水の記憶 35
短い休憩をはさんでファンはまた馬がばてないぎりぎりの最速で駆けていた。
その腕にいる少女は泣いたため瞳はあかいものの落ち着いた様子でしっかりと馬の背にしがみついている。
ただ先ほどとは違いファンの身体に触れていしまうと身をかたくし、耳が赤くなるのがみてとれる。
嫌がられてはいないだろうが、変に意識させてしまった。
いや、プロポーズをしとしいて意識しないとい方がどうかしているが。
(意識されなきゃされないで複雑だろろうしな)
猛スピードで馬を駆る合間にサラシアナの様子をチラチラみながらファンはそう思う。
返事はきかなかった。
自分でも急すぎることは十分に理解していたし、いまは一刻もはやく狭間の海にむ向かわなければならない。
ならどうしてあんなことをしたのかと問われれば、やはり自分もファシル・アルド・バードの王家の血をひいていたのだろう。
思いを自覚すれば何が何でもサラアナを手に入れたくなった。
どうかしている。
相手は自分よりも8歳も年下で成人すらしてない。
あと二年待つなんてどこの誰が思っていたのだろう。
(2年はながいな・・・)
思う相手ができた以上、この討伐が終わればファンはファシル・アルド・バードに戻らなければならない。
これでも一国の国王だ。
優秀な臣下たちに恵まれているとはいえ、ファンにしかできない執務も多い。
国に戻ればいくら転移魔法が使えるとはいえ、そうそうシャンフィールには行けないだろう。
カインをはじめとする水の子を崇拝する国にサラシアナを置いて帰りたくはないが、サラシアナはこの国の王女だ。
それに、水の子としての力も自覚した。
いままでとは違い率先して困っている国民を助けるのだろう。
マハトに宣言たとおりに、この少女は立派に王族の務めを果たすようになるに違いない。
そうなると、シャンフィールの国王に打診をしても受け入れてくれないかもしれない。
魔法や精霊たちの加護が当たり前のようにあるファシル・アルド・バードとは違って、それぞれの国の加護をもつ者は貴重な存在だ。
サラシアナが水の子としての立場をしっかりと理解したいまその存在は本当に特別なものになる。
(せめてサラの返事が討伐中にあればなんとかなるかもしれないが・・)
男嫌いの腕の中の少女に自分を好きになってもらえるのか。
その立場上、幼少期からずっと至福の森の妖精ネルフィスとヒズをはじめ騎士団長や学者あらゆる面で王としての教養を叩き込まれたファンは恋などする暇もなかった。
自分たちは政略結婚で相思相愛だったくせに彼の父である元国王はファンに婚約者を強要などしなかった。
それはヒズの入れ知恵があったからか、出産の時に母が死にかけた恨みか。
とにかく元国王はファンには厳しい人だった。
異性と話す暇があるなら剣を磨き知識を得よが口癖だった。
そうしてようやく騎士団長やネルフィスたちが認める実力を持った時、あっさり自分は退位して、政務を息子に押し付け、最低限の供だけつけて国を出て行ってしまった。
最低限でも供をつけたのは、母のためだろう。
生粋のお嬢様育ちのもと王妃は侍女がいなければできないことも多いし、長年連れそってきた侍女との別れを双方が拒んだためだ。
ちなみにビルの母親である。
そしてビルのように愛妻家だった当時の騎士団長だった夫ともども四人で旅立ってしまった。
父と元騎士団長がいれば危険なことなどそうそうないに違いない。
母が心底嬉しそうに出立前にファンにその計画を話した時に、なぜ自分は唖然とするばかりで留めなかったのだろうか。
まるで少女のように初々しい笑顔の母に絆された自分は本当に殴りたくなる。
いくら剣を磨き知識を経ても王と王子では背負うものが違う。
自分の結婚なんか二の次でただひたすらに国王としての役目をこなしてきた。
自分の側近として同じく激務だった幼馴染の臣下かいつのまにか恋をして家庭を持ったころ、ようやく立ち止まり周りを見渡せば、学友にちらほら子供ができていた。
そして精霊たちが口々にシャンフィールのサラシアナが運命の相手だと言い出したのもこのころで―。
いや、もっと昔から口にしていたのかもしれない。
ただ、ファンに余裕がなかっただけで。
それなら父が自分に婚約者を与えなかったことも納得がいく。
そもそも昨日までファンは精霊たちに相手を決められるのはまっぴらごめんだと思っていた。
それがたった一日でこのざまだ。
―恋とは恐ろしい。
ファンは自分を過小評価はしていない。
シャンフィールのアイオンをはじめどの国の同年代の王子たちよりも優れていると思ってる。
過大評価もしていないが、客観的に見てそれだけの努力や困難を覆してきた自身も実績もある。
その自分が、冷静さを失い勢いだけで8つもしたの少女にありえないほど速いスピードで求婚してしまった。
昨夜の自分に聞かせたら絶対に信じないだろう。
ーいま自分だって信じられないのだから。
そんなことをつらつら考えていると馬を駆けるその先に、道に伏せている数人の影が視界にはいった。




