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水の記憶36



「見るな、サラ]


猛スピードで駆ける馬の背で、いきなりその声とともに大きな手がサラシアナの視界をさえぎる。


その温かさと突然の出来事に驚いてる暇もなく、馬がいきなりとまった。


「そのまま、目をとじてるんだ。大丈夫。馬がキミを守ってくれる」


頼んだぞと、馬の首を軽くたたいてファンが馬から降りる気配がした。


いままで守るように寄りっていたぬくもりがなくなり心細いがサラシアナは言われたとおりに目を閉じたまま馬にしっかりしがみつく。


両手でしがみついているから目は閉じていたが耳はきこえる。


アーゼルの声がした。


「-全滅ですか?」


「・・・ああ。残念だが。ゾドの若者たちだろうな」

ファンの悔しそうな声がする。


その声に村が襲われた後に女子供を救出しにいった若者たちの事だと思い当たる。


そして鼻先にかおる生臭い鉄のにおいにも。


(怖い)


ぎゅっと目を閉じてもしっかり馬にしがみついても、すぐ目の前に死んだ者たちがいるとわかると身体が小刻みに震えだした。


ゾドの村にはケガ人はいても生死をさまようようなものはいなかった。


死体も。


当たり前だが、サラシアナはいままで見たこともない。嗅いだにおいに吐き気もでた。


「もう冷たくなっている。急がないと狭間の海で捕まえられるかわからいな。船をだされると厄介だ。申し訳ないがともらうのは後だな」


ファンの冷静な声がきこえる。


そして魔法の気配。


「獣除けと腐敗の魔法だけで済まないがかけておく。魔物が来たら申し訳ないが、ビルにここの位置は伝えよう。魔術師のロレーヌ王女の補助があれば、ひとりひとりかもしれないがビルがゾドに転移できるだろう」


「心遣い感謝します」


「いや・・・。もっと早く駆け付けられたら犠牲をださなかったかもしれない。まだまだ私も力不足で申し訳ない。・・・これが父上だったら間に合ったのかもしれないが」


悔しそうな言葉に心底、悔いてる言葉にサラシアナはつい目をあけてしまった。


そして、視界にはいる光景に息をのむ。


オークは人間をはるかにしのぐ怪力の持ち主だ。


遺体はすべて引きちぎられたようにバラバラで五体満足なものはひとつもなかった。


「-っ!」


あまりのおぞましさに吐き気がこみ上げる。とっさに口元を抑えたのがいけなかった。


馬上でバランスを崩してそのまま落ちてしまう。


「危ない!」


とっさに受け止めてくれたのは、遺体の確認に行ったファンではなくカインだ。


瞬間、ファンとはちがう鍛え抜かれた大きな体躯に混乱してしまう。


「いやっ!放して!」


「落ち着け、大丈夫だ」


ぎゅっと力強い腕が痛い。


死体の生臭さよりも強烈にカインの体臭が鼻からはいっていきができない。


(嫌だ!怖い!)


もがいて必死に抵抗して、


「サラ!」


きこえたその声に、カインよりは細いけれどひきしまった筋肉質の自分よりもずっと大きなその腕に抱きついた。


たくましい腕が少女の華奢なせにまわり抱きしめる手は痛みもなくただ優しい。


「サラ?」


震える身体を、背中をなだめるように、幼子をあやすように軽くたたかれる。


―息ができる。


あたたかい太陽ような日差しのにおい。


「目を閉じるんだ、サラ。いずれ目をそらさず見なければならない光景かもしれないが、いまのキミがみるものじゃない」


ふっと清浄な空気がサラシアナのまわりのつつみこむ。


生臭さもなくなり吐き気もおさまった。


けれど精霊たち気配はない。


「一時的なものだがないよりはいいはずだ。アクア殿も精霊たちも死体のそばには近づかない」


ファンが浄化の魔法を使ってくれたのだと気が付いた。


「悪いが急ぐ。目を閉じるんだサラ」


気づかわし気に、けれど強い言葉でファンは言う。


休む暇がないことはサラシアナでもわかった。


ぎゅっと言われたとおりに閉じていた目をさらに強くとじるとそのまま抱き上げられ馬に乗せられる。


「急ごう。何としてでも狭間の海で捕まえたい。サラ、大丈夫だ。しっかり捕まっててくれ」


先程までとは向きが逆に、ファンはサラシアナを抱きしめるようにして馬に走るように促す。


サラシアナはその腕にほっとして身体の力を抜いた。


なれない騎乗は少女の体力を奪っていく。


いつの間にかサラシアナはぐったりと意識を飛ばしていた。


ーあたたかい太陽のにおいにつつまれて。







 

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