癒されそうですわ。どうにかして侍女として雇えないかしら」
どうやら妹は本気らしい。
「そうだわ、サラにファシル・アルド・バードの家庭教師を雇うのはどうかしら?魔女様はファシル・アルド・バードの王城やしきたりには詳しくないと思うのよ」
「サラ?」
「ええ、そうよ。それならファン・ファラシス国王陛下も信頼できる女性がきてくれるわ」
ひとりで納得して顔を輝かせる妹にアイオンは呆れる。
「まりでサラがファシル・アルド・バードに嫁ぐ事が決定事項みたいだね」
「あら?サラの魅力には、陛下も敵わないと思いますわよ?だって、あんなに可愛い王女はいませんもの。外見はもちろんですけど、サラほど健気な子はいませんわ」
自慢の妹だと笑う。
「そう思いますわよね?ビル様もロレーヌも」
いきなり話を振られたふたりはキョトンとしている。
いまようやく最後の救援物資を王都から移転したばかりなのだから当たり前だ。
「なんの話?」
「サラが可愛いって話」
アイリスの言葉に、
「そうよねー」
とほわほわ笑うロレーヌ。
いや、たぶん重要なのはそこではないと思う。
(思うけど.放っておいたほうが賢明だな)
アイオンはとりあえず妹から視線をビルにむけた。
「ご協力ありがとうございます。1日でほぼやれることはできました」
するとビルは顔を曇らせた。
「いえ…。まだ大切な事が残っています」
「ええ、拐われた者たちの救出がまだなのはわかってますが。でもまだ追いついていないでしょうし」
「いえ、陛下は騎馬の名手なので追いついたと連絡がありました」
「えっ?もうですか?」
いくらなんでも速すぎないだろうか。天馬シリウスならともかく、カインやアーゼル達もそれなりに腕はたつが、それでもはやい。
しかも、今回はサラシアナも連れて行ったのに。
すると、またビルは首を横に振った。
「陛下方が追いついたのはゾドの若者達の…」
中性的な顔立ちが鎮痛なものにかわる。
それでアイオンも理解した。
「いまからひとりずつ連れて帰りますが、ロレーヌ様とアイリス様、それに女性や子供にはお見せできる状態ではないそうです。相手は彼の地のオークでしたから」
オーク達に襲われて殺された者をアイオンも目にしたことはある。
本当に酷い死に方を思い出して口に苦いものが広がる気がした。
「そうだね。妹やマハトには見せたくないな」
そう言えばー。
「もしかして、サラは見たのですか?」
アイリスがアイオンの疑問をそのまま口にした。
アイリスはオークに殺された遺体をみたことはない。
今回は特別にビルの魔法で転移したからアーゼル達、騎士より早かっただけで、いつもは騎士達がひととおりの掃除を終えた後に到着する。
「いえ、そこまでの情報は…。陛下からはご遺体の位置とその状態を短い心話で頂きました。サラシアナ王女のご様子は伺ってません」
「そう…。大丈夫ならいいのだけど。サラは本当に外を知らない子だから」
双子の妹達は心配そうにお互いを見ている。アイオンも心配だが、いまはそれどころじゃない。
「遺体の回収を急ごう。疲れている時に申し訳ないけれど、ビル殿頼めますか?」
「むろん。ロレーヌ王女ご遺体が見えない形にするのでサポートをお願いしてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
「私は体を清めるものなどをライザたちと用意するわね」
高齢のためオークの標的にならなかった女性たちの中には犠牲になった者の親族もきっといるだろう。アイリスはその事を思い表情がくもる。
「わかった。それでは私はオズバンと話をしてくるよ」
アイオンとビルはオズバンの所にむかう。
その背にアイリスのつぶやきが聞こえた。
「本当にオークなんかいなければいいに」
そのつぶやきに同意したのは自分とロレーヌだけだとアイオンはわかっていた。
「申し訳ない、妹が」
「いえ、この惨状を前にオークを擁護することなんか私も陛下もしませんよ」
ファシル・アルド・バードの至福の森にいるオーク達とは違うのだ。
彼らは人を襲わない。
「我が国には、ふつうに女性のオークがいるので。彼らは人を襲わないし、怪力を使って色々な人間を助けてくれる大切な友です。でも彼の地のオークは違いますから」
「本当にファシル・アルド・バードは恵まれた国で羨ましいよ。…サラシアナもきっと幸せになるだろうね。君達の国でなら」
「まあ、陛下はこれ以上ない優良物件だとだけお伝えします。ただー」
「ただ?」
「女性の扱いは下手です」
キッパリと言い切るビルにアイオンは今度こそ声を上げて笑った。




